第1話 『新しい海の民と竜王』⑬空白を埋める想いは・・・
@<かなり間が空いてしまい、申し訳ありません!前話の崩壊した部屋からの続きになります!
ミコ<ああっ・・・私は、何てことを・・・・
薙<・・・(ミコ・・・)
ぽっかりと空いた穴を無気力に見つめ、誰にもぶつけようのない後悔に打ちひしがれ、不安と恐怖で私の唇が戦慄き震える中・・・
私の後ろから声が、聞こえてきました。
「娘ちゃんは、どこですか・・・?」と・・・
その声は、まだ私を咎める声音を含んではいませんでした。
ただ、純粋に事の成り行きを尋ねる声で・・・大事なひとの安否を気遣う声で・・・
でも、それは、どれだけ相手にとって、そのひとが大切さなのかを訴えてくる声で・・・
絶望的な憂鬱が、私の胸を息苦しくさせても・・・震える膝から崩れ落ちて、その場に座り込んでしまいそうになっても・・・
私の目から涙が止めどなく流れそうになっても・・・私には、そんな権利など、もう何処にも無いのだと言い聞かせて・・・
伏した顔を無理やり上げて、相手に向きかえり、包み隠さず告げることが唯一、託された信頼を裏切りの形に変えてしまった、今の私に出来る最低限度の誠意で・・・
「お姉さん・・・わたし・・・私は、娘さんを・・・殺してしまいました・・・消してしまいました・・・」
そう絞り出し、告げることが、今の私に出来る精一杯の言葉でした。
謝罪の言葉を口に乗せる事すら、おこがましい・・・その先に、どんな非難でも責め苦があろうとも甘受し、罰せられなければいけない。
いいえ、むしろ罰して欲しいと望み・・・相手の言葉を待ちま・・・
『草薙剣が望み、選択した行く末である。』
しかし、返ってきたのは、想像していた相手とは全く違う、圧倒的な力を持つ存在からの『声』が、私の頭に直接、聞こえてきたのでした。
「・・・くぅっ!?」
心が弱くなっていた私は、その『声の力』を抵抗なく一身に浴びてしまい、頭が揺さぶられ、激しい痛みを訴えます。
いつの間にか、振り返った先には楕円の鏡・・・神宝の辺津鏡が、宙に浮かんでいました。
その鏡のみが明確な色彩を持ち、反対に周囲からは色と音が消え・・・全ての物が止まっているようで・・・
振り返った先にいるはずのひとの姿が、風景が、ぐにゃぐにゃと輪郭を歪めていきます。
(現実の世界・・・ではない?・・・今までのは、鏡が見せていた世界・・・?)
先ほどから続く激しい頭痛と、その違和感は、私に猛烈な吐き気をも伴わせます。
『歪みを生じ、広漠となった穢れは、その一部に澱みが残留するならば、根本を祓い清めねばならぬ』
その声は、そんな私の状態にも構うことなく、鏡から一方的に強い力で伝え、私の身体の感覚すらも、その境界を失いそうになっていきます。
「・・あっぅ・・・」
連続した声は、無理やりに、ある情景を私の頭に捻じ込んでいきます・・・それは、根本が消え去ったことで、この場所に集結しつつあった黒いモノが霧散してしく情景・・・黒い穢れから解放されていく海の民の方々の情景でした。
『根本を祓い清めることで、数多の救済と成る。』
更に、その情景とは別に、根本が残っていることで周囲から集結した黒いモノが、あらゆる物を飲み込んで・・・それは私も飲み込むと一層、大きくなり・・・最早、誰にも止めることが出来なくなる情景も送り込んで来ます。
・・・薙は、この未来を防ぐために私の思いを知りつつも、あえて、今の現状を選んでくれたのでしょう・・・私が、娘さんのことを忘れていたのは、「薙」なりの思いやりなのでしょう・・・
「あぁっ・・・くぅっ・・・」
(それなのに私は・・・薙を責めてしまった・・・・でも・・・)
頭の中を強制的に掻き混ぜられながらも、必死に自分の輪郭を、意志を保ち、歯を食いしばり・・・
「娘さんは・・・寂しかっただけで・・・それを穢れ、なんって・・・私は・・・思いたく・・・ない!」
必死に言葉を吐き出します。
・・・都合の良い話です・・・私が、この最悪の事態を招き、罪を犯してしまったというのに・・・
『汝は、この選択の行く末を否むか?』
その声は、淡々と次の言葉を放ちます。
罪を免れる方法など・・・起きてしまった事を覆すことなど出来るはずがないのに・・・
「か、変えられるのですか!?・・・絶対に娘さんを助けたい!・・・海の民の方々も!・・・その為には、どうすれば良いのですか!?・・・それが出来るのならば、私は、どんな事でもしますから!!!」
・・・罪の意識から逃れたい・・・何と自分本位な、身勝手な言葉でしょうか・・
ですが、縋る由の無い、今の私には余りにも甘美な言葉で・・・なりふり構わず、声の主に懇願します。
『祓戸大神の無き今世、最高位の祭司である人の身と、最恐位の穢れの化生の身を併せ持つ者・・・汝の鬼道を以って、その魂を導く標を創出せよ』
声は、そう伝えると、新たな情景を私の頭に潜り込ませて来ます・・・それは・・・
「・・・それが出来れば、娘さんも海の民の方々も助けられるのですね?・・・この未来を変えられると?」
それは、少しでも私が誤れば、今の見せられている世界よりも悪く・・・全てを失うかも知れない危ういものでした。
不安で手の先が冷たくなっていくのを感じながらも、鏡をしっかりと凝視します。
「・・・今の、この選択が行われる前に戻せるのですよね?」
辺津鏡に映し出される像は、部屋が崩壊する前の景色を映し出していました。
(未来が変えられるなら・・・薙にも辛い選択をさせなくて良いのなら・・・)
「ならば、私は、それに全身全霊を懸けるのみです!」
襲い来る頭痛にも吐き気にも耐え、鏡の主に力強く、そう宣言します!
『陰陽五行を以って、太陽と太陰と成りて、太極に至れ』
しかし、その声の主は、そんな私の葛藤、疑問、決意などに関心が無いように淡々と伝えて来ます・・・ちゃんと意思疎通が出来ているのか、甚だ不安になりますが・・・私たちとは、存在の概念が違うのでしょう。
ただ明確なのは、あくまで助言をするだけで根本的な解決は、私たちに委ねるということ。
「・・・承知致しました・・・御助力、心より感謝申し上げます」
名も姿も知らせぬ『神』に、今の私が出来ることは、感謝の言葉を述べることしかありません。
『神の子の助力に由るもの・・・努々(ゆめゆめ)、心せよ』
感謝の言葉を伝えた為か、若干、声が柔らかくなった印象を受けた所・・・声を伝えていた鏡が、眩い輝きを放ち始めます。
(神の子・・・翠のこと?・・・そういえば、翠は、この辺津鏡をはみはみしてた!・・・また翠が助けてくれたの!?)
強い力を持つ主です・・・下手なことを言えば、せっかくの挽回の機会を失うかも知れませんが・・・
「貴方様は、翠は、どういった方なのですか!?なぜ、神宝を!?ナナシ様のことを知っていますか!?」
眩い光を手で遮り、目を細めながら、息つく暇も無く質問していきます!
何故か、この機会を逃せば、この先ずっと、この声の主と接することが出来ない・・・そう感じたのです!
『然れども隠処に興して生める子は水蛭子 この子は葦船に入れて流し去てき』
私の質問に対して声は、光を消すと、一つの歌を伝えて来ました・・・その歌を伝える声は、初めて感情のようなものをのせて・・・私の心を大きく揺さぶります。
(・・・何て深く複雑な感情・・・哀しみ・・憐憫を含んで・・・そして、私が父母から受けたような慈しみに近いけど・・・でも、何か違う想い・・・ )
それに相応しい言葉を探しますが・・・今だ、蛇の本能を残す、私の未熟な幼い人の心では、その『想い』を表現することが出来ません。
・・・ただ、その歌の内容と、それに込められた想いは、私の曖昧な神代の知識を紐解き・・・今までの様々な記憶の断片を合わせて・・・
「では、貴方様は・・・ナナシ様は、古事記で記されている国産みの!?」
私の口が、声の主と、ナナシ様の存在を推しはかる言葉を発し・・・そして、推測は私の心に、その境遇と心境を思い浮かばせます・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「詮索するな」という言葉の裏返し・・・ナナシ様に思いを馳せることを止めることが出来ません。
(やむをえず、捨てねばならなかった事情もあるでしょうが・・・実の生まれの親から捨てられた・・・自由の利かぬ不具の身で・・・名も与えられずに・・・ずっと、ずっと孤独に・・・)
声の主は、我が子を抱きしめたことがあったのでしょうか?・・・子は、それを覚えているでしょうか?
・・・思いを馳せた時、私は瞳の潤みを止めることが出来ず・・・
そして、ナナシ様と最初に向き合った時、何者も寄せ付けない強い拒絶を、深淵を覗くような様々な思いを感じたことを思い出します。
私が、「仮の名である、貴方の・・・ナナシ様の本当の名が、願いが見つかるまで、一生、お側にお仕え致します」と伝えた時です・・・
・・・無関心ならば、諦めたのならば、自ら望む名を名乗るのではないのでしょうか?・・・
「名無し」と名乗るならば、その裏には、「名を付けてほしい」という強い、強い願いがあるのではないでしょうか?
(どれだけの寂しさを、重みを、どれほどの時間を負わされ・・・悲しみの中、生きてこられたことでしょうか・・・だから、お心を閉じて・・・「名無し」という仮の名を名乗られ・・・・・・)
・・・私の瞳から止めどなく雫があふれ、流れ落ちていきます・・・
私がその言葉を伝えた時、ナナシ様は、「お前は、分かって言っているのか?」と言われました・・・
(全く分かっていなかった・・・何も知らないのに・・・何と酷く傲慢な言い分を・・・ナナシ様の心の傷をえぐるような言動をしてしまった・・・)
・・・しかし、そんな横暴な言動をした私をナナシ様は、傷付けられなかったことを思い出して・・・無理やり、涙を拭い・・・
「ナナシ様は、耐えておられます!・・・私なら辛くて、寂しくなって・・・虚しくなって、諦めて・・・恨んで、自暴自棄になって・・・そんな自分に不用意に近づく相手がいるなら、傷付けてしまうでしょうに!!!」
不敬不遜な言動ですが、声の主に・・・ナナシ様の親と思われる方に恐れなく、怯むことなく、私の思いをぶつけて行きます!
・・・「拒絶」とは、「必要」の裏返し・・・そう、私には感じられたから・・・ナナシ様の願いが、そこにあると感じられたから!、そう感じたことが間違いではなかったのだという確信を得たから!!!
「ナナシ様は、努力されています!・・・私なら足らないものを何かで埋めようとして・・・一人では心細くて・・・苦しくてなって・・・誰かに依存してしまい・・・自分を見失ってしまうでしょうに!!!」
その顔を伏せる事無く、ただ前を見て、背筋を曲げず、凛として咲く花の如く、誇り高く立っておられるお姿が、瞼に浮かび・・・
「ナナシ様は、必死に生きておられます!・・・大切な人に認めてほしいと・・・認めてもらえるような・・・もっと素晴らしい自分を目指して・・・孤独の闇から光を見出そうと!・・・心を満たしてほしいと!・・・だから、だから・・・」
「ナナシ様に『名前』をあげて・・・『愛して』あげて下さい!!!」
力の限り、大きな『声』で叫びます!!!
『愛』・・・『大切なものとして慕う心』・・・『相手をいとしく思う心』
歌にのせて伝わってきた『想い』・・・ナナシ様が欲する『想い』・・・それを言い表す『言葉』が、初めて私の中で生まれ、口を出た瞬間でした。
・・・それまでに私が放った言葉も、私の中のナナシ様への『想い』から生まれたものであって・・・ナナシ様のことを思って生まれた感情・・・決して同情だけでは無いと思うのですが・・・これも『愛』なのでしょうか?
・・・今だ、蛇の本能を残す、今の私の幼い人の心では、その『想い』をまだ十分に理解することが出来ません。
私の声は伝わったはずですが・・・鏡の主から返って来たのは、私の願いを叶えてくれる言葉や行動ではなく・・・再び、私を元の世界に戻すための光を、鏡から放ち始めるのでした。
「そんなっ・・・駄目なのですか!?、無理なのですか!?・・・それが、ナナシ様を絶望から救う、唯一の方法だと言うのに!!!」
異なる理の存在・・・窺い知れぬ理由があるのでしょうか?・・・親子の縁を修復することは出来ないのでしょうか?・・・伝わって来た声には、一切の憎しみが感じられなかったのに・・・私のような小娘一人では、どうしようも無いことだとしても・・・私は、切に願う言葉を叫ばずにはいられませんでした。
『・・・この場と記憶は、夢と消える世界・・・鬼道を司る少女よ・・・どうか、あの子に・・・』
周囲が、光の闇に満たされていく中・・・声の主は、先ほどまでの強い力が、嘘のように弱い・・・いえ、綺麗な鈴の音ような『想い』を込めた声を伝えて・・・代わりに、その存在の影を薄くしていきます。
「待って下さい!、ナナシ様が望んでおられるのは、貴方なのです!貴方でなければ、駄目なのです!」
一方的で身勝手な『想い』の願いを託された私は、その重さに困惑しながら、初めて、鏡に映った声の主の姿を目の当たりにします。
しかし、それは、ほんの一瞬で、その顔も表情も姿もしっかり認識できるものではありませんでした。
更に私は、元蛇ですから人間の美醜に関して、特段、関心が無かったので・・・年寄りか、若いか、元気な個体、弱っている個体、雄か雌か、ぐらいしか区別しませんでした。
人間に生まれ変わって、初めて、人間が自分たちで創った価値を少しずつ理解し始めたところでした。
だって、人間の顔って、必ず、目が二つ、鼻と口が一つずつあって、どうにも区別がつきません。
みんな同じに見えるのですから。
ですが、人間は、自分の中の価値、意味をそれぞれ見出して比較し、評価、価値の上下を付けるのです。
時代によって、その価値も不変で絶対ではなく、流動的に変わっていくのですし・・・正直に言って、よくわかりません。
・・・なので、私が人間として生まれ変わって、体感、知識、経験として得た美醜の価値として、私に話しかける存在の、唯一、確かに見えた、その身の丈の数倍はあろうかという黒髪は・・・
『この上なく麗しい』と評価される存在でしょう。
・・・すったばかりの墨のように黒い髪は、まさに『緑髪』・・・緑とは新芽の意味・・・転じて、若く瑞々(みずみず)しいという意味ですが・・・艶々(つやつや)とした紫の光を湛えて、その黒髪が、九つの房に分かれて、黒い波のように動ている姿で・・・
「私は、蛇です!、人の『愛』を知らぬ化け物なのですよ!?・・そんな私では、貴方の代わりなど!」
出来るはずが無いと否定する私を白い闇が、全てを飲み込む・・・その最後に聞こえてきたのは・・・
『・・・そして、先生に会ったら、伝えて・・・』
『・・・愛しています・・・っと』
・・・呪縛のように私の魂に響く、優しい『愛』の音でした・・・
@<第二章が終わりに近づいてますので、身バレが多くなります!
クー<ミコ様!これは、外堀が埋められたということでありますぞ!
ミコ<外堀?・・・ここは部屋の場面で、堀はありませんよ?どういうことでしょう?
お姉さん<クー様・・・ミコ様には、まだ難しい話かと・・・ねぇ、長男さん?(にっこり)
長男<・・・はうっ!?
拙い作品ですが読んで頂いて、ありがとうございます。皆様の応援が生きがいです!
ブックマークやコメント、誤字脱字、こうしたらいいよ、これはどうかな?、何でもお待ちしております。