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鳥と女と宇宙船
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7-1
星間電話というのは、なかなか自動化できるものではない。高位の術者が送受信双方に最低でも一人ずつ、距離や精度で実力が不足していれば数人のチームで同調し、微調整しながら通話回線を確保する。人件費と技能コスト、それらを実現する組織力が必要となる。神がかった術者なら、恒星間での通話も、原理的には送受信それぞれ一人同士が念で会話したりもできる。が、そんな術者に交換手を依頼するのは、目玉が飛び出るようなギャランティが発生するのだ。それで普通は、高位っちゃ高位だがそれでも並みの人間に毛が生えた程度のを何人か集めて、星間電話業務を請け負っている。
しかしチコバ博士の研究施設ならば、研究者肌の高位魔法使いがごろごろしていて、博士が適当なスタッフ数人に声をかければ即席の電話チームが成立する。アマチュア電話のたぐいにあたる。距離も精度も無視すれば素人魔法使いであってもちょっとした念による電話は可能なのだが、遠距離となると出力不足で届かないとか、マジックアイテムでブーストをかけて補うと精度が落ちて混信や間違い電話が増える。博士の研究所はそうしたアマチュア電話のレベルではなく、公的に使える免許もあり、権限としては電話局の開局も可能だった。が、それらはコスト削減のため自前で、といったものではなく、そもそも高位魔法使いが集まっている場所なので、片手間でできてしまう、ということらしく。その説明には、ロディやニオルクゴールも少なからず感心させられた。
とはいえ受話側の都合もあるのでまったくのタダというわけにはいかず、受話側の局にはちゃんと術者手数料を支払っての通話になるのだが。おかげで、ロディがエルティスと話がしたいと言い出したことに、チコバ博士は二つ返事で応じてくれた。しかも、電話料金は経費で研究所が負担してくれるというのだ。むしろ、有名人にして伝説の大魔法使いエルティスの肉声を拝聴できるというので、博士はノリノリだった。
国の官僚であるエルティスにノンアポで連絡を取り付けるのも容易ではないはずだが、もともとよく電話していた間柄でもあるので、あいてそうな日時はロディが見当をつけた。そして、それはヒットした。久々に見る孫娘の顔と久々に聞く孫娘の声に、エルティスは上機嫌だった。旧友のニオルクゴールも一緒なのを見て、楽しげに笑う。サイコンで孫娘の保護を頼んだだけのはずが、一緒に冒険者パーティーしてるのだ。小馬鹿にしてるわけではなく、心底楽しそう。本来のエルティスは、そういうのが好きなのだ。思わず二人ともあれやこれや積もる話を始めそうになるところ、軌道修正したのはエルティスのほう。
「それで、急にどうしたの。私にできることなら、力になるけど」
そもそも星間電話である。ただつなぐだけでもコストがかかっている。
「おばあちゃん、チコバ博士って知ってる?」
「チコバ博士? ええと……」エルティスはしばし記憶をたどる様子だったが、すぐひっかかったようで、こう答えた。「ゼライスト惑星王国のチコバ博士のこと?」
ずばり言い当てられて、ロディはいくぶん凹む。
「ええ、そう。知ってるんだ、やっぱり」
「ド天才にありがちな、けっこうな変人学者だったわよね、確か。最近も何かの研究中に行方不明になって、どこだかの航路で捜索願いが出されてた気がするけど。はた迷惑な話よね」
ロディは小さくため息をついてから、横で呆けたような顔で立ってる博士の腕を掴み、ぐいと引き寄せてエルティスから見えるようにした。
「ここにいるわよ、その変人学者」
「ど、どうも、はじめまして」
魔法で空中に浮かぶように写し出されているエルティスが、わかりやすくうろたえた。
「ちょっとロディ! いるならいると、先に……」
「まさかこの人までおばあちゃんの知り合いとは」
「違うわよ! 専門書の著者でたまに見かけるし、こっちの仕事の関係でたまたま名前と所属を知ってただけ!」
「ホントに? それにしちゃ、なんでも言い合える仲のような、ずいぶんなこと口走ってたけど」
「逆! 有名人で他人だから思わず油断したの! 顔もいま初めて見たわ。あ、はじめまして、ガンセントで外交関係の仕事してます、エルティスです」
エルティスとチコバが改めて挨拶を交わす。どうやら嘘や演技ではなさそう。有名人と言われたのを、博士が照れて謙遜している。
「よかった。おばあちゃんかこの人か、どっちかから騙されたのかと思ったわ、一瞬」
「私がその方の知り合いでは都合の悪いことでも?」と、いぶかしげにエルティス。
「まあ、ちょっとね。そうだ、あとひとつ、教えてほしいの」
何十年か前にどこかの惑星国家が持つ、キロ単位という無駄にばかでかい宮廷戦艦が難破したか何かで行方不明になった、という話を知らないかたずねる。エルティスは首をかしげた。
「う~ん。ごめんなさい、それについては何も知らないわ。力になれそうにないかも。こっちで調べられそうな情報を集めてみましょうか?」
それを聞いて、ロディはいくぶん満足そうな表情を見せた。
「ううん、それは大丈夫。ありがとう、本当に助かったわ、おばあちゃん」
それからロディとエルティスは、手身近に互いの近況を交換しあってから、それぞれ名残惜しそうに別れを告げた。チコバ博士の指示で、星間電話が終了した。中継役の魔法使いたちが、博士といくつか雑談を交わしながら、持ち場へと戻っていった。
「なんだったんだい、今のは?」
満足そうにニヤついているロディに、おとなしくしていたニオルクゴールが声をかけた。
「宇宙って、やっぱり広いものなのね。宮廷戦艦だって、信じられる? 今までの人生で、こんなものと関われるなんて思ってもみなかったわ」
やけにキラキラした目でそう言ったあと、ロディはニオルクゴールの方へ晴れやかな顔を向けた。
「あなたと出会うまでのあれこれとは違って、船の事故も、このオジサンも、事故った船の切れっぱしであるこの船も、うちのおばあちゃんとはなんの関係もなかったのよ。これは、運命でもなんでもなくて、どれもこれも偶然に出会えた出来事なのよ」
なるほど、とニオルクゴールは納得した。いつだったか話した運命云々のことが、ロディは気にかかってしかたなかったのだ。運命からの解放を、彼女はいま実感し噛み締めている。
「博士、決めたわ」
オジサンよばわりされた研究所長は、急に話を振られて、きょとんとした。
「その行方不明の宮廷戦艦とやら、あたしの船で捜索の役に立てるのなら、協力するわよ。報酬も、負けといてあげる!」
7-2
「おかえりなさい、キャプテン」
問題が発生したというチコバ博士に呼ばれて、ロディとニオルクゴールは、研究員によりいじり回されているオイスター号のメインブリッジことダイニングキッチンへと足を踏み入れた。そんなロディを迎えたのが、オイスター号のこの落ち着いた一言だったのである。まだそこらをいじってる途中の研究員たちは、ロディたちが入ってきて、なんとも言えない微妙な表情で、なんと言ったものか困ってる雰囲気を漂わせていた。
ロディ自身、そのオイスター号の言葉を聞いて、足が止まった。しばし、なんと言ったものか困ってる顔で、立ち尽くす。その後ろで、ニオルクゴールが頭の毛をいくぶん逆立てている。
「……た、ただいま」
おおまかに言って宇宙船として特に問題があるわけではないのだが、というチコバ博士のあやふやな説明が思い出された。だが本当に航行に支障がないのか、試しに動かしてみるには、持ち主であり名付け親であるロディの乗船が必要なのだった。
ひとまず出港の準備はできていた。広いドックに停泊するオイスター号の前方に、広大な宇宙空間が覗いている。
「とりあえず、行くわよ。出して」
「はい、キャプテン。離床、微速前進」
ロディは、おそるおそる、というゆっくりした動作で、いつものダイニングチェアに腰かけた。オイスター号は、上品に出港した。
今回はアクロバットはやらない。宇宙ステーションになっている研究施設の周囲をゆっくりと巡って戻るだけ。まともに動くのかどうかを確認するためだ。
どうやらオイスター号は、時空を越えたどこかしらで本船とつながっているらしい、と研究チームは見当をつけた。時空を越えるためには光量子や重力子のしばりを超える魔法子の働きが必要で、それを記述する魔方陣がどこかにあるはずだ、と考えた。その部分を使って、本船との直接的な通信可能性を検討していた、その最中にこの異変が起こったのだ。と、いう話だった。
「むしろこれは、とてもよい傾向にあると、我々は分析しているのです」
研究チームは戸惑いを見え隠れさせつつ、どうにか平静を装うさわやかめの落ち着いた笑顔でもって、ロディに説明しようとするのだった。調査しようとしている行方不明の宮廷戦艦に、理論的情報的には着実に一歩近づいた証拠なのだ、と。
「それ、本当なの?」
ロディが尋ねると、詳しくは分析中だと言って説明してくれない。チコバ博士のほうにその目線を移すと、博士は「正直、わからん」と答えた。研究チームはわたわたと慌て出すが、ロディは、こっちのがまだ話ができそうだな、と直感する。
「そもそも技術的には、以前のような雑で自律性過剰でブレ幅の大きな魔法知性を設計、運用するほうが難しいのだ。それが実現していただけでも奇跡的と言える。あのようなものが生まれた原因があるとすると、知性モジュールを受け持つ魔方陣部分も欠損し、それを自己修復でつじつまを合わせた結果、偶然にもバランスしたのだ、といった仮説は立ててある。が、実証はできとらん」
オイスター号は上品にステーション周囲をまわって、研究ドックへと戻ってきて、上品に着陸した。乗り心地は抜群だった。
「ねえ、どうしたらいいと思う? これ」
外観はどこも変わっていないはずだが、どうにも以前とは違う船のように思えて、妙な気分でその船体を見上げてロディはニオルクゴールにたずねた。ロディが船に試験航行の航路を指図してる間、ニオルクゴールは研究員たちと何やらあれこれ会話していたのだ。その研究員たちは、得られたデータかなんかを持って、もうドックを後にしている。
「あたしには、もうなにがどうなってんだか、難しすぎてチンプンカンプンなのよ」
「どうするって、ロディ。まずはその、行方不明の宮廷戦艦の捜索を始めてみるのが先決だと思うよ。その意味では、このオイスター号の性格改善は良い傾向ではあるんだから」
ロディはしばらくキョトンとしてから、あぁ、そういやそうだったわ、と思い出した。なにはともあれ人命優先、しごくまっとうな話なのである。
「そのことにキャプテンであるロディ自身が前向きに協力の姿勢をみせてやらないと、オイスター号のことをここの研究員さんたちもいじりにくいんだから」
「それもそうだったわ。それに、協力してやんないと、詳しい話を教えてもらえそうにないものね。いっちょ、なんとかしますか」
ロディは肩幅に足を開き、胸を張って腰に両手を当てた。
7-3
というわけで。ロディはチコバ博士に申し出て、研究チームがこの件についてあれやこれや検証のための話をしてる場に参加させるよう、交渉した。ロディは薄々感づいていた通りに、その行方不明の宮廷戦艦というのがチコバ博士の研究所を持つゼライスト王国のものなのだろう、と指摘したら、良い顔こそしなかったものの、わりとあっさり認めた。最高機密ってわけではないものの、どちらかというと研究者気質から、確証に至ってない部分をぼやかしていたようなものらしい。
専門的な話になると、しょせんハンライス免許の評価2に毛が生えた程度のロディには、まるっきりついていけなかった。よくわからないところは鳥に聞けば良い、ぐらいに思っていたのだが、聞かないとわからないことのほうが多すぎて、説明が話の速度に追い付かない。それで深い理解はあきらめて、なんとなくわかる言葉だけ拾って、なんの話をしてるのだか見当をつけてみることにした。それでも、鳥に特訓してもらって免許的には評価3を取得した経験は、わりと役立った。
「まあ、わからんでも無理はない。我々でも解析が難航しているのだから」
難しい顔をして聞いているものの会話に参加して来る様子のないロディに、チコバ博士が声をかける。
「なんというかその」とロディは、こめかみのあたりを中指でグリグリしながら答える。「魔方陣のどこだかが欠損してるのに、船が飛んでるのが不思議だ、みたいな話をしてるわけよね」
「お、おお、まあ、そんなようなところ」
「で、その欠損部分を動作側から逆に設計しなおして補完、修復すれば、オイスター号は普通の船になって、もっと詳しいことを魔法知性から直接聞き出せるのではないか、みたいな」
チコバ博士とニオルクゴールが、やや驚く。ロディの理解は、間違ってなかった。それを具体的にどんな道具や手順で実現するか、というところに専門用語が飛び交っているだけで。
「でも、それやっちゃって大丈夫なの? マズくないのかしら」
研究チームがふと話をやめて、ロディのほうに目線を注いだ。ある者は興味を引かれた様子で、またある者は口を挟まれて邪魔だというように。ロディは彼らに気づかず、続ける。
「欠損してるのに動いてるってことは、その片割れがどこかにある、ってことじゃないかなと。ただでさえ宇宙船って、船体に描かれた魔方陣を不可視化してるじゃない。ナントカって道具でもってそれを見えるようにできるみたいだけど。ほら、あたしの船をそこの人たちが調べるとき、やたら使ってたじゃない」
「レビジタル鏡だね」と鳥。
「でも、魔方陣が見えない仕組みって、それだけなのかなぁ。魔法子ってただでさえ情報いじって時間から空間からインチキできちゃう代物でしょ。それを人間の脳みたいな情報駆動体と文字や言葉みたいな情報概念体の組み合わせでなんかやってるという」
それは承知してますよ、と、さっき邪魔そうな顔をした研究員が言う。魔法学の基礎も基礎、子ども向け科学雑誌にだって書いてあるような話を、ロディは専門の研究員たちの前でおさらいしてるのだ。
「でも、実際にあなたたちは、機能してるはずの魔方陣の片割れを、可視化できてないじゃない。どっかにあるんじゃないかなぁ、時空の果てだとかに。そもそも自己修復ってのからして、どこだかわからない時空の果てから物質を取り出して補充するやつでしょ」
チコバ博士が、腕を組んでううむとうなった。
「ありえないことではないな」
「すごいな、ロディ」とニオルクゴールも反論しない。「道具の使い方のセンスが、相変わらず凄いんだよ、君は」
「もしそうだとすると」博士が慎重に言葉を選ぶように、続ける。「欠損した魔方陣の修復は、その時空のどこかにある片割れとのつながりを断つリスクもある。それに今まで忘れがちだったが、本来この大きさの船でこの性能はありえん。片割れがある時空のどこか、というのは、つまり」
「……きゅ、宮廷戦艦」
その、邪魔そうな顔をしていた研究員が、驚きに目を丸くして、言葉にしていた。
7-4
思い付いてしまえば、素人考えながらまあまあありそうな話、というものだとロディは思っていたのだが。専門的には、言うほど簡単なものではないらしい。魔方陣の片割れが時空のどこかで機能している、つまりつながりっぱなしになってるというのは、魔界のゲートを常時開きっぱなしにするということ。ところが、チコバ博士がここのところ研究していたのが、まさにそのての技術だった。
宇宙空間でホウキにしがみついて漂流していた博士を、ロディたちはオイスター号で拾った。あれは、惑星間宇宙船を極限まで小型化する研究の成果で、ホウキの形をした、ホウキの大きさの、ホウキではなく宇宙船だと博士は話した。30メートルそこそこというオイスター号のサイズでも超光速移動を可能とする魔界のゲートを開くには、魔方陣を記述する表面積が足りないはずで、それが可能だというのが奇跡でもあり謎でもあった。その謎の一部が、解き明かされかけている。もっと大規模な魔方陣が、時空を越えたどこかでつながって機能してるのではないか、ということなのだ。
つまり、この着想というのが言うほど簡単なわけではなく、並みの研究者や知識人が聞けばファンタジーだと一笑に付すこともありえた。ニオルクゴールあたりも、ここらはあまり真剣に取り合わないタイプ。だが、この研究所では驚きとともにわりと真剣に取り合ってくれている。チコバ博士が取り組んでいる極小宇宙船に、そうした原理が一部応用されている、と言うことだった。ただし、時空を越えたどこかに魔方陣をちらけてるわけではなく、仮想的に空間を折りたたんでホウキの存在する内部空間に詰め込み、そこに魔方陣を書き込むというような真似をしているらしい。
「ところが、その折りたたみ方に問題があったのか、通常航行の試験中に勝手に魔界の門が開いてしまってな。それで、気がつくと研究所の船からはぐれて、あそこに出ていたのだ」
あそこ、というのは、オイスター号が近道だと言って通った時空的にややこしいらしいあの空間のこと。オイスター号自身は、勝手にその近道だというわけのわからないルートをちょくちょく選んでいたらしい。お気に入りなのだろう。
「それにしても、なんでオイスターは、そんな通路に詳しいのかしら。自己修復する前の記憶は残ってないはずでしょう? ごく一般的な航路情報ならともかく」
「手がかりがあるかどうかわからないけど」とニオルクゴール。「普通のまっさらな出来立てほやほやの船なら知らないような記憶で、オイスター号が持っていた記憶というのは、そこだけなわけだし。一度、同じ空間に行って魔界の様子を調査すれば、何かわかる可能性はある、ということですよね」
チコバ博士もそれは考えていたらしく、リスク管理と何度も天秤にかけていた様子だったが、決心したのか、ニオルクゴールの提案を採用することにした。
そうした話を、ロディたち3人、2人と1羽は研究会議室やオイスター号のメインブリッジ(ダイニングキッチン)などではなく、いつぞやのように食堂で彼らだけで交わしていた。担当してる研究スタッフたちのいない時間と場所として、わりと便利だった。
「よくわかんない所に行くのかぁ。うちの船は知ってるっぽいからまだしも、博士たちの同伴船はちゃんとくっついて来られるのかしら。ホウキごとあなたのこと見失ったわけでしょ?」
「さすがに、あのときのレポートは残してあるから、それを見れば問題ないと思う。ただ確かに、あなたがたの船の移動効率の良さについて行けるかどうかはわからんので、当日はゆっくりめに進むよう船に言ってもらえんかな、ロディさん」
「わかったわ。それで行きましょう。なんだかんだで、今のオイスター号なら口ごたえもせず、素直に言うこと聞いてくれそう」
そう言うロディは、どこか寂しそう、などということもなく、どちらかと言うと嬉しそうでもあり、乗り気なのがニオルクゴールにもわかった。
それから入念なあの時のレポート確認の上で運航計画が作成され、同伴の船も研究所で保有する中からできるだけ足の早いやつが手配された。そしていよいよ宙域調査に出発、というその時だった。
オイスター号は、宇宙の近道のことを、きれいさっぱり忘れていた。
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他にもオイスター号の機能で失われているものはないか、ロディとニオルクゴールとで一通りの確認はおこなった。能動受動各索敵系も航行系も、ダメコンもファイコンも、無事。試射したところ、以前よりコントロールしやすいぐらいだった。ただしアドリブの無茶が効くかどうかは少し不安だと、ニオルクゴールは慎重な判断。あと、冷暖房だとかシステムキッチンや冷蔵庫なんかも生きていた。
問題の宙域自体は、チコバ博士救出劇の記録を研究所側が持っていたので、行くだけ行くのは可能だった。が、以前のオイスター号が近道だと行って勝手に通ってたのとは事情が違う。今回は研究所が所有する100メートル級とかの大きな(本来ならそれぐらいが普通の)調査船も同行し、むしろ多少の日数をかけて回り込むように接近することになった。オイスター号のペースでかっ飛ばして、置いてきぼりにするわけにもいかない。
「ねえロディ、やっぱり一度出直したほうが良いんじゃないかな」
カーテンで仕切られただけのシャワールームを
勝手に開けて声をかけたインコの鼻面に、裸のロディの鉄拳が飛んだ。吹き飛んで、じたばたと起き上がったインコは、僕はドラゴンだから人間相手に何もやましいことはうんぬんと抗議した。
「だいたい、僕はいつも裸を見られてることになるんだけどな」
「その派手な羽毛、全部むしるわよ!」
カーテンの向こうでロディがわめく。
シャワールームの機能確認を終えたロディがメインブリッジ改めダイニングキッチンに出てくるまで、しかたなくインコは待った。
「で。なんで、今さら帰れと?」
濡れた髪をタオルで拭きながら、鳥を尋問する。
「調べてたんだけど」鼻面に絆創膏。「おそらく自己修復時にランダム化していた魔方陣の一部を、レイヤー重ねて上書きの形で正常化した部分があるんだ。そこがオイスター号の知性の不安定要因、記憶が混乱し曖昧になってる部分だと考えたのだろうね」
「ほぉ」
ロディは生返事を返しつつ、ダイニングキッチンをうろうろする。そして、戸棚の陰のあたりを見下ろして、立ち止まった。
「それって、ここじゃない?」
「え?」
鳥はロディの指差す箇所を覗き込む。どことなく小汚なく朽ちかけた感じに、木の板で作られた壁がある。
「なにが?」
「いまあんたが言ってたじゃない。魔方陣を直しただの壊しただの」
「い、いや。専用の道具がないと、不可視化した魔方陣の解読も修正できないから。へたにいじると何が起こるかわからないものだから、単に見えなくしてるだけじゃなく、そのままでは書き足したり消したりできないんだ」
「そんなこた、わかってるわよ。でも、研究所の連中の目線が、やたらこのあたりを見てたのよねぇ。それに、ほら、ここのとこよく見て」
仁王立ちしていたロディはしゃがみこんで、壁になってる木材の表面を指でなぞった。木目とも少し違う模様を示し、それは、妙な曲線を描いた。
「これって、ちょうど左右ちぐはぐになってる切れ目のあたりじゃないかしら。自己修復ってのやった跡なんじゃないかな」
「お、おお」
ニオルクゴールの頭の毛が逆立つ。
「それと、ここ。床の傷。戸棚を引きずって動かしてから、また元に戻した跡がある」
さすがにニオルクゴールも、研究スタッフがこのあたりの何かをいじった、というロディの推理に真実味を感じる。ニオルクゴールは魔方陣そのものを、だいたいの見当とかでなくちゃんと可視化して解析すれば、修正の形跡を見つけられると考えていた。だが、経験値のわりに魔法音痴なのに野生の感だけは働くロディが、魔方陣そのものではなく間接的な観察から良い線いってることに、素直に感嘆した。
「ねぇ、あたしにはよくわからないんだけど。この場所って、いわゆる航行とかの制御に関係してるところなんじゃないの?」
「そうだね。全体のレイアウトとして、ここを含めて3ヵ所程度は航行制御系の魔方陣が配置されてるのが自然だと思う」
見えてなくても、常識的な設計の宇宙船用魔方陣ならだいたいそうなる、ということをニオルクゴールは知っている。ただ本当にそうなのかどうかは、可視化して確認しないとわからないのだが。
「この、継ぎ目のデコボコした感じだと、ここからかなり派手にぶっ壊れて、そんで修復したってところよね。こういう壊れ方した魔方陣って、そう簡単に再生できるものなのかしら」
「いや、むしろ常識的には、こんなサイズの船に自己修復できること自体が謎すぎる」
「ばかでかい宮廷戦艦って、ようは普通のサイズの船をたくさん合体させて、魔方陣つないで連携させてた、ってことでしょ。ちょうどこの先が、まさに、実はまだ魔界のゲートみたいなやつでつながってる、ってことないかしら」
ニオルクゴールは、なにも言えなかった。可能性としては、まさにそれが予想されているのだが、なにをどうしたらそんなことが可能になるのか、チコバ博士ひきいる研究チームの中でもこれといった答えが出せていないのだ。
「う~ん」
ロディは、その継ぎ目を睨んで何やら考え込んだ。
例の宙域まで、あと2日ほどの予定だった。
つづく