第1話 『新しい海の民と竜王』㉓破邪の権能(けんのう)★
@<薙視点で、ミコが始祖から「ファイアパンチ」を食らっちゃう前後からの続きになります~
クー<どうしたらいいんじゃ?、救いは、救いはなイカぁ~!?
蛇ミコ<救いがないのなら、全部、食べてしまえばいいじゃない?
一同<いや、そうはならんやろっ!?
『・・・・・御子っ!?』
僕は大きな声を上げた、つもりだった・・・しかし、御子の手から離れたことで、小さな『声』にしかならなかった。
でも、互いに繋がっている僕の声は、ちゃんと御子に届いていたはずだ・・・だけど、御子は止まらず、クーの前に身を挺していた。
(御子の馬鹿っ!、君は、もう元の蛇の身体じゃないんだぞ!、か弱い人間の子供に過ぎないんだぞっ!?・・・それなのに!?)
僕は、御子を止めることが出来なかった・・・それが、御子の願いだったからだ・・・主である御子が、僕の介入を頑なに拒否したからだ・・・始祖の怒りを、その身に受けることを望んだからだ・・・君が、他人の罪科まで背負う必要なんてないはずなのに!
ぶぅん!!!・・ばぁあんっ!!!
海の民の始祖の赤黒く燃える拳が、クーを庇う御子をすくい上げるように高々と殴り飛ばす。
本来なら僕が、その拳を防ぎ、受け止めるはずだった・・・何時でも、何処でも、すぐに駆け付けて君を守るのが、僕の使命なのに・・・だけど、それは出来なかった。
・・・大切な者のために、自分の身を犠牲にして怒りを鎮める・・・それは、あの時の弟橘媛と同じ行為・・・静謐なる祈り・・・人間のような「情」という判断を鈍らせる、厄介なモノを持ち始めてしまったせいだ・・・
どんっ!!!
しかし、赤い暴力が、そんな祈りを容赦なく砕き、御子の小さな体を軽々と吹き飛ばし、その頭を領域の壁に叩き付ける。
本当なら僕は、君に危害を与える者を打ち滅ぼすはずだった・・・それが僕の役目なのに・・・だけど、それは出来なかった。
何故なら僕たちが、憑依した魂と、依代である巫女を傷付けることを望まなかったからだ・・・化け物と呼ばれ、悪の化生として謗られ続けた『八岐大蛇』は、人とその心に触れて、おかしくなってしまったんだ。
・・・ずるり・・・べちゃっ・・・
『・・・なっ!?、御子さまぁっ!?』
遅れて、クーが悲鳴を上げるのと、御子の体が壁から離れ落ちて、床に倒れ込むのは同時だった・・・叩き付けられた領域の壁から、真っ赤な血が垂れ落ちていく。
・・・だけど、あの時のように静謐なる祈りが、必ず届くとは限らない・・・魂に染み込んだ怒りという赤黒い色は、もはや、どんな清い水で落とそうとしても、魂を焦がしてこびりつき、元の色に戻ることはないんだ!
『生玉!!!』
ふわっ・・・きゅーん!
『玉が!?・・・薙様か!?』
僕の命令を受け、クーが持っていた深紅の光を放つ玉が、御子の元に飛んで行く。
・・・どく、どく、どく・・・
乾いた床の上を赤い色が、生き物のように広がっていく・・・強く打ち付けた後頭部、倒れ伏した体から命の鼓動と共に鮮血が吹き出していく・・・御子は、ぴくりとも動かない・・・
『生玉!、血を止めろ!・・・御子の松果体に干渉!、糸状体を活性化!・・・絶対に死なせるなっ!』
そんな事態を招いてしまったことへの強い後悔の念を八つ当たりのように、生玉への命令に変えてぶつける。
びくり、と一瞬、生玉が怯えたが、すぐに深紅の光を強くする。
『薙様!、御子様のこと、宜しくお願いしますぞっ!・・・くうっ!、始祖様、何故、善良なヒトガミ様に怒り、その手を上げられるのか!?・・・うぬ?』
クーが、その様子を横目で見て伝えてくる・・・クーと始祖は、互いに組み合ったままだ。
(本当なら、生玉と足玉の木生火を使うべきだけど、足玉は、幽世を顕現させてる為に使えない!・・・死返玉は、水の比和の領域展開に使用している!)
クーを生き返らせた時のような奇跡は起こせない・・・肝心の祭司が倒れている状況だ・・・生玉だけの力では、命に関わる様な傷を治すには難しいだろうが・・・
『・・・もし、死んだら、生玉、オマエも殺す!』
僕の溢れ出る殺気を感じた生玉が、全力で命令を実行していく。
・・・かたかたかた・・・
『・・・御子は、わかり合おうとしたんだ・・・その怒りを理解するために、武器を持たず、話し合いを望んだのに・・・その怒りに共感し、お互いの言葉を重ねようとしたのに・・・』
・・・湧き出る激しい怒りで、僕の身体が震える・・・
『・・・もっと積極的に止めるべきだった・・・恨むはずの人間を、なぜ崇拝するように伝えていたのかを聞きたかったが・・・だけど、もう、そんなことはどうでもいい!、そんな御子をオマエはぁぁぁーー!!!』
・・・きぃぃぃーーーん!!!
絶叫と共に、その振動は、すぐに甲高い音に変わる!!!
『あの小さな身体で、燃える拳の前に出る勇気は、どれほどのものか!?、その身で受けようとする覚悟は、どれほどのものか!?・・・その怒りに飲み込まれないように耐える心の強さは、どれほどのものかぁ!?』
・・・ぱり!ぱり!ぱり!ぱり!・・・
自分のの身体の振動が、最高潮に達する・・・僕の周囲の空気が帯電する!
『三種の神器、武力の象徴たる、天叢雲剣は、汝を怨敵と認めたり!!!』
・・・じゅぉぉぉーー!!!
あまりの熱量に僕のいる床が、赤熱し、どろりと溶けていく!!!
これは、主である御子を敵から守るための権能!・・・決して、己から放つことの無い、報復として制御された怒り!!・・・主上を守護する神罰の一撃!!!
『お前は、僕を怒らせた!!!・・・見せてやるっ!、神であろうと、赤く燃える怒りであろうと撃ち貫く、いかづちの如く鋭い、天叢雲の剣の神力を!!!』
力の向きをクーと組み合う相手に向ける・・・このまま放てば、間違いなく憑依の存在も、クーも、その後ろにいる娘も巻き込むだろう・・・
『やはり、始祖様の力が弱くなっておる?・・・よし、今のうちに、このまま取り押さえて・・・いや、長男の嫁に、やましいことをするつもりはないんじゃ・・・って、薙様、何をなされておられるんじゃ!?』
組み合っていたクーが、何やら言っているが・・・だが、やはり最初から、こうすべきだったんだと覚悟を決める!!!
(御子には、一生恨まれるだろうけどね・・・でも、これでいい・・・これで御子が、情を寄せる者はいなくなる・・・分散展開している神宝の力を癒しに集中できる・・・それに分かれたモノも・・・)
・・・僕が、穢れた娘を祓おうとした理由・・・それは、ただ、御子の身を案じただけではない・・・多分、これは嫉妬という感情だ・・・僕が、御子の恋心をわからないように・・・僕と御子は、元はひとつだけど、段々と違うものになってきているから・・・僕のこの気持ちも御子は、わかっていないはずだ・・・
『僕の好きな御子の手を拒み、傷付けるのならば、その報いを受けさせてやる!』
(これが、僕の役目・・・相手を殺す為に造り出された、武器の宿命なんだ・・・敵を切れぬ剣に存在意義なんて無いんだ・・・お姉さん、ごめんね・・・)
・・・相手の命を奪うための戦いの道具・・・そうなることを嫌がった僕を八岐大蛇様は、優しく受け入れてくれた・・・嬉しかった・・・だけど、結局は、こうなる運命だったんだ・・・僕は、心の中で謝罪しながら・・・
『魂の一辺も残すものか!、一撃で消し飛ばす!、それが、僕の最大の情けだ!』
かぁぁぁぁっ!!!
限界まで収束した空気と熱が、僕の先端に集まって行く!!!・・・そして!!!
ざざっ・・・きゅーーーん・・・
『なんだ!?・・・力が!?・・・生玉、なぜ中断する!?』
生玉から雑音のようなモノを感じた瞬間・・・先端に集まっていた力が、急速に弱まっていく・・・合わせて、生玉が、命令を中断したことも感じる!
それらが意味すること・・・それは、もう、その力を使う必要が無くなったこと・・・その最悪の事実が脳裏に浮かび、僕の目の前が真っ暗になる・・・
『な、薙様、お止め下され!・・・見て下され!、始祖様のご様子が!?』
・・・僕の変化に気付かないクーは、組み合っている始祖を示すが、動揺する僕には、そんなモノを気にする余裕などなかった!
『まさかっ!?、そんな・・・御子!、みこぉぉぉー!?』
まだ、力の余韻で赤熱した状態のまま、一目散に御子の元へ飛んで行く!!!
・・・きぃーーーん・・・
飛んで行く途中に、再び、僕の力が収束していくのを感じる!・・・これは、御子が生きているという証!・・・いくらか安堵を覚えたが・・・何故か、生玉は、命令を中断したままで・・・
(何なんだ、一体?・・・とりあえず、先に御子の状態を・・・)
・・・疑問に思いつつも、御子のそばに来た僕は、理解してしまった・・・・
ぞわ…ぞわ…
血まみれで倒れている御子の影から、大きな黒いモノたちが、にょろりと顕れていた・・・
その近くで浮いている生玉が、恐怖のためにぶるぶると震えている。
・・・僕は、始祖への怒りで気付けなかった・・・危機的状況に、御子の魂の本質が漏れ出していることを・・・それを留めるための閂が、外されたことを・・・
・・・にちゃり・・・
ぐったりと脱力した御子の体を黒いモノたちが、巻き付いて起こしていく・・・・
その身体が、床から離れる時、粘り気がある血液の剥がれる音がした・・・そして、血に染まった服から浸み込んだ赤色が、ぼたぼたと床に垂れていく・・・
生玉が治療を中断したのは、傷を癒すことが脅威につながると判断したのだとわかった。
・・・僕は、始祖への殺意で忘れていた・・・その拳の赤黒い炎が、肉体だけでなく魂にも損傷を与えることを・・・それが、御子を構成する小さく弱い部分・・・人間としての心と魂に及ぼす影響を・・・
ぞわ…ぞわ…
最も黒い色のモノが、御子の首を絞めるかのように巻き付いて、頭を持ち上げさせる・・・その可愛らしかった顔は、血まみれで陰惨な状態だった・・・
・・・僕は、人の心と魂という清水の下に沈む、うず高く堆積している汚れた泥を見落としていた・・・
僕の力が再収束したのは、当初の敵よりも優先して討伐すべき、最恐の対象が顕れた為だと理解した・・・
『・・・わたしは、蛇です・・・』
目を閉じたままの御子の唇が微かに開き、感情の無い『小さな声』で、そう呟く・・・声と共に口内に溜まった血が、つっーーと可憐な唇から洩れ出す・・・
それは、誰かに自分の存在を知らせる宣言のように聞こえた・・・『小さな声』であったが、誰もが、その『声』を聞き逃せない力を持っていた。
それは、己の中の人間を否定する存在・・・僕が守るべき者、僕を持つべき者・・・その存在と資格が喪われたのだとわかった・・・
御子が、ゆっくりと愛らしいその目を開いていく・・・それと共に、御子の頭上にいる黒い蛇の双眸が、しっかりした形を持って、同じく開こうとしていく・・・誰もが、それから目を離せない強制力を持っていた。
そして、続けて告げられた『声』と共に開かれた、その二頭の双眸は、血の色を連想させる、鬼灯色に染まっていた・・・
・・・荒振神である『八岐大蛇』は、血で濡れ、怪しく艶めいた唇で、静かに、厳かに、血の通わぬ声で、こう宣言したのだ・・・
『・・・食べてしまいましょう・・・』、と・・・
その『声』は、逃れようの無い、絶対的な運命を告げるかのように響いた・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
神域とは、一切の穢れから隔絶された領域・・・故に、その祭司が穢れることなどあってはならない・・・祈りを呪いに代えてはならない・・・清浄なままに終わらせねばならない!
・・・きぃいぃぃーん!
『御子、しっかりしろ!・・・蛇の魂に飲み込まれるな!、人間をやめるな!!・・・でないと、僕は本当に君を!?』
必死に御子の僅かに残っているであろう部分へ『呼びかける』!!!
・・・しかし、つながっているという感触がない!・・・そんな僕の『声』を掻き消すように、再び、甲高い振動が高まっていく!、破邪の権能を抑えることが出来ない!・・・このままでは・・・
『薙?・・・ごめんなさい、何を言ってるのか、わからないわ・・・うん?』
御子は、頭上の開眼した蛇と同調して小首を傾げ、僕を不思議そうに見つめる・・・そして、違和感があったのだろうか、強打した自分の後頭部を触る・・・
・・・ねちょり・・・
そして、触ったその手に、べっとりと付いた赤い色を・・・
・・・ちろっ・・・
躊躇することなく、自分の舌で舐める・・・
『これは血・・・私の血・・・私は、大きな怪我をしているのね?・・・』
・・・蛇の舌は、他の生物が失ってしまった機能を備えている・・・蛇は、舌で多くの情報を得ているのだ・・・御子が、空中で浮かんでいる生玉を見上げる・・・
『その怪我をあなたが、治してくれてるの?・・・ありがとう・・・でも・・・』
それに合わせて、五匹の黒い蛇が、その頭を生玉に近づけていく。
『どうして、そんなに怯えた匂いをしているの?・・・どうして、やめてしまったの?・・・まだ、治し切れてないのだけれども?』
・・・蛇は、他の生物にはない器官を備えている・・・蛇は、非常に感覚の鋭い生物なのだ・・・開眼した蛇が、その紅い瞳で生玉を凝視している・・・蛇は人とは違い、瞬きをすることが無いのだ・・・
先ほどまで、ぶるぶる震えていた生玉は、その動きを止めていた・・・周囲を六匹の蛇で囲まれているのだ・・・・どうやっても逃げられないと悟ったからだ。
・・・ぴかっ、ぱくん・・・ごくん・・・
生玉が観念して、深紅の光を再開するが・・・その光は、一瞬で消える・・・瞬きする間もなく、紅い瞳を持つ蛇の口内に一息で飲み込まれたからだ。
『うぅぅんっ・・・はあぁぁっ・・・おいしぃ・・・思ったとおりに・・・』
御子が、その幼い容姿にそぐわない艶めかしい声をあげ、恍惚とした表情を浮かべる・・・血の気が失せた、雪のような真っ白な頬を薄紅色に上気させ、身体をくねらせる・・・
その背徳的な仕草は、人間であれば、煽情の念を抱かせたかも知れないが・・・
『・・・生玉を取り込んで、身体の内側から癒すつもりかい・・・』
僕には通じない・・・冷静に分析することで、破邪の権能の発顕を何とか抑えようとする。
『とても怯えていたから、可哀想に思えて、つい・・・それに、この方が早いと思って・・・怖くなくなるのも、傷を治すのも・・・ほら、前に翠が鏡をはみはみしてたでしょ?、真似てみたの・・・ふふふっ♪』
若干、生気を戻した顔色で御子が、無邪気に微笑みながら伝えてくる・・・それが悪い事などとは、一切思っていないようだ・・・
『あれ?・・・良かった!、また薙とお話できるようになったよ!?・・・やっぱり、食べちゃうのが正解だったんだね?、美味しかったし!、あははははっ!』
生玉の傷を癒す権能を吸収した事で、かなりの傷を負ったはずの御子が、大きな身振り手振りを交えて、心底、楽しそうに笑っている・・・
・・・僕の『声』に反応できているのは、生玉の別の権能を奪った事によるものだ・・・依然、つながりを感じることが出来ない。
・・・ぽろり・・・あぐっ・・・・
『あっ!?・・・ごめんごめん、頭の上に翠がいたの忘れて、落としちゃった!・・・大丈夫、まだ眠ってるみたい?・・・起こしたら、まずいよね?』
動いた拍子に御子の頭からずり落ちた、翡翠色の玉を一匹の黒い蛇が、口で器用に受け止め・・・直ぐに飲み込まず、御子と赤い蛇の目の前に持ってくる。
『・・・やっぱり、翠は良くわからないなぁ~?・・・でも、翠も、とっても美味しそう・・・マナが濃いと美味しいのかな~?』
御子が、蛇から翠を手のひらに受け取ると、先ほどの生玉と同じように、蛇たちが取り囲み、つぶさに凝視していく。
(・・・もし、食べる事を選択したのなら、この刃で御子の心臓を貫くには遅すぎる・・・)
・・・ぱり・・・ぱり・・・
『・・・大事な友達の翠も食べるつもりかい?・・・』
力の収束が、最終段階に近い音を立てる・・・僕は、御子に確認する・・・
・・・・これが、最終確認にならないことを祈って・・・
蛇ミコ<なんでも美味しく、パクパクですわ~♪
お姉さん<前回の後書きは、生玉ちゃんの死亡予告だったのですね・・・
クー<たった一声で闇堕ちしちゃう御子様は、最弱で全敗な『ちょろイン』様!?
薙<分かれていっぱい出て来る、八岐大蛇の生まれ変わり!?
拙い作品ですが読んで頂いて、ありがとうございます。皆様の応援が生きがいです!
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