第1話 『新しい海の民と竜王』⑯救いの死を望む願いで
@<ミコの決意に薙が、どう応えるのかのお話です~
ミコ<薙を説得してみせます!
薙<ミコを止めてみせるよ!
クー<ここは若い者に任せて、年寄りは退散いたしますかの~
お姉さん<(・・・はて、一番上の年長者は誰なのでしょう?)
・・・今まで私が行ってきたことは、私の心に従って行ってきたこと・・・
それは、生来の「蛇の執着」から来る行動だったのかもしれません。
境界に立つ私は、私の行為が善なのか悪なのか、人として正しいのか、間違っているのか、わかりません。
だからこそ、人の手に渡り、人の世を見てきた『貴方』に私は言うのです。
『私が、貴方を持つに相応しい人でなければ・・・私の身を焼きなさい!』
そして、願いが呪いに変わるかもしれないという迷いと不安は、願いの意志を弱め、願いを呪いに変えるでしょう・・・
その願いが呪いになってしまった時、呪いの根本になった者への未練は、その呪いを祓えず、周囲を巻き込み、不幸を撒き散らすでしょう。
だからこそ、私の望みを叶えようと思うのなら・・・私を大切に想うのなら・・・
『我が身が魔ならば、破邪の神剣として我が身を滅せよ!・・・我が身が聖ならば、守護の神剣として我が身を助けよ!・・・草薙の剣として、その名を与えられた者よ!!!』
境界に揺れる私の願いを、『貴方』に支えてほしい・・・そう、薙に伝えました。
大きな源流が袂を分かつように・・・『八岐大蛇』が退治され、その身と魂を分けたように・・・・かつて同じであった『私』と『薙』は、元のひとつに戻ることができません。
お互い『別の名』を受けたことにより、私たちは『別の存在』として生きなければならず・・・それは、時に相反することもありえるでしょう・・・
『僕に君を殺せと!?・・・あんなに・・・あんなに一緒だったのに!?・・・ようやく会えたんだ・・・こうして話すこともできるんだ・・・僕は、もう二度と君を失いたくないんだよ!』
『草薙の剣』は、愕然とした『声』を上げ、その黒鉄の冷たさ以上の寒さを私に伝えてきます。
その悲痛な『叫び』は、お互いが、お互いに大事な存在だとわかっているからこそ、強く訴えかけてきて・・・
『薙様が、ひんやり~!?』
小刻みだった剣の揺れは、傍目にも大きくなり、その周囲だけ熱が奪われているようで・・・お姉さんが心配して声をかけてきます。
(そうだった・・・思い出した・・・昔は、暑がりで寒がりの私を冷やしたり、温めたりしてくれたっけ・・・)
ふと、そんな懐古が横切りつつ・・・大丈夫だと、お姉さんを目で制し、代わりに丸い鏡を拾い上げて持ってもらいます。
『では、与えられた役を放棄し、与えられた名を捨てられるのか?・・・そして、資格無き者にも、その身をゆだねるのか、『草薙の剣』よ?』
ですが、私も、あえて冷たく『草薙の剣』に尋ねますが・・・
『・・・・・・・・』
無言の返答が雄弁に、それは不可能だと伝えてきます。
・・・私達のようなモノは、その『名』と『役割』に縛られるもの・・・自由な人とは違うモノ・・・自ら心を縛り付けてしまう人もいますが・・・
『八岐大蛇』は、邪神であり、『草薙の剣』は、それを打ち倒す神剣なのです・・・また、それは『神』も同様なのでしょう。
(だから、あの方も、その親神様も理不尽な束縛を受けていらっしゃるのでしょうか・・・心のありようは、難しいですね・・・)
また、ふと、そんな考えも横切りますが・・・『薙』は、未だ、その境界に心が揺れているのでしょう・・・人・魔・聖の、どっちつかずの私が悪いのですが・・・私は、今の私の想い・・・決意と、それに付随する迷いや不安を否定しません。
・・・どんなモノであれ、心の迷いを無いものとして、無視したり、否定することは良いことでしょうか?
それで争い無く過ごすことができるのなら、良いのかもしれません。
でも、それは無意識に我慢して無理をしていることにならないでしょうか?・・・無理は、いずれ何らかの形で現れるものです。
これから私が執り行おうとしている儀式において、迷いは不幸を呼ぶでしょう。
・・・ですが、迷いや不安を無くすことは難しいでしょう・・・ならば、それを見つめて、認めて、受け入れ、許すこと・・・それが、迷いを少なくし、あの時と同じように、ふたりの新たな関係を築くことだと考えて・・・思い出しながら、私は、私の『声』を伝えてみるのです・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『私の魂が、黒い玉の中に閉じ込められたとき・・・定められた役割を果たすべき貴方は、全力ではありませんでしたね?』
・・・先ほど伝えられてきた、死返玉と刃を交えていたときの情景を思い出しながら、問いかけます。
『私を傷付けるかもと思い、力を出し切れなかったのではないですか?・・・迷いは、その力を弱らせ、その刃を鈍らせます・・・私を助けたい心と、破邪の使命に惑っていたのではないですか?』
・・・剣は、何も語らず沈黙を続けていますが、構わず、私は更に尋ねます。
『それが違うというのなら、なぜ、私の魂を死返玉から救えなかったのでしょう?・・・なぜ、私の魂が戻ってきた時は、すぐに祝詞を奏上して、娘さんごと穢れを消そうとしたのでしょう?・・・いえ、なぜ、消すことができると思い、行動したのですか?』
・・・あくまで、これは私の推測でしかありませんが・・・
『貴方の力は、正統な者によって揮われるもの・・・紛い物の私では、適任でないかもしれないけれど・・・もしも、私の魂が穢れに囚われ、悪神となった場合でも・・・私ごと祓える破邪の力を宿しているのに、貴方は躊躇したのではないですか?・・・草薙の剣よ?』
・・・『名』と『役割』を持つモノは、それを実行し得る『力』を必ず宿しているものです・・・『草薙の剣』は、真に神の力を宿した刃なのだと、本能的に感じるのです。
『だから、私を助けるにも、穢れを祓うにも中途半端になってしまったのですね・・・迷いが、貴方を弱くしてしまったのね?』
・・・私の推測が正しいかどうかは、びくりと大きく震える刀身が教えてくれました。
もし、根本である娘さんを消し去ってしまったら、他の海の民の方々にも悪い影響を与えていたのかもしれません・・・薙の行動は、捉え方によっては、私以外を軽視する行為ですが・・・ただ、私の『声』は、責める響きを含んでいません。
薙の行為と心を見つめ、明らかにし、認めることが必要だったのと・・・
『都合が悪くなると黙ってしまう癖は、本当に昔のままなのね・・・私も貴方と同じなの・・・私も貴方と同じように迷いと不安を抱えているの・・・ねぇ、わかっているのでしょう?・・・優しい、私の薙?』
むしろ、そこまで私の身を案じてくれることが、純粋に嬉しかったからです。
『慧眼だね・・・たとえ姿は変わっても、君は変わらないんだね、大蛇様・・・確かに認めるよ・・・僕は迷っていた、不安だった・・・主上を守り、邪を祓う神剣としての責務に・・・』
・・・沈黙していた剣は、重い口をようやく開けてくれました・・・
『わかるわ・・・だって、ずっと一緒にいた貴方のことだから・・・孤独だった私の・・・初めての大切な存在・・・覚えているわ、凍えそうな厳しい冬の寒さも・・・干乾びそうな激しい夏の暑さも、貴方が私を助けてくれたよね・・・』
・・・私の胸に抱く『草薙の剣』は、私の身を焼くことも、その刃で傷付けることもしません・・・
『だが、この世に守護する民はいない・・・守るべき存在は海の民ではない!、君以上に守るべき存在はいない!・・・君を守るためなら、幾千万の民草も刈り取り薙ごうとも、この身が紅い血潮に染まろうとも本望なんだ!』
・・・ただただ、一心に私が大事だと訴えてくるのです・・・
『だけど・・・あの時、動けない君が切り刻まれて、その鮮血が河を真っ赤に染めたように・・・今度は、僕に君を切り刻めと言うのかい!?・・・あの時の僕は無力で、臆病で・・・ただ君が殺されるのを見つめるしかなかった・・・君が僕を守ろうと、その尾に必死に隠してくれたのに・・・なのに、その君は僕に・・・』
・・・その真摯な言葉は、灼熱の鉄よりも熱く私の決意を焦がし、どんな鋭利な刃よりも深く私の心に突き刺さります・・・
(薙の想い、確かに私に届いてる・・・薙が、どんなに私を大事に想っているか、受け取ったよ・・・私もあんな別れをしてしまったからこそ、ずっとずっと何年も何年も薙を探し求めていたのだから・・・)
・・・その切なる想いは、私の瞳から一筋の雫を・・・ですが・・・
『だからこそ、私は貴方に言うわ!、今度は私を守ってと!・・・海の民の方々は、醜い化け物の蛇を認めてくれた・・・人の心を知りたいと願って、今の姿になった私は、この方々に人の心を見つけたの・・・私の願いが、海の民の方々に呪いを撒き散らすことになってしまったら・・・私は未来永劫、自分を許すことが出来ない!』
・・・私は、自分の体温が奪われることも厭わず、この冷たく震える子を強く抱きしめます!
『だから、私は貴方に言うわ!、今度は私を助けてと!・・・悪神となっても、海の民の方々への私の想いを清浄な願いのままでいさせて!・・・昔の私のように、貴方以外に私を殺させないで!・・・貴方の刃なら、私は喜んで、この命を差し出すことができるから!』
・・・私の心の臓の鼓動と共に・・・
『境界に揺れる私の願いを貴方の固い決意で支えてほしいの!・・・確かな貴方という存在が、私には必要なの!・・・私を本当に大事に想うなら、全力で私を助けて!、全力で私を殺して!・・・そして、また貴方の心に傷をつけてしまう私を許して!・・・薙!』
・・・私の想いの熱が伝わることを願って!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・思いの丈を言い合ったのは、元がひとつだったので実際には寸刻のことですが・・・とても長い時間が過ぎたように感じられました・・・
その草薙の剣は、するりと私の腕から抜け出して、離れてしまいます。
「薙!?、やだっ、行かないで!」
触れ合っていないと『声』が聞くことができないから・・・離れないように抱きしめていたのに・・・それが私の想いを拒絶された様に思えてしまって、うろたえた声をあげてしまいます!
『ナンジャモ!?』
が、唐突にクーの持っている生玉の深紅の光が、点滅からまた常に光るような状態になります。
『大丈夫だよ、どこにも行かないよ・・・ただ、その強引さも出会った頃と変わりないね、八岐大蛇様?・・・死ぬかも知れないのに、灼熱の僕を丸ごと飲み込んだ時みたいに』
私の手から離れているのに・・・薙から半ば諦めの様な『声』が聞こえました。
『生玉の力で離れても聞こえるの?・・・えぇっと、たぶん熱かったと思うけど、のど元過ぎれば?、あんまり覚えてないかも?・・・いざ、製鉄してる所に来たけれど、どうしたらいいか迷ってて・・・面倒だから食べちゃおうって思ったのは確かだったはず・・・あぁ~、思い出してきたかも!?・・・熱さに苦しんで暴れたみたいで、気付いたら周りがむちゃくちゃに・・・』
薙が突然、懐かしい話をしてくるので、つい私も当時のことを思い出して・・・ふむ~、振り返ってみると昔の私、無謀を通り越して無茶してましたね・・・燃え盛る鉄などを飲み込むなんて・・・今の私なら、そんな無茶は・・・などと夢想していると・・・
ぽかんっ!
いきなり剣の腹で頭を叩かれますよ!?、物凄く堅い鉄の塊ですよ!?
『また、そうやって、すぐに、ぼーっとする癖も相変わらずだね?・・・そろそろ時間が迫って来ている・・・集中しないといけないんだよ?・・・今からするんだろう、その無茶を?』
無慈悲な鉄の声・・・頭の中身が出たら、どどどどーすんのっ!?どーすんのっ!?
『いたっ、くない・・・あっ、柔らかい翠がいなければ危なかった・・・クーにしか殴られたことないのに・・・って、薙!?そう言うことはっ!?』
目を見開いて、薙を見つめます!
『決めたよ・・・僕は、全身全霊で迷いなく、君の全ての願いを支える・・・これは、君と僕の新たな関係から結ばれた約束・・・たとえ、君が、どんな形になろうとも、僕は僕の役目を果たすことを誓う!・・・だから、安心していいよ』
頼もしい決意に満ちた『声』が聞こえたので・・・
『薙~!、ありがとう!・・・昔から私のお願いを、なんだかんだいっても聞いてくれたよね!?、だーいすきっ!』
・・・私は薙に手を伸ばして引き寄せ、頬ずりします!
『ふぁあっ!?、ちょっ、こら、やっ、やめるんだ!・・・そ、そういうのは後でいから・・・微妙に、そこのふたりにも聞こえてるはずだからっ!?』
すると、薙が慌てた様子で伝えてきます!もう、照れちゃって可愛いんだから♡・・・って、聞かれているのは、流石にヒトガミ様の威厳が損なわれる!?
・・・私と薙のやり取りを、見つめるふたりの視線が生暖かいです・・・
こほんっと咳ばらいして、しっかり薙を掴み直し、構えます!
『こほんっ・・・霊起状態は良し・・・儀式に関わる、ふたりにも祭司である君の意識を伝えられる準備は出来た!・・・雑念を捨て、意識を集中しないと正しい変性意識状態にもなれず、失敗するよ!・・・君の鬼道で以って標とするんだろ、御子様?』
どうやら、薙が準備を進めてくれているようです!・・・そして、『今の私の名』を呼んでくれるのです!
これは、『今の私』を認めて、支えてくれるっということですよね!?
『よぉーし!、薙、お姉さん、クー!、まずは、娘さんを助けるために共に力を合わせましょう!』
私が、そう『声』を上げつつ、祭祀の内容を伝えてみると・・・
『えぇ!何でも来いですわ!』『父として夫として頑張りますぞ!』
お姉さんもクーも、その内容に戸惑うことも無く、その手を上げてくれますよ!
そして、娘さんから少し離れて、取り囲むような形・・・娘さんを中心として、玉と剣を構えた私、鏡を掲げるお姉さん、生玉と絵を持つクーで三角形の陣形に並びます。
ちゃんと、私の『声』だけでなく「指示』までも滞りなく届いているみたいです!
『よし!・・・じゃあ、始めるよっ!!!』
『今、天子と、その武の象徴たる我にて、顕世と幽世を超え、新しき理を世に創りださん!』
それを見届けて、私の右手からは厳かな意志の『声』が響き、共に圧倒的な神気が発せられます!
『汝らの想いが邪な執着と、人の利己だけであれば、願いは呪いに変わる・・・その折には、我が神威を以って汝らを滅するであろう!』
その神言は、周囲にまるで身を切られるような、神域とも言うべき空気を満たしていきます!
それは、クーとお姉さんを身構え、硬直させてしまいますが・・・私は怯まず、高々と『草薙の剣』を掲げます!
『我が心と魂は、雲のあわいにあり!隠れて見えざるを知らしめ、我を導き支え給え!』
・・・『雲』とは『天を覆い隠すもの』、その『あわい』とは『間』のことです。
・・・境界に揺れる私の心・・・心という隠されて見えない不確かなモノ・・・
『雲のあわいを渡る、いかづちの如き威光の剣の神よ!』
・・・その中にある、確かな強い意志を見出し、その力を我が力として・・・
『天叢雲の剣を以って、今ここに!』
・・・我が分け身たる、天に掛る元の真名を呼ぶことで・・・
『亡きクーの番である、娘の母の招魂の儀を行う!』
・・・私の願いを成就させる、天の高みへと至らしめるのです!!!
ミコ<ついに魔法のステッキを手に入れて、鬼道少女が本格的に活動開始ですよ!
薙<『僕を凡百のモノと一緒にしないで!』
お姉さん&クー<次回は、ついに我々が活躍する番ですか!?
拙い作品ですが読んで頂いて、ありがとうございます。皆様の応援が生きがいです!
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