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4月25日 8:36

   4


「――地震だ!」


 二年一組の教室で、何人も同時に叫んだ。

 八時半丁度に日直の号令で朝礼が行われ、担任教諭の炎谷山(ぬくたにやま)ホムラが生徒の出欠を確認し終えた直後――最初は小さく揺れた。次第に大きく揺れ動き、点滅していた電灯が完全に消えた時点で御十神(みとがみ)マナセの視界も暗く染まった。




「……あれ?」


 意識が回復し、教室の床から身体を起こし――マナセは周囲を見渡した。クラスメートは全員が同じく床に倒れ伏している。しかし幸い、机や椅子が倒れて怪我を負った同級生は見当たらない。そして彼に続いて、生徒達が次々と目を覚ます。


「……あれ、ココは……?」


「確か、地震が……」


「えっと、とにかく避難? するの……?」


 覚醒直後で、全員が譫言(うわごと)に近い言葉で周囲の状況を確認している。


「……ぅん」


 マナセの隣で、皆と同じく床に倒れていた古清水ミナミも目を覚ました。


「ミナミ、大丈夫?」


「……え? ……うん」


 床に座り込んだ状態で、ぼんやりマナセを見上げてミナミは頷く。


「良かった」


「……えっと、何が――」


 ――……AAAAAAAAAAA!


「……え?」


 何か聞こえた。ミナミも言葉を途中で呑み込み、小首を傾げた。同じく疑問符を浮かべ、マナセは音を辿って窓の外に目を向ける。


「……オイオイ、オイオイオイ見てみろよ!」


 先に窓の外を眺めていた同級生の言葉が、クラスメートの注目を集める。


「何だよ……。何なんだよアレ……!」


 今度こそ全員が窓辺に寄って外を眺める。中には目を細め、中には両手で望遠鏡を作り――全員が青空に目を向ける。


「……何、アレ?」


 青空に黒い影が飛んでいる。親指と人差指で作れる丸と同じ程度には大きな影。頭と翼が見える。しかし羽根は見当たらず、全体的にシャープで堅そうな印象を受ける。


 ――……AAAAAAAAAAAAAAAA!


 先程と同じ音。しかし確実にボリュームが上がった。

 次第に影が大きく膨らむ。徐々に、その姿に輪郭が浮かび上がる。


「……アレ、ドラゴンか?」


 一人が言えば、二人三人と――アニメなどジャパンカルチャーに詳しい生徒達から声が上がる。


「……ドラゴン?」


 海外の神話を特集した本で、マナセも何度か見た。ドラゴンとは、西洋に語り継がれる怪物。幻想の生物。堅牢な鱗と、巨大な翼。鋭い牙の生えた口から火を吐く――と説明文に書かれていた。当然、現実には存在しない。そのドラゴンだと皆が言う。


「……あ、あれ? ねぇ皆、周り……何か、森じゃない?」


「え?」と全員が改めて校舎の外を見下ろす。四階に配置された二年一組は、グラウンドと対面している関係で障害物を挟む事なく景色を楽しめる。その眺望は、常に都会的なビル群が染め上げていた。――にも関わらず、今は一面を深い緑が囲んでいる。


 ――……AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


「――っ!」


 マナセの隣で、ミナミの肩が大きく跳ねる。


「どんどん大きく……まさか、近付いてる? ……ミナミ、一緒に来て」


 ミナミに声を掛け、マナセは改めて教室を見渡した。――すると、廊下に近い床で座り込む女子生徒が確認できた。両腕で肩を抱き、小さく蹲っている。


「え……――あっ」


 教室内の乱れた机や椅子を避け、マナセは落ち着いて走り寄る。その背中に、ミナミも続いた。


風優子(ふうこ)、大丈夫?」


「……マナセ、君……?」


 風里谷(ふりたに)風優子。諸事情で、擬似的な盲目を患っている少女。その関係で、音には人一倍敏感な事をマナセも知っていた。


「大丈夫、怖くないよ」


 マナセは風優子の震える背中を優しく摩る。その姿を、ミナミは黙って見守っていた。


「……マナセ君……。風優子、目が変……。目が変なの……」


「目が? 何が変なの?」


「青い、赤い……。赤い、炎が……どんどん、どんどん近付いてくるの……」


「……赤い炎?」


 マナセはミナミを見る。隣に座る彼女は、黙って首を振る。


「その炎は――」


 ――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 ――バンッ!


 腹の底から震える悍ましい咆哮と、鼓膜を(つんざ)くドアの開閉音が――同時に教室の空気を支配した。

 窓の外を呆然と眺める者。耳を塞いでドアを振り返る者。椅子に座って状況を静観する者。三者三様の中で、一番に声を上げた人物は――先程、教室後方のドアから喧しく登場した薔薇色の美少女だった。


「やっと見付けました、父様」


「……え?」


 淡い赤色のワンピースを着た美少女と目が合い、しかしマナセは戸惑った。


「……誰だっけ?」


「え? ……――あ、そうでした」


 一瞬落胆の表情を浮かべた美少女は、次は頬を染めて僅かな羞恥心を表す。


「父様、ホグラはホグラと申します」


 スカートの裾を摘み、腰を落として麗しく一礼。ホグラと名乗った美少女は、マナセに身体を向けて敬意を示した。

 普通なら、その瓊姿(けいし)に誰も彼も見惚れる場面だった。しかし社交界を経験した生徒が多く在籍する二年一組。不自然な来訪者を見、皆一様に眉を顰めた。


「――とりあえず」


 一礼の後、直立姿勢に戻ったホグラは窓の外へ紅葉色の瞳を向け――薔薇色の煌く長髪を靡かせて教室を横断した。


「父様。ホグラの雄姿、存分に御覧下さい」


 生徒達が避けた教室中央の窓辺にホグラは立ち、バンッ! とガラス窓を開け放った。窓のフレームが衝撃で歪み、硝子片が飛散。複数の甲高い悲鳴が上がった。


「では、父様――」


 しかしホグラは微塵も気に掛ける事は無く、華奢な白練の美脚を窓枠に掛けた。


 ――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!


 開け放たれた――否、割れた窓から不気味な咆哮が教室に流れ込む。生徒達は、悲鳴を上げる事すら叶わず次々と座り込んだ。


 ▼■の■■■■

 ▼■の《ポーズ》は世界を一時停止する!


 虚空に黒のインクが走り、音が消えた。風も止んだ。世界は深い闇に包まれた。


「……あれ?」


 しかし、マナセの声は響く。彼の身体は、何の抵抗感も無く動く。


「――行って来ます」


 ホグラの声が響いた――次の瞬間、世界が再び色を取り戻した。


「……あれ、あの娘は?」


 マナセの隣で、ミナミが首を傾げる。透明な硝子片が散乱する窓辺には既に薔薇色の姿は無く、他の生徒達も視線を彷徨わせている。


「……お、おい! アレ見ろよ」


 ホグラに場所を開けた事で生徒達が左右へ分かれ、窓から離れているマナセも外の様子を確認できた。今では、その輪郭がハッキリと肉眼に映るドラゴン――その頭に小さな影が一つ乗っていた。


 ▼■の■■■■

 ▼■の《GCommand-III上上下下左右左右BA》は自爆した!


 ――ドオ……ォンッ!


 空に文字が浮かび、同時にドラゴンの頭が爆発した。眩い閃光と共に赤黒い爆炎が空に広がり、遅れた爆音が暴風を引き連れて二年一組の教室を襲った。


「うわ……っ!」


「きゃあっ!」


 生徒達が慌てて両手で頭を庇い、その場に蹲る。マナセもミナミを直ぐ抱き寄せて窓に背を向け、風優子と共に強風から庇った。


「……あ、ありがと……マナセ……」


 やがて風が止み、二年一組に僅かな喧噪が戻る。マナセの胸に抱かれたミナミは、耳の先から首筋まで紅潮させていた。


「うん。風優子も大丈夫?」


「……うん。どこも、痛くないよ……。……あのね、マナセ君」


「うん、何?」


 ミナミを抱く左腕とは逆の右手で、マナセは上半身を起こす風優子を支えた。


「……赤い炎、消えたの……」


「そう、なんだ?」


「……うん。……一つ、消えたの」


「……一つ?」


 風優子の言葉を受け、マナセは首を傾げた。




「――それでは、最後の仕事を始めます」


 未種学園の中央講堂に集まった中高併せて千と二百人の生徒達――その悲鳴と断末魔が、薔薇色の美少女の手で奏でられた。


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