第1話 『新しい海の民と竜王』㊱誰も殺したくない
ミコ<ど、どうしたらいいの!?
薙<凪のような心境は何処にいった!?
クー<薙様が凪と言われ・・(←マテ)
私たちの頭上にある幽世の海に浮かぶ虚像が、聖地にいるナナシ様と海の民の方々の様子を今まで何事もなく映していたのに・・
ザザ・・・『・・ミ・・コ・・』『ナナシ様!?、ナナシ様!?』
だけど、苦し気なナナシ様の声が途切れ途切れに伝わってきて・・ナナシ様があんな声を出されるなんて余程のこと!、居ても立ってもいられず、何か私に出来ることは無いのか考えるのだけど、何の考えも浮かんで来なくてっぇ!!!
『・・あと・・を・・たの・・む・・』
ブツン!!!
苦しそうな声を最後に、虚像が真っ暗な画面になり、何の音も聞こえなくなってしまいます!!!
『ナナシさまぁぁぁーー!!!』
そして、私の喉の奥から悲痛な叫び声と共に・・・
バァァアッキーーン!!!
頭上の虚像を叩き割って、巨大で真っ黒な触腕が飛び出したのでした!!!
『ギョギョ!?、アレは、黒く染められた仲間たちが固まったモノか!?・・御子様、お気を確かに!、呆けている場合ではありませんぞ、何とかしませんと!?』
『お姉さんが開いていた聖域の虚像を扉にして、顕世の穢れたちが幽世まで浸食して来たんだ!、部分的とは言え、このままでは幽世まで飲み込まれてしまうぞ!』
突然のことで不甲斐なく右往左往することしか、ナナシ様のことで気が動転して悲鳴を上げることしか出来なかった私にクーと薙の叱咤の声が飛びます!
ずるっ・・ずるっ・・
『出てきた!?』『みんな食べられちゃう!?』『くそっ!、アレがアイツを!』
虚像の枠から出現した巨大な触腕が、更にその腕を伸ばしていきます!
ナナシ様が聖地から送り届けてくれた方々は、元の人数よりも少なくて・・皆の心が悲しみと恐怖の色に染まっています!
『依代の巫女よ!、我ら魂の安息の場を荒らされる訳にはイカぬ!、虚像を閉じ・『も、申し訳あり・・ません・・もはや、私の力では・『おお、もうやっておっ・『駄目だ、お姉さん!、これ以上は力の使い過ぎだ!、自分の魂が消滅しちゃうぞ!?』・なんじゃと!?、無理をして・『まだ・・まだ・・やれ・・ま・・』
沖津鏡に力なく寄り掛かる、お日様のような橙色の光の玉が掠れて点滅し、お姉さんの弱々しい声が聞こえて・・今にも消えそうになっている!?
今までの働きも含めて、お姉さんに無理をさせていた・・そんなことを微塵も感じさせず・・私が狼狽えている間も、お姉さんが必死で虚像を閉じようとされて・・
『そうで無くても、魂が離れ過ぎている状態で負担が大きいんだ、二度と元の身体に戻れなくなる!・・始祖!、穢れを祓うの為にも早くその身体から離れろ!』
ちゃきり! 『あっ、薙様、お止めくだされ!?』
『うぬっ・・だが、オマエは我が巫女の肉体から離れたならば、問答無用で我を消そうとするのではなイカ!?、我も民を守る責務がある!、それは出来ぬな!』
ごおぉぅ! 『あっ、始祖様、お止めくだしゃい!?』
互いに譲らぬ薙と始祖様の間で、剣呑な雰囲気が漂ってしまいます!、今は争っている場合ではないのに・・私も焦る気持ちを落ち着けて、鏡に左手を向けます!
『やめて下さい、ふたりとも!・・お姉さん、ごめんなさい!、後は私が引き継ぎますから!・・土の陽たる、沖津鏡よ・・皆を守る為に、幽世の虚像を閉じて!』
今の私には、お姉さんの魂から鏡に向けて何か力が向けられていること・・その力が徐々に弱くなっていることも見えます!・・見えるならば、私はそれを扱えるはず!・・ナナシ様たちの安否を知る為にも、これ以上、入って来させない!
ぐぐっ!、ぐっ・・バチンっ!!! 『痛っ!?・・ダメなの!?』
(ま~ま、つちはみずをせきとめるけど・・みずのいきおいがつよすぎるよ?)
いつの間にか、左手の甲に付く姿に変えた翠から心配そうな声がします。
私を『ま~ま=お母さん』と呼ぶ翠のことも気になるけれど・・
私の願いを受けて虚像の枠が狭まる動きを見せましたが、弾かれると同時に痛みが走ります!・・巨大な触腕が、強引に枠を押し広げていきます!
ぽた・・ぽた・・ 左手から赤い滴が落ちますが、気にしてられません!
『本来ならば、水の気を相克出来るはずだが、幽世と穢れの陰気が合わさって強くなり負けてしまうんだ!、水の陰気を下げるか、土の陽気を上げな・・くるっ!』
ぐぐっ・・ブウゥゥン!!!
『な、何をする気だ?』『ひぃー!?』『もうオシマイだー!?』
私が虚像を閉じようとしている内に、巨大な触腕がその身を振り上げ、私たちのいる神域の結界に振り下ろします!
ガキンっ!、グラグラっ!、ビシビシっ!!
『きゃあ!?』『うぁあ!?』『神域に亀裂が!、ナナシを取り込んだのか!?』
その重い一撃は、中にいる私たちを揺さぶり、強固な天球にヒビを入れます!
・・プシュっ!!! 『上から水が漏れて・『『見て、妹ちゃんが!?』』
その天井のヒビから外の水が噴き出して・・神域の中ならば黄泉の水は消滅するはずなのに・・消えずに娘ちゃんに降りかかってきて!?
ぐぐっ・・ぐぐっ・・ 『サ・・ビシィ・・クラ・・イ・・コ・ワイ・・』
水の比和によって縛られていたはずの娘ちゃんが動き出してしまいます!
外からは巨大な触腕が!?、内からは黒い娘ちゃんが皆を襲おうとしている!?
(ま~ま、きんぞくはとけると、みずになるよ・・みずをつよくするよ♪)
『神域内でも陰気が肥大化してる!?、今の君なら品物之比礼で水の神域と比和を同時に制御強化できるはず!』・それは金の陰・・わかったわ、薙!、翠!』
ぱしっ!・・ぶぅん!
『品物之比礼よ!、金生水にて陰陽の揃いし神宝、水の神域と比和を強めよ!』
今まで私の手を離れ、始祖様に刃を向けていた薙を両手に掴み直し、品物之比礼に向かって振ります!、翠も協力してくれる、これは敵を傷付け、殺す技じゃない!
ふわぁ!、キンっ!、カンカンカンっ!!! 『おお!?、防壁ですぞ!?』
白金色の布は独りでに浮かび上がり、周囲を同じ色で照らし出すと、私たちを守る天球に金属音を鳴らしながら多数の六角形の鱗が出現し、防護壁を作り出します!
ヒューン!・・ビスビスっ!!! 『きゃあっ!?・・あ、守ってくれた?』
そして、黒く染められた娘ちゃんから、お母さんの魂に向けて放たれた黒い弾丸を品物之比礼が遮るように受け止めてくれます!、母を求める娘の想いを悪意になんて変えさせない!、そんな流れは私が変えてあげるから!!!
ぐぐっ・・ブウゥゥン!!!・・キーーーン!
その防護壁に向けて、巨大な触腕を再び振り下ろしますが・・甲高い音を立て弾き返します!
ジャララッ!!!・・ぐるぐるっ!・・こてんっ! 『ムギュー・・』
その布の表面から白金色の鎖が伸び、娘ちゃんに絡みつくと・・縛り上げて布の上に寝かせます!
キーン!・・もぞもぞ・・キーン!・・もぞもぞ・・
その後も触腕の打撃と、娘ちゃんはもがき続けていますが・・大丈夫!、中にいる私たちは完全に守られています!
『おお、流石は御子様!、何ともないぜ!、俺は絶対に信じていた!』
瞬時に対応できたことで不安を抱く海の民の方々から、少し安堵の声が聞こえてきます!・・皆の心の色に明るさが戻ってきます。
『よし、上手く働いている!、これで暫くは大丈夫だ!、品物之比礼は清めの力を持つから、その娘を上に寝かせてたまま、穢れを祓う準備をしよう!』
(ま~ま、すいも、あのこと、なかよしになりたいなぁ~♪)
良かった、やっと娘ちゃんを助けられる!・・まだ一日も経っていないのに、何だか九か月ぐらいかかった気がしますよ!?・・速く、ナナシ様たちも助けないと!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『うむむ・・窮地を脱した功績を考慮し、この娘を助ける為、巫女の身体が必要ならば素直に憑依を解こう・・我を幽世の海に出してくれるならば、な?・・アレが我ら同胞に由るモノならば、その責務を負うのは、海の民の神たる我である!』
ニンゲンを憎み、海の民への強い責任感を抱く始祖様にとって、私たちの手を借りること自体、容認できないこと・・危険を承知で、巨大な触腕に対峙するのは自分である!・・始祖様が私たちに向かって、そう言葉を掛けられます。
ですが、アレの強さは想像以上で、幽世で力を発揮される始祖様と言えど・・
そう思って、言葉を掛けようとした私を激しく怒る声が遮ります。
『怨敵である、お前の言うことは信用できない!、憑依を解除して、また御子を焼かないという確証が持てない!、たとえ我が主が許したとしても、僕は、御子を殴り飛ばし、焼き殺そうしたお前を許さない!、絶対に許す訳にはいかない!』
カタカタ・・ 私の右手の刀身が震えるほどの怒りを伝えてきます。
もし、この手を離したら、勝手に動き、切り付けてしまいそうで・・
『薙、抑えて・・貴方が始祖様へ怒る気持ち・・私はすごく嬉しいよ?、ありがとう・・でも、今はそんなことを言っている場合じゃない・・あれは正しい怒りを訴えられた結果だったの・・大丈夫、始祖様は、もう私を焼いたりされないわ』
・・震える漆黒の刀身を鎮めるように、左手を優しく当てます。
『ふん、甘いことよ!、その剣の言う通り、憑依を解除した我は、再び汝の敵に回るかも知れぬぞ!?・・いや、むしろ我が幽世に出てアレと戦い、無様に負けて、消滅することを望んでおるのか?・・愚かにも無期限の追放を白紙にできるかも、と考えておるのか?・・いやはや、流石は卑しいニンゲンよ!』
ごおぉぅぅ・・挑発するように始祖様が燃える手を向けてこられます。
『コイツっ!?、今度は我が主を愚弄するのか!?・・いいか?、御子が娘を助ければ、僕たちは顕世に戻り、幽世を展開する必要は無くなる!、このままアレを放置しておいても、僕らには影響が無いんだぞ?、僕が手助けするのは、あくまで御子が望んで・『薙・・木の陰である、道返玉なら、木が水を吸うように水の陰気を弱らせ、木が燃えることで火の勢いを強くする・・それが出来ますか?』・えっ?・・まあ、確かに出来るはずだけど、娘の穢れを祓うのには使わないよ?』
その挑発に売り言葉買い言葉で乗ってしまいそうな薙を抑え、私の考えが正しいか静かに問い掛けながら・・深緑色の道返玉を拾い上げます。
キーン!・・もぞもぞ・・キーン!・・もぞもぞ・・
・・今だ続く触腕の打撃音を聞き、娘ちゃんのもがく姿を横目に見ながら・・
『お聞きになった通り、この道返玉は始祖様のお役に立つはずです・・どうか、お使い下さい・・これぐらいしか、ご助力できず申し訳ありません』
水気を弱め、火気を強める神宝を始祖様に手渡そうとします。
『ギョギョ!?、では、それがあれば始祖様が御子様を焼き殺せて・・あっ、いらんこと言ったんジャマイカ!?、わー、今のはナシでお願いしますぞぉ!?』
変なところで察しの良いクーが、私の頭上から喚いていますけど、それは既に私の想定していること・・これは、私の生死を始祖様に委ねるということです。
『御子やめるんだ!、神宝の力は強い!、水を弱めることは君の力を弱めることになる!、今までだって死んでもおかしくなかったんだよ!?、今度は本当に焼き殺されてしまうよ!?』
私の命を大事に想ってくれる薙は、もちろん反対の意見を述べますが・・
『なっ、何を考えている!?、それを我に渡す意味を理解しておるか!?、我はお前を焼くかも知れぬのだぞ!?、今度こそ確実に焼き殺すかも知れぬのだぞ!?』
当の始祖様は酷く狼狽され、何故か道返玉を受け取られません。
私を殺すつもりならば嬉々として受け取っても良いはずなのに・・
・・私が愚かにも自死を選ぼうとした時も、何故か、始祖様は私を止めて下さいました。
『むろん、存じております・・ですが、以前にも申した通り、私は始祖様の怒りをこの身に受ける覚悟がありますから・・』
・・それは、始祖様が私の死を望んでおられないのだという確かな事実・・
(ま~ま、おそとが、たいへんなことになりそうだよ?)
『私の命を始祖様に預けます・・だから、始祖様も私に、その命を預けて下さいますか?』
・・もぞもぞ・・もぞもぞ・・
いつの間にか、打撃音が消え、娘ちゃんのもがく音だけが聞こえていました。
(うん・・わかってる・・でも、ちゃんとお話ししないとね?)
私の感覚が嫌な予感を伝えてきます。
『土の陰たる、辺津鏡・・幽世の様子を映して』
濃黄色の鏡が、海の民の御霊と安息の大樹に伸びていく触腕を映し出します。
『辺』津鏡は、『周辺』の様子を見せてくれるのです。
『私は娘ちゃんを助けねばなりません・・その間、始祖様には外を抑えていただきたいのです・・大切な安息の地が蹂躙されてはなりません』
私の胃の辺りがきゅっと痛くなります・・
現状で外に出てほしいと願うのは、相手へ死にに行けと命じるのと同じこと。
『大切なお命を懸けていただくのです・・ならば、それ相応の覚悟を私も示さねばなりません・・今の私に懸けられるのは、この命ぐらいしかありませんが・・』
・・始祖様が私を殺さないように、私も始祖様に死んでほしくないから。
『君は本当に、始祖を許すと言うのかい?、僕が決して許さないと怒っても・・殺されかけても・・草薙の剣が怨敵であると認識した敵であっても』
鉄の冷たさを持つ『漆黒の刀身』が問い掛けてきます・・命を薙ぐ道具として、私に振るわれても良いと言ってくれているけれど・・
『今すべきことを、優先すべきことを為すべきだわ・・だけど・・出来れば、私の大好きな薙も私と同じ気持ちでいてほしい・・私が人の身で蛇を超えたように、武力の象徴である貴方にも超えてほしい・・敵を許すという寛容さをもって協力してほしい』
だから、薙にも始祖様を殺さないでほしいと願うのです。
『出来ることなら、こんな身勝手な、残酷なことは言いたくありません・・ですが、娘ちゃんの穢れを祓う際には、この神域の守りも薄くなると思われます・・その間、始祖様だけが頼りなのです』
鏡に映る触腕が、安息の大樹に巻き付こうとしています。
『ニンゲンが我を頼るか・・己が身を焼いた敵であっても許すと言うのか・・互いの命を懸けて、大切なモノを守ろうと語るのか・・』
私の右手に握る剣の震えは・・いつの間にか、止まっていました。
私の左手にある玉を受け取る手は・・いつの間にか、炎が消えていました。
『はぁ~・・ホントに阿呆だよ、君は』
『今、理解したぞ?・・阿呆だな、お前は』
・・こんな大事な時なのに、私が真剣にお話しているのに、二人そろって『阿呆、阿呆』と異口同音なのは何故でしょうかぁ!?
『こんな阿呆は焼き殺しても無駄だ!、死んでも変わるまい!・・我が幽世でアレを抑える!、剣よ!、巫女の負担が少ない様に憑依を解除できるか!?』
『ふん!、さっさとそう言えばいいんだよ!、時間が無い、ちゃっちゃとしちゃうよ!・・天清浄、地清浄、内外清浄、六根清浄・・荒魂よ、その情動を鎮め、巫女より除霊され給え!』
ぶおぉぉぉっ!!!・・
薙の声を受け、赤黒い布を纏っていた始祖様の姿が、ゆらゆらと揺き、その輪郭を薄くすると、その周囲に激しく渦巻く赤黒い炎の柱が生まれ・・
しゅぉうぅっ!!!・・『とぅっ!』・・しゅぽんっ!
直ぐに、炎の柱は消え失せ、その身体から光の玉が抜け出て来ます!
『お姉さん!、もう戻っていいよ!』『カラダ・・やっと、もどってきた』
そして、薙の合図と共に、お姉さんの魂が身体に戻って行きます!
『長い間すまぬ、巫女よ・・大丈夫であるか?、問題ないか?』
そう心配そうに声をかける『赤黒い色』の光の玉・・色こそ変わりはありませんが、ギラギラした怒りを感じられなくなっていました。
阿呆でも良いのです!、私が阿呆になることで、この世からたった一つでも争いごとが無くなるのならば、私は進んで阿呆になりましょう!!!
(ま~ま、うみのたいじゅ、いたいいたいみたいよ?)
ぎり・・ぎり・・めき・・めき・・
触腕が安息の大樹に巻き付き、大樹から軋む悲鳴が聞こえて来ます!
ミコ<始祖様と共同戦線!・・あ、始祖様も鬼道少女になりますか?
始祖<あくまで一時的な休戦である・・我も晒し者にする気かぁ!?
一同<(流石に、それはナイわ~)
@<(これは何かに活かせそうだ!)