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鳥と女と宇宙船
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3-1
恒星間航行用小型宇宙船オイスター号のクルーたちは、筆記用具を探して船室をちらかしていた。いまほど買ってきた家財道具の中、たしか裁縫セットかなにかに混じって手に入れていたはずだった。包みを広げ、袋をひっくりかえし、食べ物とそうじゃないやつとを分けて収納する作業途中だったことも忘れて、細かいあれやこれやを撒き散らす。怒号もやりとりされ、にぎやかなことこの上ない。
目下、オイスター号は宇宙海賊に追い回されている真っ最中だった。他とはちがう特殊ないきさつがありそうなオイスター号に気づいた目ざとい海賊が、ここぞとばかりに狙ってきた、などというドラマチックなものではなく。サイコンのあちこちの宇宙港に降りては買い物をして飛び立っていくちびっこい船が、良いカモに見えたということらしい。なんか一週間ちょっと前にも似たような目に遭った気がする、とロディは思う。
海賊は小型船数隻で襲ってきた。ということは、海賊船に恒星間航行はできない。それでロディは、ちゃっちゃと魔界の門を開いてしまえばいいじゃない、と提案した。だがそれは、高速機動と同時にはできない、と言うのだった。
通常航行には重力制御系を利用している。恒星間を移動するのとは違って、こっちは船が小さければ小さいほど有利なのだ。軽い方が速い。細かい原理まで言えばそう単純な話ではないのだが、だいたいそうなのだった。
オイスター号もかなり小さい方なのだが、海賊船はオイスター号よりさらに一回りも小さい高速船。なんだったら、戦闘機みたいなものである。そんなのを相手に、それでもたちまち拿捕されたりせず逃げ回っていられてるのは、オイスター号もいいかげんたいしたものなのだが。
「軍艦並みの戦闘艦なら、ドラム缶みたいなブースターカートリッジなんかも積んでるから、全速力出しながらゲートを開くような芸当もできるんだけど。あれ、むちゃくちゃ高いんだよ」
ニオルクゴールが解説した。ロディは聞き流した。
居住空間維持系が自動展開した防御結界に、命中した海賊船の砲撃が食い込んでオレンジ色の光球を発している。どうにか持ちこたえているが、薄皮一枚でしのいでる感じ。
なんかで迎撃とかできないのか、と当てずっぽうにロディがわめくと、オイスター号は「そういうのは乗ってるあんたらが直接撃ってくんないと」と答えた。「ロディ、お前さん、魔法使いなんだろう?」などと添えて。ロディは意味がわからなかったが、ニオルクゴールは驚いた様子で羽毛を逆立てた。
船の知性体の暴走を抑止するため、火器の操作は人間の魔法入力が優先される。というそれは、かなり本格的な武装を抱えた船の基本的なルールなのだ。それは単なるコマンド入力ではなく、術者の攻撃魔法を船がブーストして発動させる、といった仕組み。軍艦ともなると、強い術者が砲撃手としてブリッジにずらりと並ぶ。しかし、火器管制系の操作卓など、どこにも見当たらない。
で、ニオルクゴールの出した結論が、ないものは作れば良い、なのだった。
「あったぞ、ロディ! 油性サインペン!」
ニオルクゴールが見つけたそれを足でつかんで掲げた。
「それはちょっと、後で落とすの面倒じゃないか」とオイスター。
「贅沢言ってんじゃないわよ!」
とか言いながらロディが今にも壁に投げつけんと振りかぶった、その手に握っていたのは、裁縫セットに混じってたチョークだった。
3-2
ロディは濡らしてよく絞った雑巾で、ダイニングテーブルの上を、無駄なくささっと拭いた。ファミレスでウェイトレスをやってたころの手際だった。ダイニングテーブルではない、メイン操作卓、の、はず。ダイニングテーブルそっくりだが。
そこに、ニオルクゴールがチョークで幾何学模様と文字列を描き始める。これもまた、手際が良い。
「これでオイスターの火器管制と接続できるはずだ」
手、ではなくてクチバシを休めることなく、インコは言った。インコだから、口になにかくわえたまま、しゃべることができる。
「ただし魔力の源泉は、ロディ、君自身のものを放つ。僕には知識はあっても魔力の素養がないからね。船がブースターになってるはずだが、スペック不詳だから加減がわからない。この魔方陣も即席で作った省略型だ。あとはロディ、君のコントロールにかかってる」
「あたし、評価2なんだけど」
「魔方陣に注釈を添えて、初心者にもわかりやすくしてみた」
ロディにしても、かつては冒険者仲間と一緒に船に乗り、砲撃戦さえ未経験ではない。しかし10年ぶりだし、初めて触れる魔方陣でもあるから、注釈は助かった。そんな器用なこともできるのか魔方陣って、という驚きはあえて声に出さなかった。
まあ、やるだけやってみるしか。と、ロディは出来上がった魔方陣の上に両手をかざした。描かれている魔法の呪文そのものに注釈らしいものは読み取れなかったが、なるほど、起動して空中に浮かび上がった光線のスクリーンには、どれがなんの表示だか注釈文字が並んで浮かんだ。
ロディはとりあえず、主砲とやらを選択する。が、オイスターが「あ、それ使えないやつだわ」と口を挟んだ。
「なんでよ!」
「それが俺にもイマイチわからん」
「何が使えるの」
やたらと砲門の数だけ多い。なんかのエラーか、とロディは思う。
「全方位雷光塵と、正面の中距離魔壊光線」
「じゃ、それ!」
海賊船はオイスターの後ろを追ってきている。その機動は、どうにかして頭をおさえようと試みているようだが、そこのところはなぜか自動運転してるオイスターのほうが一枚上手のようだった。
即席の魔方陣を介してオイスターの戦闘機能とつながったロディの視野に、脳内に直接描かれるように、背後の海賊船数隻とロックオン表示が見えた。これと似たのは冒険者時代の操船でも体験済みなのだが、またたくまに3隻ほどをまとめてとらえたマークが出る。すごいな、と思いながら、砲撃。ロディ自身の指先から直接電撃が発射されたような感触があった。針で指先をつつかれたような。すると、視野の中の海賊船が2隻、粉微塵になった。1隻は中破、だがまだ飛んでいる。発射の瞬間、ほんの一瞬だが、大きな雷撃が海賊船に向かって走ったように見えた。
「す、凄い」とロディ。
「どうなった?」
ダイニングテーブル上空には後方視野まで表示されていないので、ニオルクゴールはたずねた。
「ふたつ落とした、みたい」
「一撃で? ドッグファイトも抜きに?」
「そう」
ロディとニオルクゴールは顔を見合わせる。
「えっへん」
オイスターが胸を張った、というような雰囲気を出してそう言った。
しかし、それで海賊からの攻撃がやんだのは、ほんの短い間だけだった。中破したやつは離脱したようだが、まだぴんぴんしてるのが2隻ほど、しつこく追ってくる。気のせいか、砲撃の激しさは増した気がする。さきほどまでは拿捕するつもりの牽制だったが、仲間をやられて本気で沈めにきた、といったところか。被弾した防御結界の輝きが、にぎやかになってくる。
ロディはもう一度、同じように魔方陣に手をかざし、ロックオンして、電撃を放った。だが、今度は弾き返された。
「なんで!?」とロディ。
「さっきは、コイツが反撃するなんて思ってなかったから、防御結界を張ってなかったんだ」
「今度は結界張られたのね。どうしよう」
「いや、いけるぞ。ロディ、どんどん撃って」
「疲れるぅ!」
「がんばれロディ、エッちゃんが見てるぞ」
「見られたくなぁいぃ!」
言われるがまま、ロディは精神力削って後方へ電撃を放ちまくった。
「あいつら結界が自動展開じゃなかった、乗ってる術者が自分で張ってるんだよ、ブースターかまして。ということは」
「結論! 簡潔に! いま忙しいの!」
この学者頭の鳥頭、というナイスな罵倒語を思い付いたロディだったが、いま忙しいので言わないでおいた。
3-3
そうかそうかなるほどなるほど、とニオルクゴールはひとりで(一羽で)納得した様子だった。ロディが無言でイラッとしたのに気づいて、言葉を続けた。
「これまで、乗ってるやつの魔力は射撃と速力に全振りしてたんだ。小型船だから、なにからなにまで今のロディみたいに船員が直接動かしてるんだろう。それが結界を張らなくちゃいけなくなった。火力か速力の、どっちかが下がるはず」
「あ、ほんとだ。なんか、ちょっとずつ離れていく気がする」
ロディには魔方陣を通した船との接続で、後ろの様子が見えている。やがて距離を確保できたのか、海賊からの砲撃はほとんどやんだ。けっこうな魔法弾攻撃をこなしたロディが、額に汗して肩で息をしている。ニオルクゴールが声をかけた。
「よくがんばったねロディ。これだけ引き離せば、減速してゲートを開くこともできる。だろ?」
「おう、いつでも」
オイスターも、その気満々だった。が、ロディは再び魔方陣に手をかざした。とたんに、オイスター号がその場で独楽のように180度旋回して回れ右、まだ追ってくる海賊船と向き合った。オイスター号の知性体から、ロディが操作を奪ったのだ。
「主砲! 発射あ!」
「それ主砲じゃないんだけど!」
オイスター号の抗議の声も無視して、ロディは中距離魔壊光線とやらをぶっぱなした。砲門のような穴なり筒なりがどこぞに生えてるわけではなく、船首前方の空間に青白い幾何学模様がふわりと浮かび上がり、そこからけっこうな太さの青白い光線が海賊船めがけて発射された。
ロディ気合いの魔力放出が、謎の変態宇宙船オイスター号により増幅され、主砲と言えば主砲とも言えなくもない砲撃になった。頭に血が上って一直線に突っ込んできていた2隻の小型海賊船は、その太い光線にまるっと飲み込まれた。一秒足らずで光が消えると、あとには何も残っていなかった。
「ひえぇ、あとかたもない」
ニオルクゴールが、ぼそりと言った。
ロディは、へなへなとキャプテンシートに腰を下ろした。ダイニングテーブルセットの肘掛け椅子に。ぜーはーと、荒い息をしている。背もたれに体重をあずけてのけぞり、目をつむって顔だけ天井をあおいだ。右手はだらりと下げ、左手の甲をひたいにあてる。
「あぁ……やっちゃった。あたし、つい、カッとなって」
「ロディ」
ニオルクゴールは、ゆっくりとロディに近寄り、すぐそばに立った。
「よくやったと思うよ、僕は。撃墜は、しかたなかった」
「や、そうじゃなくて」
ニオルクゴールは顔に「?」マークを浮かべた。
「海賊退治でしょ、これって、ようは。な~んでMA通さなかったんだろー、って。これじゃただのよくある正当防衛で終わるじゃない。一度引いて、MAに申請してから改めてぶち倒せば、報酬が出たかもしんない」
「お、おぅ……」
ニオルクゴールは、ロディのそばから数歩はなれた。
キャプテン・ロディは、そのまま寝落ちした。
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そういや免許なかった。
と、MA、魔法協同組合、魔協の受付まできて、ロディは思い出した。まるまる奪われたまま。持ち主の気配情報つきだから悪用の心配こそないものの、たぶん今ごろどっかそのへんに捨てられてる。
「まあ、ここは僕の名義で受付しとくよ」
評価4のハンターライセンスを取り出しながら、魔法の使えない魔法オタクのセキセイインコが窓口に向かった。
なにかしら収入を得ないことには、明日を食っていかれない。最悪、船を売ればよいのでは、とロディはちょっと思ったりはする。しかし、たしかに見た目の悪さからは想像もつかないポテンシャルを、あのオイスターは秘めているっぽいのだ。
いくら怒りにまかせたなりふりかまわぬロディ渾身の一撃とはいえ、海賊船2隻を一発でちりも残さず消し去るとか、半端な装備ではない。 実は新型軍用艦の試作機かなんかでした、みたいな話が出てきても驚きはしないだろう。そういうレベルだよな、とロディも認識した。まして評価4が伊達じゃないニオルクゴールが、中古屋で初めて目にしたときに何か感づいていたとしても、不思議はない。そんな掘り出し物、一時の気の迷いで簡単に売り払うというのは、いくらロディでも選択肢にはない。売るなら、もうちょい真の実力やらなんやら調べ上げてから、軍とか国家機関とか、もうハンパない報酬が約束されるような先にしてやりたい。
ほどなくして、受付番号みたいなやつを受け取ったニオルクゴールが戻ってきた。緑色の札だった。壁に色の意味を紹介するポスターが貼ってあり、緑色は評価3の下ぐらいの依頼を受けましょう、みたいに書いてある。
「さて、これで依頼を受けられるぞ」
「あなた、4じゃなかった?」
「それだと君の手に余るだろ。僕には仕事させて君はどっかで遊んでるつもりだった?」
ロディはそんなようなこともちょっと考えていた。
「そ、そんなわけないじゃない」
「2と4を足して2で割れば、3だろ? これでちょうといいじゃない」
頭の良いヤツの言ってる意味がわからない、とロディは思った。
ただ確かに、もしもロディがニオルクゴールのようにすらすらとあんな魔方陣を描けていたら、一人でも海賊船に対抗できた。かもしれない。たぶん、そう。それができなかったから、ニオルクゴールの助けを借りて、魔法を使うことができた。この手を使えば、久しぶりかつ不勉強で魔方陣の描き方とかだいぶ忘れてる上に魔力も大して強くないロディでも、評価の高いハンライスのような活躍も可能となる。実際、それは成功した。
ニオルクゴールが取ってきた依頼というのは、町外れに出没が予期されている害魔獣駆除という、安い仕事だった。予期というのは協会が占いで出したもので、どこか外部から入ってきた依頼ではない。だから、賃金は安い。一方、無茶な難易度というのもありえないから、成功率も高い。明日を食いつなぐため、再出発した冒険者生活のはじめの一歩が、これだった。
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と、いうわけで。
初仕事はこれといったトラブルもなく、さくさく完了した。
ロディたちのほかに2チームが参加、ブリーフィングでそれぞれが受け持つ区域の説明を受ける。MA主導の計画駆除会で、よくあるイベントなのか手際が良かった。使い捨てのブースターカートリッジも、安物だが5発ずつ支給された。MA印のオリジナルブランド。直営店の魔法用品売場で誰でも買えるやつ。なんだったら、悪党もこのてのやつを買って使っている。ガンセントを知っているロディからすると、けっこうな確率で粗悪品が混じってる怪しい安物なのだが、ここサイコンではこれぐらいが日用品として普通なんだな、としみじみ思ったりはする。
10年前、現役冒険者やってたころは、こうしたサイコンのような星をよく利用したものだった。もちろん害魔獣退治の仕事をして回るためだ。しかし、今回のような、MA前の集合場所から現場までマイクロバスで送迎してくれる、ってのは初めてだった。ここが特別なのか、それとも10年でこんな感じが普通になってきたのか。よくわからない。マイクロバスはボロくて、しかも遅く、今にもバラバラになるのではないかというほど大きく揺れながら、整備の悪い道を走った。
バスでは乗り合わせた他のチームとも打ち解けた。ロディと同じようにかつて冒険者をやっていたが、今は引退後の小遣い稼ぎにこのての仕事を受けてるだとか。仲間ができる前の駆け出しの冒険者には、最初はこういうのが一番良いのだとか。もしかするとロディの祖母よりいくぶん年上かもしれない人間の女性が、特にほがらかに話しかけてくれた。ニオルクゴールも珍しがられたが、高級ホテルのフロント係として見かけたと一人の青年に気づかれた時、ひとちがいです、と丸バレの嘘を返して、場を変な空気にした。
バスを運転してきたMAの職員は、それぞれの持ち場に冒険者たちを下ろすと、さっさと引き上げて行った。非戦闘員なわけだから、これから害魔獣が出ると予報されてる場所から離れるのは当然だった。はたして、3チームとも無事に受け持ちの魔獣を退治し終えて待っていると、ほぼほぼ予定時刻通りに同じ職員の同じマイクロバスが回ってきた。
それで、おしまい。それぞれ、やや割に合わない気がする報酬というか日当を受け取り、夕暮れの町へ散っていった。
「なんか、違う」
宇宙港を目指してとぼとぼ歩きながら、ロディはぶつくさこぼしていた。嫌でも、10年前の現役時代の、多少なりともコレよりは華やかさのあった冒険の旅を思い出す。
「決めたわ。とにかく、ここじゃないどこか別の星に移動しましょう」
「そうだね、わりと賛成。僕、前職で目立ちすぎてたみたいだし」
「それは、べつに良いんじゃない? 誰かに恨みでも買ってるのならともかく」
「セキュリティガチガチの高級ホテルだから、下層生活者からどう思われてきたかぐらい、知ってるからねぇ」
なるほど、とロディは思う。
「で、いつ出発するんだ?」
「今、これから」
「そう言うと思った。あと何日分かの食べ物と、一応、ブースターカートリッジを補充しておきたいね」
そして2人(1人と1羽)は、MA直営店であのオリジナルブランドの安いカートリッジを手に入れた。バリューセットかなにかで、12個入りで2割引きのセール品が山積みになっていた。
この中の何発かは粗悪品だったが、それが判明するのはまた別の物語。
つづく