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6


 鳥と女と宇宙船


 6


 6-1


 チコバ魔法研究所というのは、実際かなりデカかった。宇宙船の研究開発も手掛けているので、衛星軌道上にキロ単位クラスの大型船も扱える研究用ドックを持つほどだった。ゼライスト惑星王国の王室から資金援助があり、その技術は軍需を含む多くの国益へと還元される、という建前になっていた。早い話、国民の血税から研究費は湯水のように提供されてますよ、ということ。惑星ゼライストの数ヵ所にある大規模な国有研究施設は、この国には凄い魔法技術がある、という広報的な役割も果たしていた。チコバ博士は所長にして研究主任、事務方の仕事は苦手で担当丸投げ、常に先陣を切って現場仕事をこなすタイプだった。

 ところで、なんでロディたちがそんなところに居るのかといえば、拾ったチコバ博士をわざわざ研究所まで送り届ける役を買って出たからだ。無報酬で。主にセキセイインコがノリノリだった。特に博士から、専門施設でこの船を調べさせてほしい、などという申し出があったのだから、セキセイインコ的には願ったりかなったりなのだった。

 船の調査は、ロディはもちろんニオルクゴールでさえ想像してたより大がかりなものになった。本格的な実験用ドックに招かれ、何人ものいかにも魔力の強そうなスタッフが群がり、ロディには見当もつかず、ニオルクゴールには知識にヒットするタイプの検査が進められた。分解したり船内のものを持ち出したりといったことは、チコバ博士の監督のもと、この段階では厳しく制限された。いずれやるかも、という空気もなくはなかった。

 そうした下調べと言うには本格的すぎる基礎段階の調査があらかた終わろうかという数日後の夜、博士は話があると言ってロディとニオルクゴールを無人のオイスター号に呼び出した。2人(1人と1羽)は、それぞれにあてがわれた三食昼寝つきのゲスト部屋から、ドックへと降りていった。

「あんたたちは、この船の価値をどの程度承知しておるのかな?」

 やけに神妙な顔で博士は、ダイニングテーブルをはさんでキャプテンシートことダイニングチェアっぽいそれに腰かけるロディにたずねた。

「中古屋で二束三文で手に入れたの」

 ロディはバカ正直に回答。

「よくはわからないけど、普通の船じゃないことは確かかと」

 ニオルクゴールは、わかったようなわからないような無難ではっきりしない答え。

「その中古屋には、二回返品されて戻ったことがある」オイスター号が会話に参加した。「その前のことは、よく覚えてないんだよな、俺」

「国家予算が動く」

 チコバ博士は答えた。

「……この、星の空飛ぶ台所に? 国が?」とロディ。

「やはり、知らんかったか」

 博士は思慮深げに溜め息をついた。

「それが知れた今、我が所内でも様々な動きが出てきた。解体でもなんでもやって徹底的に調べたがる者も出てきた。それより、あんたらからコイツを買い取って、ウチの所有物にしたがる勢力が今は優勢だ」

「つまり、博士のところには国家予算級の資金力があり、その気になれば無理にでも僕たちからオイスター号を買い取ることが可能だ、ということですか?」

 ニオルクゴールがたずねると、博士は首を横に振った。

「いや、ない。あんたらを騙してでも、納得させられそうな適当な値段で買い取ろうと考えているようなのだ」

「博士はなぜ、それをあたしに教えてくれるの? どっか嘘なんじゃないの、この話」

 ストレートに疑いをぶつけてきたロディに、博士は思わず吹き出した。

「わしはここでは研究所長という立場だが、ゼライスト国王よりその地位をたまわったというだけで、好きに研究をさせてもらってる。大きな研究組織ゆえ、内部は決して一枚岩ではない。わしの知らんところで国から息のかかった極秘研究なんぞやってても不思議はない。いや、おそらくやっているだろうな。わしはここで一定の権限や発言力は持っているつもりだが、無敵の独裁体制でもない。好きにさせてる部分もあれば、好きにできん部分もある。だがな」

 博士は一度言葉を切り、ロディとニオルクゴールと、あと漠然とそこらに目線を泳がせた。なんとなく察したロディが、ダイニングテーブルをトントンと叩いた。オイスターの本体はここですよ、と示すのに。実際、そんなこたないのだが、ロディはそんなもんだと思っている。博士は釣られて自信なさげにダイニングテーブルを見つめた。まあ、これでいいか、と思った。

「あまりに不当な金額で、あんたらを騙してまでこの船を手に入れるのは、しのびなくてな。船の譲渡の手段を、あんたらは承知しているかな?」

「さぁ?」とロディ。

「船に、名前をつけるのですね。譲渡の際には、持ち主による意思表示により名前を放棄する」

「そうだ」と博士。

「そーだったの!?」とロディ、オイスターというどうかしてる船名の名付け親。チコバ博士とニオルクゴールは無言で、なんとも言いようのない視線をロディに向けて、また何もなかったことにして向き合った。

「つまり、だ。ここの誰かに中途半端にまとまった金額を提示されても、簡単には手放さんほうが良いだろう」

「承知しました。ご配慮、ありがとうございます」とニオルクゴール。

「まぁ……」とロディ。「金額次第っちゃ金額次第かなぁ、とは」

「それ、どれぐらいをイメージしてるんだい、君は?」

「もっとマトモな新しい船を買えるぐらいなら、悪くないかなと。今の話なら、多少ゴージャスなやつでも手を打ってくれそうだし」

「俺も、もっとマトモなキャプテンとチェンジできるんなら、そんな悪くない話だと思うぜ」

 返品経験当事者のオイスター号も、ロディの意見に乗った。

「そのときは、即決しないで必ず僕に相談してよね、ロディ」

 叡智の巨鳥ニオルクゴールが、心底心配そうに言った。


 6-2


 食堂の雑談で、ロディがエルティスの孫と知ったチコバ博士は、えらく興奮した。

「まさか、博士も祖母の知り合いかなにかで?」

 ロディは、ややジト目で博士を見た。あれやこれや退屈な日常から飛び出す感じで故郷を後にしてきたのに、エルティスの知り合いだというセキセイインコに助けられて、宇宙は広いようで狭い、と思ったニオルクゴールとの出会いの日のことを思い出したのだ。そのニオルクゴールとは秒速で結ばれた腐れ縁でもって、いまに至るまで旅を共にすることになったのだが。それでも、まあ慣れてきて、ようやく最近になって、酸いも甘いもひっくるめて自由に生きてる実感を持ち始めていたのだ。

 今にして思えば、とロディは改めて思う。若い頃、冒険者をやめてしまったのは、酸いも甘いもひっくるめる度量がなかったのだ。苦労は乗り越えるべき無駄な付属品に過ぎず、なければないに越したことはなく、若いエネルギーでなんでもかんでも面白がって、笑い転げていられた。そんな青臭くも甘い思い出も多いはずが、思い出されるのは人間関係やら肉体労働やら散発的貧困やらで嫌な思いをした記憶ばかり。面白いこともあったはずだが、印象に刺さるのはネガティブなケース優先なのだ。だから、やめた、のだが。

 それが、今。変な鳥と変な船と未熟な自分の魔力のせいでわけのわからん気苦労の絶えない日々のなか、わりと楽しかった思い出がそこに上書きされる。海賊の主力戦艦をぶっつぶしたこと、とか。そういう、派手なことやらかしてただはしゃぎ回るだけでない、味わい深い大人びた自由を謳歌し始めたところで、またしてもエルティスの存在である。

「あなたも、おばあちゃんの知り合いなの?」

 キョトンとして即答しないチコバ博士に、今度は態度を崩して同じ質問をした。

「いやいや。知り合いだなんて、とんでもない。歴史に残るような名のある大魔法使いの1人だから、その功績は一般的なところぐらい知っていて当然だ」

「ふぅん……」

 ロディは、いつだったか運命理論の講釈をたれてくれたセキセイインコのほうに意味ありげに目を向ける。博士もその目の運びに気がつき、怪訝そうにでかい鳥を見る。ニオルクゴールは、相変わらず表情の読めない顔を、ちょいとかしげてみせた。

「あぁ、ええと。僕は、知り合いなんです。エッちゃんの」

「なぬ!?」

「むか~し、一緒に冒険者してたらしいわよ」

 博士は案の定、でかいインコ相手にあれやこれや質問し始めた。ロディは、やれやれ、といった薄ら笑いを浮かべてその様子を冷めた目で眺めた。

 ふと、その目線の通り越した先に、動くものをとらえた。研究員ではない雑務系の格好をした職員が、台車に木箱を積み上げてゴロゴロと運んでいく。ロディは瞳に生気を甦らせ、椅子を立った。

「あれ日配ね。ちょっと売店に行ってくるわ」

 つかのま少女のような無邪気さをふりまきながら、ロディがトコトコと小走りに駆けていく後ろ姿を博士と鳥は見送った。それからまたすぐ、エルティスの武勇伝談義に戻る。

 しばらくして、ロディが戻ってきた。なにやら買ってきたものを持っている。

「やっぱりあったわ、これこれ」

「ねえ、ロディ。日配ってなに?」と鳥。

「あ~、牛乳とかコーヒーとか、このヨーグルトとか、そういうやつ。雑貨店でバイトしてたときに覚えた用語だったわ、そういや」

「なんか嬉しそうだね。バイト時代でも思い出してたの?」

「まっさか! そっちじゃなくてね、あたし好きなのよ、このヨーグルト」

 ニオルクゴールがあまり見かけないブランドのものだった。ロディの故郷のガンセントだとか、このゼライスト王国みたいな発展した惑星でしか流通していないのかもしれない。

「日配にもね、並日配のほか、魔日配、妖日配ってのがあるの。薬局以外でも扱える医薬部外品で、魔法動植物をそのまま原料に使ってるのが妖日配、それらを再加工して抽出した魔力だけ配合してるのが魔日配。まあ、医薬品とかじゃないからきも~ち魔法かかってるかなぐらいで、プラシーボ程度かもしんないけどぉ、雑貨店では魔法の健康食品ってくくりで表示して陳列してるわけ。このヨーグルトもね、魔日配。健康にも良いし、それにとっても美味しいのよ~」

 語尾にハートマークくっつけて、評価4ハンライスであるニオルクゴールですら知らないような魔法関連の知識を語りながら、ロディはそれを開封した。この研究施設に何日も滞在しているから、所内の購買にそれがあることを突き止めていたのだろう。

「さっき入荷してたでしょ、あの箱がコレのメーカーのやつだったから。でもね、やっぱり値上がりしてるんだって。星外から船便で宙輸してるから、海賊対策の影響が出てるみたい。わりとでっかい海賊戦艦ぶっつぶしたつもりだったけど、まだまだいるのねぇ。あんなの、氷山の一角ってことなのかしら。いっただっきま~す」

 言いながら、ロディは美味しそうにヨーグルトを口に運び始める。

「海賊戦艦を、どうしたと?」

 博士が、鳥にたずねた。


 6-3


 ヨーグルトまではご機嫌のロディだったが、部屋に戻るとまたどこか不満ありげにベッドに寝転がった。

「なにか気にかかることでもあるの、ロディ?」

 難しい顔で天井を見上げるロディを、どでかいニオルクゴールが真上から見下ろした。

「これがいわゆるアレだってこと?」

「な……なにがどれ?」

「運命。まさかここでもおばあちゃんの話が出てきたり、バイトで扱ってたヨーグルトが目に入ったり。どうも偶然とは思えなくて」

「いやぁ、偶然偶然。なんなら、ここの研究所の、ちゃんとした占い師に見てもらう? 博士に頼めば、手配してくれるんじゃないかな」

「いいわ、べつに」

 ロディはヤル気なさげに寝返りをうち、うつぶせになる。まくらに顔をうずて、そして、くぐもった声で言った。

「宇宙って、なんでこんなに狭いのかしら」

「以前の暮らしと一切接点のない、まったく未経験のどこかで何かをやりたい、ってことかい」

「そんなんじゃないけど。たとえば、おばあちゃんと連絡を取るにしても、ヨーグルト買うにしても、もうちょっと苦労してなんとかしなくちゃいけないような、それ乗り越えてやっと手に入れたヨーグルトを泣きながらむさぼるみたいな」

 なるほど、とニオルクゴールは言った。ロディが、ひょこっ、と顔を上げた。

「それが、大人の娯楽ってやつだね」

「なにそれ、やらしい」

「やらしくないってば。たぶんロディ、君は若い頃、もっと楽に何もかも思いどおりになるのが理想で、うまくいかないことがあると多かれ少なかれ癇癪起こしてたんじゃないの?」

「う~ん……」

 心当たりがなくもないから、返答に困る。かといって即答で認めるのは、やだ。見透かされた気分にもなりたくないので、なんとなく答えを濁したまま、鳥に先をうながした。

「ようは、冒険者気質なんだよ、君は。エッちゃんに、どこか似てる」

「言われなくても……」

 ロディは祖母エルティスが好きだ。両親なんかとは疎遠だが、親族の中でエルティスは別格だった。伝説の大冒険者だから尊敬してるとかでなく、もっと身近で、よき理解者で、親友のように感じていた。どこか似てる、というような感触も、若い頃はともかく、35にもなるとわりと実感として受け入れていた。だからどう、というものでもなく。

「ようするに」気持ちを切り替えるように言って、ロディはベッドで体を起こした。「退屈してるわけよ。ここ来て」

「なるほど」

 三食昼寝つきとはいえ、無報酬で、所有船を預けたまま、研究所内というか、いくつあるのかもわからない研究施設のうちの1つであるこのステーションから一歩も出てないのである。ここ数日というもの。

「で、どうするの。出ていくの?」

 表情の読めないセキセイインコだったが、さすがにその雰囲気は、いくぶん気落ち気味だった。叡智の巨鳥は、この研究施設暮らしをまんざらでもなく思っているのだ。資料室なんかも出入りしているようだし。それを見透かして、ロディはニヤリと笑った。

「研究に、協力してみない? 船を動かすとか、なんか撃つとか、魔界ゲート開いてみせるとか」

 表情の読みにくいセキセイインコが、珍しく見てわかるほど表情を輝かせた。

 そして、早速それは実行に移された。

 特にニオルクゴールとチコバ博士が、ロディの提案にノリノリだった。

「いくぜ、相棒!」

 キャプテンシートこと木製の肘掛け椅子で足を組んで、ロディはダイニングテーブルに向かって言う。

「あいよ、姐御!」

 キャビンのどこだかわからないどこかから、船が返事をする。

「こういう感じなんですか?」

 チコバ博士のほかに3人ほど同乗してきている研究所員のひとりが、ニオルクゴールにたずねた。うち1人はニオルクゴールと同じドラゴン類で、ニオルクゴールの半分ほどの身長のカモだった。そのカモが、でかいインコを見上げて尋ねたのだった。

 普通なら、ナントカ発進、とか、微速前進どうのこうの、とか、返答もイエッサーだのイエスメムだの、そういったのになる。えらく砕けた態度の、フレンドリーな知性体だなと研究員は思っているのだ。予備検査の段階でも、船は、めんどくせー、だの、そこはダメぇ、だのと、およそどのタイプの魔法知性体でも観測できない合いの手を入れてきていた。

「今日は、やけに仲が良いです。いつもより」

 インコはカモに答えた。

「いっちょ見せてやんなさい、とりあえず全速前進、フルパワー!」

「おう! やってみたかったんだよ、そういうやつ!」

 するとオイスター号は猛烈な勢いでダッシュした。海賊船相手に共に逃げ回ったロディでさえ、未経験の速さである。斜め前に見えていた研究所の宇宙ステーションが、とんでもない勢いで視界から消える。

「すっご! やればできるじゃない、あんた」

「魔力をシールド魔法に回す必要ないんだろ。なら、ざっとこんなもんよ。俺も初めてやってみたんだけど、やるじゃん俺」

 木製の船体のあちこちから、ギシギシときしみ音が聞こえ始めた。


 6-4


 ひとしきり縦横無尽のアクロバットをやってみせてから、ロディはダイニングテーブルを見つめて、うーん、と何か考え込んだ。ロディの様子を知ってか知らずか、研究員たちは魔法測定装置みたいなのを覗き込んで、チコバ博士やカモもまじえてあれやこれや早口に話し合っている。インコはそっちを気にしつつ、ロディにどうしたのか声をかけてみる。不機嫌という様子とは違うのだ。

「ちょっと試したいことがあるのよ。手伝って」

 ロディは一度階段を降りて船倉にもぐり、チョークとよく絞った布巾を持って戻ってきた。そして赤いチェック柄のテーブルクロスを慣れた手付きで回収して畳んで空いた椅子の背もたれにひっかけ、ダイニングテーブルを布巾で手早く拭いた。それからチョークを持って、そこに図形を描き始めた。雑だが、魔方陣のアウトラインが見えてきた。ニオルクゴールはそれを見守りながら、目を丸くした。

「どう、こんな感じで? ここと、ここを、ちょっとアレンジしてみたの。あたしじゃアウトラインしか描けないから、あと手直しヨロシク」

 ロディは言って、チョークをニオルクゴールに投げてよこす。ニオルクゴールはそれを片足上げてキャッチ、くちばしに持ち替える。

「よくこんなこと思い付くね」

 インコは口にくわえたチョークでロディの雑な魔方陣を修正しながら言った。鳥には口が塞がっててもしゃべるといった真似ができる。

「うまくいくかは、わからないよ。不発とか暴走とかもありえるんだから」

「なんかくすぐってぇな」

 船が書かれてる最中に不吉なことを口走る。

「普通は、やらんな」横から顔を出してチコバ博士も言った。「だが……」

 博士はインコからチョークを受け取り、さらに手をくわえていった。インコは「なるほど!」とか「これは?」とか興味深そうに口を挟む。

「この船に関しては、やれるかもしれん。ファイヤコントロール系の魔力回路が、ほとんど術者に丸投げで、ブースターの仕事しかしとらんようだからな」

「そうでしょー」とロディ。理論ではなく、使用者の直感として察知していた様子。

 それから、一緒に来ている研究員たちに簡単に指示をした。彼らは、暴走や暴発にそなえるのであろう魔法の呪文詠唱を始めた。

「ま、やってみりゃわかるでしょ」

 そして、船はまた進み始めた。

「よくわからんが、またカッ飛ばして良いのか?」

「もちろん。全速力でヨロシク」

「よしきた」

 オイスター号は一気に加速、トップスピードに乗る。生半可な海賊船はもちろん、軍用の小型戦闘艇でさえ簡単には追い付けないような規格外の速力が簡単に出ている。

「じゃ、いっちょ……」ロディは出来立てホヤホヤの魔方陣に手をかざす。研究員たちが固唾を飲んで注目した。「やってみますか」

 魔方陣が鈍く光る。と、船の前方に主砲のそれとは違う幾何学模様が浮かび上がる。どこか雰囲気が違うものの、全方位雷撃塵の大きいやつのよう。幾何学模様はじりじりとオレンジ色や紫色に変化しながらそこにたもち、しかし何かを砲撃することもない。それを見て、博士と研究員たちが、おお、と声を漏らす。

 ロディが魔方陣の上で短い簡易呪文と合わせて両手を花びらのようにひらめかせると、前方の幾何学模様は二つに割れて船の左右へ移動した。ロディが指揮者のように舞えば、それは船の左右で蝶の羽根のように自在に角度を変えた。船の進行方向の軸線を中心に衛星のようにぐるりと回ってから、船の後方に移動してまた一枚に戻る。ロディが一度力強く握ったこぶしをそっと開くと、船の後方でそれはひときわ輝きを増して、それから形を失って、桜の花びらが散るように船の後ろの方へ流れて消えていった。

 ロディが、ふぅ、とため息をついてキャプテンシートにどかっと腰を下ろした。額に汗が浮かんでいる。

「あ~、やっぱ薄っぺらいわねぇ。あたしなんかじゃ、生身じゃ実戦は無理かぁ」

 やるとしたら、またブースターアイテムとかジェネレーターアイテムとかを消費し、場合によってはマジックアイテム用の消火スプレーなんかも用意することになるのか、とニオルクゴールはいつぞやのことを思い出していた。

 ロディが何をやったのか、その場に居合わせた全員が理解できた。セキセイインコを含めた全員がその道のプロフェッショナルなので。ロディは攻撃のための魔方陣を少しいじって、その武装をシールド魔法に変換したのだ。根本をたどれば火器もシールドも同じような原理で発動する。本来なら船の魔力はシールドと航行に振り分けるのだが、一方でこのオイスター号は火器管制を他の魔力回路から完全に切り離している。全出力を航行に振り切れば規格外の速力が出ると理解したロディは、火器管制のルートを利用して防御魔法を使えないかと考えたのだった。

 そして、それは成功した。弱点は精度と強度が術者の力量に依存するのと、そもそもそれをやって十分な加速効果が期待できるような宇宙船が滅多にないことだった。オイスター号としては、前者の問題は残るものの、後者はクリアしていた。

「ロディ、すごいよ」

 ニオルクゴールが言った。くたびれた表情のロディが、はぁ?という意外そうな顔で見上げた。

「魔力量や知識はともかく、君は、魔法の道具の使い方が、天才的に上手いんだ。今まで何度か見てきたけど、あてずっぽうのラッキーなんかじゃない、確信したよ」

「そ、それはどうも」

 ロディは、ちょっと照れたような曖昧な表情を返した。


 6-5


 もちろん、乗ってる術者が船をブースターとして使い、砲撃したりシールド出したりというやり方は、以前からあると言えばある、とステーションに戻ってからチコバ博士から聞かされて、ロディは少なからず気勢を削がれた。だが、民間の貨客船やら貨物船やら観光船といったレベルでは実用的ではないので使われることはなく、強い魔法使いを何人も乗せていられる軍艦みたいなのぐらいで、そのてのだったらそもそも船自体に強力な火器とシールド魔法がそなわっていて、どちらかと言うと船の能力を乗組員が後押しする、つまり魔法使いの側がブースターとして働く、みたいな応用が普通なのだという。

「だが、この船は違うよ。この船だからこそ、ロディさん、あんたの思いつきは効力をもつ。もしやとは思ったが、あんたの協力のおかげで、だいたいの予想が裏付けられたと思っておる」

「そろそろ、教えてもらえないかしら。このポンコツが、どういったいわくのついた問題児なのかを」

 実験ドックのプラットホームに3人(2人と1羽)は並んで立ち、全長30メートルそこらでアシンメトリーというデタラメな恒星間宇宙船を前にしていた。

「俺もいいかげん知りたい」

 その当人である船も言った。チコバ博士は、少しはなれたところで、どこかヒヤヒヤしてる様子でこちらを見ている研究員たちに目線を向けた。それで少し睨み合うようにしてから、研究員のこの班のリーダーらしい男がため息を漏らすのを確認して、博士はロディとニオルクゴールに向き直った。

「これは、かつて難破した、とある王家の宮廷戦艦の一部だ」

 ロディはもちろん、ニオルクゴールさえ知識にヒットしない情報だった。が、さすがにニオルクゴールはピンと来たようで「だから、非対称だったんですね」と博士に尋ねた。

「左様。もとは全長が数キロほどになる大型船で、ほとんど宮殿まるごと飛んでいるようなものだった。この大きさになると、造船魔方陣の構造は分割ブロック式、中枢が指揮を取ることで、複数の独立した知性体が全体としてはひとつの知性体のようにふるまう、という仕組みになる」

 たとえばタコという軟体動物は、三つの心臓と9つの脳を持つが、それに似ていると博士は説明する。それは部分的にトラブルが生じても全体としては調和を保つフェイルセーフも兼ねていた。

 宮廷戦艦とやらは今も行方不明で、一部の王族の人たちを乗せたまま宇宙のどこかに姿を消したままらしい。ロディは真っ先に海賊の襲撃を思い当たったが、博士は首を横に振る。生半可な海賊相手ならびくともしないし、多少の損傷も自己修復で元の姿を取り戻せる。一撃で粉微塵にするとか、まっぷたつにかちわるとか、そういうスケールの攻撃でもしない限りは簡単に沈んだりはしない。

「自己修復」

 ニオルクゴールがその単語に反応した。宮廷戦艦だの主力戦艦だの大企業の長距離輸送船だのといったものなら、そう珍しいものでもない。だが、このちっこいポンコツに自己修復があるとしたら、それは珍しい内にはいる。またそれはニオルクゴールにとって、意外と言うより、予想が的中していた、その答え合わせを博士に求めているのだなと、ロディも気がついた。そういや中古で購入したあのときも、そんなようなことを口にしていたのだ。

「でも、なんでそんな効率の悪い船を作ったのかしら?」と、はたと気がついたというようにロディが言った。博士の視線がロディをまっすぐとらえた。「魔法知性体をいっぱい詰め込むぐらいなら、それの数だけ普通のサイズの船を作ったほうがよくない? 百倍デカい船が一隻あるより、同じ船が百隻あったほうが、いろいろ便利そうな気がするけど」

「その通り」と博士がどこか感心したふうに、うなづいた。「だから、今はもう作られることはない。たとえば、百倍大きな船が百隻あれば、そのほうが攻防いずれも有利だろう。そういう、数は減らさずにひとつひとつの船を大きくするために考案された造船技術だった。だが、それならそれで、一万隻の船を作ったほうがいい。ただ、ひとつだけ有用性があってな」

「百隻分の船を一人で指揮できる」

「左様」

「動かすだけなら」

「まったくその通り。だが……」

「遊覧船ならともかく、ハリネズミみたいな砲撃装備を操るには、どのみちバカみたいな人数の砲手を乗せて歩かないと意味がない。うまくいかないものなのね」

「そして、そういう非効率で贅沢な真似が可能だったのは、王家の宮廷戦艦という名目あってこそだった」

「なーるほど。今の話、なんか、すごいよくわかったわ。博士って、本当にすごいのね。誰かと違って」

 凄いのはあんただ、というチコバ博士とニオルクゴールの心の声がハモった。

「つまり、そのブロックごとに分割した知性体のひとつが、まるごと、このオイスター号に残っている、ということですか?」

「まさかとは思ったが、調査結果によると、そうとしか考えられん。しかも、能力の一部は魔界を通してまだ本船とつながっている。そのつながりに割り込みをかけて大出力の攻撃魔法を通したのが」

「ダイニングテーブル!」

 即答したのはニオルクゴール。ロディはピンと来ないというか、間の抜けた代物の名称が飛び出して、ややあきれたような嘲笑気味の顔になっている。だが船全体を構成する魔方陣の具体的な構造は、ロディよりもニオルクゴールのほうが詳しい。ニオルクゴールの察しは的中して、博士は出来の良い教え子にそうするように、深々とうなずいてみせた。インコがちょっと喜んでるのが、ロディにもわかった。

「あれ?」とロディ。「ちょっとまって、今の話って」

 博士が再び、勘の冴えてる女をみやった。

「構造的なことはよくわからないけど。つまり、本体はまだどこかで生きてる、ってこと?」

 後ろで研究員たちの感嘆のざわめきと不満げなため息が起こる。チコバ博士は、どこか嬉しそうに目を輝かせて、ニオルクゴールにそうしたようにロディにも深々とうなずいた。

 ロディの言葉でようやく気づいたニオルクゴールが、後頭部から首筋にかけての毛を興奮で逆立て、あからさまに目を丸くした。そして、つぶやいた。

「国家予算が動くって、そういうことだったのか」


 つづく



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