第1話 『新しい海の民と竜王』⑥たった一つの光芒
@<さて、ミコはどうなるでしょうか?
寝台の上に置かれた楕円の鏡・・・神宝の辺津鏡・・・
そこには、お姉さんと娘さんと・・・そして、「人間の私」ではなく「以前の私」の姿が映っていたのです。
その大きさは、以前の「八つの谷と八つの丘にまたがるほど巨大」ではなく、今の「人間の私」よりも少し大きいくらいでしたが・・・
鬼灯のような真っ赤な目をした、ひとつの胴体に六つの頭、六つの尾を持つ「蛇」の「化け物」・・・
不思議な力のある、十種の神宝の鏡・・・そこには、真実の魂の姿が映し出されていたのです。
(そうか・・・魂が減ったから、元の八つじゃないんだ・・・)
・・・久々に見た「自分の姿」が「元の姿」と変わっていることの違和感に思い当たっても・・頭と尾の数が少なくなっても・・大きさが小さくなっても・・・その姿を見た者は・・・
鏡から、ゆっくり娘さんの方に視線を戻します・・・
(おねえちゃんまで、あやっているんでしょ!?)
娘さんは、恐怖に顔を引きつらせて・・更に今度は、お姉さんからも遠ざかろうとしていました・・
(・・・みんなも、みてるから!)、そして、今度は、机の上の丸い鏡、沖津鏡を指差します。
娘さんの指す鏡・・・そこには避難場所である聖地に集まっている、海の民の方々が映し出されていました。
その中には、先ほどの会場で仲良くしてくれたひと達の姿もありましたが・・・
しかし、今のお姉さん同様、その表情は驚き固まって・・・
(化け物なんでしょ!?)、娘さんから、更に拒絶する声が伝えられます。
・・・私は、目の前が真っ暗になったように感じました・・・
娘さんと仲良くなりたいと思い、いろいろやってきたのに・・・
ここに辿り着くまでに、多くのひとが私を助けてくれたのに・・・
私は、そのひとたちに報いなければいけないのに・・・他のひとたちを助けないといけないのに・・
なのに、その娘さんから再び「化け物」と呼ばれ、多くのひとたちが「蛇」の私を目撃して・・・
茫然として、手足の力が入りません・・・
皆、クーのように受け入れてくれる訳ではないと分かっていたはずなのに・・・
私が勝手に・・・海の民の方々と仲良くなれた気がしていただけで・・・
(やはり、怖いですよね・・化け物なのですよね・・私は・・・私は・・・)
いつの間にか、私の唇が自嘲の形を作っていました・・・
(・・・所詮、人の皮をかぶった蛇だから・・・)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・聖地には、突然の襲来から逃れるため、多くの海の民たちが避難し、集まってきていた。
(だが、予想よりも多いな・・・)
・・・脅威の発生・接近、その可能性を直接認知した者が的確に、現在居る場所の危険の程度を判断し、避難先、方法、経路を決め、避難行動を起こす・・・そして、その特殊な「声」を用いて、他の海の民に滞りなく正しく伝達していく。
そして、皆が統一された行動を起こす・・・その結果が顕れていた。
(その決断者の能力も高いが・・・やはり、海の民の種族的特性は、非常に優れている・・・その優位性を失うことは、大きな損失だな・・・)
私は、視線をずらし、眼下の海の民を見下ろし、そう確信した。
・・・私の足元にいる、慌てて避難してきた海の民たちは、誰ひとり、上空にいる私に気付く者はいなかった・・・たとえ、空を見上げる者がいようとも・・・
私の左の掌に、青色の光に包まれた小さな玉を数個結んだ紐と、深緑の光に包まれた深緑色の玉が浮いている状態だというのに・・・
(東方に吹く風となりて木行を生じ給え・・・)、木行の陰陽である足玉、道返玉は、声を伝えるだけの神宝ではない。
その本質は、風と、樹木の年輪のように折りたたむ性質の力である。
風とは対象から吹く力、言わば反発する力・・・斥力である。
それは、相克により土行の力・・・大地に引き付ける力、言わば引力を樹木が土の栄養を奪うように弱める性質を持つのだ。
故に私は、引力の楔から解き放たれ、こうして宙に浮くことが出来る。
・・・宙に浮くだけならば、いずれ発見されるだろうが、私の周囲を輝く白金色の線が、不可視の壁となって、私を隠していたのだ。
金行の品物之比礼は、金属が見る角度によって、その光沢を変えるように、光の反射を変えることが出来る。
光を全く反射、屈折しない物は、空気と同じように透明な物として目に映る。
こうして、私は他の干渉を受けること無く、高所から海の民たちを観察すること、ミコ達の様子を監視することが出来た。
(・・・さて、そろそろか・・・)、私の右側に浮く楕円の像は、ミコ達が奥の部屋に辿り着いた様子を映し出していた。
ずりずり・・・ぴちゃぴちゃ
また、強化された私の聴覚は、こちらに近づく物音も捉えていた。
(・・・あいつらが来たぞ!)(・・・ふぇ~・・・)(女、子供を守るんだ!)
遅れて気付き始めた、避難してきた海の民が騒然としていく。
(幼体の方が、マナの影響を強く受け、それを返す・・相互に作用し、理を変えるか・・・海の民の名の通り、水行と強く反応している・・・そう創られたモノだからな・・・)
・・・周囲から、「干渉機」と「眷属機」が、こちらに集まってくる。
「既存の海の民」を変質させ、「新しい海の民」を作り出す計画の試作品である。
あくまで、私は切っ掛けを与えただけだが・・・
陰陽の欠けた神宝の制御は難く、制御が出来なければ、今回のように歪んだ干渉機を生み出し、その干渉機によって変質した眷属機を作り出すのだ。
・・・自分の右手に持つ、漆黒の刀身の反応を探る。
「薙」は、私がこれを計画した事を知っているが、沈黙を守っている。
(やはり、神宝による変質を否定しないということか・・・それとも、ミコ達が被検体の意思を変え、玉を制御できるという確信があるのか?)
・・・眼下では、男達が弱い個体を中心として守るように円陣を組み、迫る干渉機たちを迎え撃とうとしていた。
しかし、危機的状況に冷静さを失った、ひとりの海の民が手にした棒で、干渉機に殴りかかっていく・・・訓練された者の動きではない・・・あっさり、干渉機に躱される。
その干渉機は、意表を突いて大きく跳躍して、その海の民の頭上を越え、目標に向かう。
干渉機の目標は、ひとが密集する場所・・・弱い個体が集まる中心部を目掛けて跳躍したのだ。
殴りかかった海の民が、それを追うように視線をずらしてしまう・・・目の前には、別の干渉機が腕を伸ばしているのに・・・
中心部にいた海の民たちが蜘蛛の子を散らすように逃げる・・・しかし、幼体が転倒し、逃げ遅れる・・・
(・・・ヒトガミさま!・・・たすけて!)、必死に助けを求めてくる・・・
・・・青い光が、中央を目掛けて跳躍していた干渉機と、腕を伸ばす干渉機を受け止め、激しく弾き飛ばした。
・・・深緑の光が、周りを囲う干渉機たちを一歩も進まさないかのように押し留めていた。
(・・・ヒトガミさまだ!・・・ナナシ様だ!)
地上に降り立った私の名を呼ぶ者がいる・・・安堵の声を出す者がいる。
(・・・これは、損失を防ぐ為の行動だ・・・)、自分の動機を明らかにする。
私の右手にある物が、ほんのりと温かみを感じさせたために生じた苛立ちを抑えるためだ。
(・・この状況を利用させてもらう・・)、降臨した私に信頼する視線が集まる。
『全ては、汝らの不信心が招いたことである!』
ばっ、と身を翻し、海の民たちと押し留められた干渉機たちを示しながら、私の朗々とした『声』が響く。
『先刻の指導者を初め、汝らの信仰心が揺らいでいる為である!』、海の民たちを指差していく。
海の民たちは、ひとり残らず私の言葉を聞き入っている。
『あれらが、信仰の要である神殿から生じた意味を思案せよ!』
海の民たちが感嘆の息を吐き、互いの顔を見合わせている。
・・・それが事実であり、真実であると信じているのだ。
『これは、試練である!汝らの信仰心を試す試練である!』、私が右手を振ると楕円の像が出現した。
そこには、奥の部屋にいるミコ達を映し出していたが・・・
『今一度、汝らに問おう!・・・汝らの信仰が、真の信心か否か!』
・・・そこには「人間」のミコの姿ではなく「蛇」の姿が、映し出されていたのである・・・
それを見た、海の民たちの間に動揺が走る。
『鏡とは己が姿を映し、己が姿から心の有り様を映すのである!』、左手を振り、丸い円の像を作る。
(鏡とは見たいモノばかりを映す訳では無い・・・)
こちらの海の民たちの様子をミコ達に見せるために・・・
部屋にいるミコ達が、こちらの様子に気付いた様子を見せていた。
『汝らの信心をヒトガミに示せ!』
そう海の民たちに問い掛ける。
(さて、見せてもらおうか?その思いが、どうであるかを・・・)
・・・・鏡の中の「蛇」に問い掛ける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・目の前が暗い・・・何も考えられない・・・
・・・胸の辺りが、ぎゅっと締め付けられるのを感じ、右手で胸の真ん中を強く握ります・・・
・・・だんだんと息をするのも苦しくなってきて・・・
(・・・御子様、気を確かに!・・・私は、怖くないですから!)
衝撃で固まっている私は、その声に、はっ!と我に返ります。
その声の主は、お姉さんでした・・・
(・・・化け物だからって諦めるのですか!?・・・・なすべきことを思い出して下さい!)
お姉さんは、しっかりと私を見て・・・私を理解して、私を気遣って、声を発してくれたのです。
・・・以前、お姉さんが血色を変えて、(妹ちゃんを食べないで下さい!)と部屋に飛び込んで来られた時に、私は誤解の無いよう、事実をありのまま隠すことなくお伝えしました・・・
それには、私が、以前「蛇」であったことも包み隠さずに・・それでも、娘さんと仲良くなりたいと・・・
お姉さんにも拒絶されるかも知れない・・・また、「化け物」と呼ばれるかも知れない・・・正直、すごく怖かったです・・・
元々「化け物」の私が、「化け物」と呼ばれることは当たり前なのだけど・・・人間の姿をしているせいで・・・私の心が弱くなってしまったのかも知れないけど・・・
でも、私は、「私」なのです・・・
「蛇の私」も、「人間の私」も、すべてひっくるめて「今の私」なのだから・・・
仲良くなりたいひとに「隠し事」はしたくなかったのです・・・
化け物って呼ばれたけど・・・化け物でも・・・私は、私の気持ちに正直でありたいと思ったのです。
・・元々、隠すのが下手なだけかも知れませんが・・「山の私」に「馬鹿正直って、貴方のためにある言葉ね?」って言われそうですが・・・「隠し事」や「嘘」をしたくないのです!
だから、すべてを正直にお話ししました・・・
((そうだったのですか・・・わかりました・・・良ければ、私も一緒に、仲良くなる作戦、手伝わせて下さいな?))
そんな私の真摯な言葉をお姉さんは、拒絶することなく受けとめてくれました・・・私が「蛇」であっても、その「心」を「思い」を受け取ってくれたのです。
(・・・本当に嬉しかった・・・)
そう思い出し・・・見返した、お姉さんの目は私をちゃんと理解し、信頼の光を宿していました。
(そうでした・・多くのひとが私を信じてくれなくとも・・今は・・)
その光は、私を目の前の暗闇から救う一筋の光条に見えました。
(私をひとりでも信じてくれる方がいるなら・・たとえ、化け物と呼ばれようとも・・・)
鏡が映し出す他の海の民の方々は、まだ戸惑いを見せておられましたが・・・私は決意を込めて、お姉さんに頷きを示します。
お姉さんは、それを合図として確認し、頷きます・・
それは、打ち合わせ通りに次の作戦に移ること・・・
・・・私は、娘さんに気付かれないように、腕を後ろに回して、片方の袖の中に手を入れます・・・
そして、準備ができた私は、お姉さんに再び頷き返すと・・・
突然、お姉さんが、ばっ!という大げさな動作で振り向き、ある一点を指示して、こう叫びます。
(あっ!、クー様だっ!)、迫真の演技です!本当に、クーがいるみたいです!
(えっ!?おとうさん!?)、純粋な娘さんは、それに気を取られて、ついつい、その方向に顔を向けてしまいます・・・「黒い玉」を持つ手が、少し緩みます・・・
(ごめんなさい、娘さん!)、・・・心の中で謝りながら、その手にある「黒い玉」めがけて、袖の中から翡翠色の相棒を取出し、願います。
「翠、お願い!死返玉を!」
私の願いを受けて、手の中の翠が伸びて、黒い玉を取るような動きをします。
伸びた翠が、玉に触れます・・・しかし、私が少し躊躇したせいか、娘さんの手から玉を奪うことができませんでした。
娘さんがしっかり玉を抱きかかえてしまったのです。
(だめ!このこまで、いなかったら・・・あたしは、ひとりぼっちになっちゃうんだから!)
玉に触れる翠越しに、それは、娘さんから聞こえてくる必死の訴えでした。
・・・玉は、聞いてあげていたのです・・・娘さんの寂しさを・・・娘さんが、ひとりぼっちにならないように願いを叶えただけ・・・娘さんの願いを、寂しさを埋めてあげようといたのです・・・
娘さんの強い「寂しい」という感触が、翠を通して、私に伝わって来ました。
それは、「人間の私」の中にある感情を強く揺さぶりかけてきました・・・
・・・離れ離れになり、親しい人に会えないでいるということ・・・
私の中で「寂しい」という強い感情が、猛烈な勢いで膨れ上がっていきます。
そして・・・「・・・寂しい・・・会いたい・・・」
止めようのない感情が、私の口から音として洩れてしました。
(・・・サビシイナラ・・・)、娘ちゃんとは違う声が伝わって来ると同時に、玉から黒い光が溢れ出てきました。
それは、誘う様に私が引っ張られる感触がしました。
(御子様!?・・・娘ちゃん!?)
お姉さんの声が聞こえた気がしましたが、私の意識は、そこで黒く染まってしまいました・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・部屋の中では、先ほどの黒い玉が、徐々に大きくなっています・・・
私は、意識の無い御子様を抱えて、ずりずりと部屋の入口まで後退していきます。
御子様と娘ちゃんが黒い玉を取り合っている時、突然、御子様が、ぐらりと身体を傾け、倒れかけたので、慌てて抱きかかえましたが・・・
どくん!どくん!
何事かと思った時には、黒い玉がひとりでに宙に浮き、大きな音を響かせて、みるみる大きくなり、あっと言う間、娘ちゃんが玉に飲み込まれてしまったのです。
(娘ちゃん!?)、そう玉に向かって叫びますが、娘ちゃんからの返事はありません。
・・・奥の部屋に行く道すがら、御子様は、娘ちゃんが不思議な玉の影響で、強制され操られているのではないかと、話されていました。
私の説得で娘ちゃんが素直に玉を渡してくれない場合、乱暴だけど、隙を見て玉を奪わないといけないかもと・・・
幼い娘ちゃんだから、力任せに強引に奪うこともできるかも知れませんが、御子様は、それはあくまで最後の手段としたい、とおっしゃられました。
((そんなことをしたら、ますます、私は娘さんに嫌われてしまいます・・・面と向いて話すこともできなくなってしまいますから・・・))
以前、御子様は、隠すことなく、すべてを私に打ち明けて下さいました。
それには、どれほどの勇気が必要だったことでしょう?・・・
・・・拒絶されるかもという恐怖は、どれほどだったことでしょう?
((・・・それでも、娘さんと仲良くなりたいのです・・・))
しかし、今、もう少しというところで、予定とは違うことが起きてしまいました。
鏡に、御子様の言われていたお姿が映ったとき、お話には聞いていましたが、驚き固まってしまいました・・・情けないことです・・・不甲斐ない・・私は、お姉ちゃんなのに・・・
・・・そのひとに寄り添いたい、と考える心があるものを、どうして化け物と呼べるでしょうか?
だからこそ、私は御子様を助け、娘ちゃんと仲良くしてほしいと心から望み、行動するのです。
姿など、些細な問題なのです!・・・だから、私は、御子様を信じ、声を届けます。
いろんな事がありましたが、きっと御子様と、娘ちゃんは仲良くできるはずです!
・・・そして、説得が難しいと判断した私と御子様は、次の作戦・・・なるべく穏便に玉を奪う行動に移った訳なのですが・・・
(御子様!、御子様!、しっかりして下さい!)、御子様をぺちぺち叩きますが、目を閉じ変わらず、ぐったりとされています。
・・・そうしている間に、大きくなった漆黒の玉から、うねうねと黒い触手が伸び、周りの物も、寝台にあった鏡もお構いなしに捕らえ、漆黒の玉に取り込んでいきます・・・
クー様が描いた絵も、娘ちゃんの描いた絵も構わず吸い込んでいきます。
そして、黒い触手は、私と御子様を捕らえるため、こちらに迫ってきます・・・
(御子様!、娘ちゃん!・・・長男さん、ごめんなさい!・・・)
もはやこれまで、と覚悟を決め、ぎゅっと目を閉じます。
ひゅん
(私の方が約束を守れないかも・・・あれ?)、いつまでも変わらぬ状況に恐る恐る、ゆっくり目を開けます。
びちびち・・・部屋の床に黒い触手が、綺麗な断面を見せて、跳ね動いています。
・・・私に抱きかかえられたはずの御子様が、いつの間にか、私を庇う様に立ち上がっておられました・・
その御子様の右手には・・・
・・・美しく見事な光沢を放つ『漆黒の刀身』があったのです・・
拙い作品ですが読んで頂いて、ありがとうございます。皆様の応援が生きがいです!
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