ソルバラート温泉郷 sideレーノ/ドラン
ソルバラート温泉郷での別行動のお話です。
レーノとドランの視点です。
sideレーノ
別行動を提案してしまったけれど、嫌な感じにならなかったかしら。
ハルートさんとは出会ってまだ数日、ということになっているし。
ドランも共同研究からまだ数か月。
あまり不自然じゃないわよね?
むしろハルートさんは元々彼女がいたわけだし、私と一緒にいるのもあまり良くないはず。
ただでさえ冤罪をかけられてしまっているのに、余計な噂話まで付けられたら大変。
だからいいのよ。別行動で!
ソルバラートには何度も来たことがあるわ。
そもそも温泉と地質学は切っても切り離せない関係にある。
例外もあるけれど、基本的に地下水が地熱に温められて、地下水脈を通って噴き出す。
ソルバラート温泉郷もその例に当てはまる、というのを研究したことがあったわね。
そういえばその時にルナと知り合ったのでしたね。
当時私は16歳、ルナは10歳だったかしら。
源泉と言われていた炎神風呂を調査している時に、スパイごっこをしていたルナに絡まれたのよねぇ…。
会いに行ってみようかしら。
私はソルバラートの中心地にある、古い一軒家に来た。
少しかわいそうだと思ってしまうのは、私が嫌な貴族の血を引いているからでしょう。
こういったみすぼらしい家や人を見るたびに「あら可哀そう…」などという貴族たちに育てられたツケね。
ある種の条件反射だわ。
「御免下さい! レーノといいます!」
私は扉の前で声を出す。
決して扉を開けて家名を名乗るようなことはしない。
少しすると、ふと背後に気配を感じた。
次の瞬間、背筋に寒気を感じた。
首筋にナイフ…ではなく、卵を突き付けられていた。
「レーノ、久しぶり」
「っ!!! ひ、久しぶりね」
不覚にも体が硬直してしまった。
嫌な汗をかいているのが分かる。
「何しに来たの? こんな大変な時に。」
「ソルバラートに立ち寄ったから会いに来たのよ」
「ふぅん」
「ルナは、随分雰囲気が変わったわね?」
「そう? 私は変わってない。変わったのはレーノの方。」
「そ、そうかしら?」
「男でもできたの?」
「…いるように見える?」
「見える。」
「そ、そう…」
あらぬ疑いを掛けられてしまったわね…。
確かにドランと共同研究して半年は経ったけれど、お互いに恋愛感情はゼロだと言っていいわ。
同じ方向は向いているけれど、お互いに見つめ合ってはいない。そういう関係よ。
「それよりレーノ。ローゼンブルク。」
「! ルナも知っているの?」
「当然。着いてきて」
「ええ」
ルナは私を家に招き入れてくれた。
スパイとかには詳しくないけれど、前を歩く姿でもうごっこ遊びのレベルは超えているのだとわかるわね。
さきほどの奇襲でも充分過ぎるくらいに思い知らされましたけど。
『サイレンス』
「これで音は漏れない。尋問の時間。」
「!?」
「冗談。」
「わ、笑えない冗談はよしてほしいわ…」
完全にペースに乗せられてしまっているわね…。
気持ちが全く休まらないわ。
「で。トワイライト家のご令嬢はどこまで知ってるの?」
「…生憎お父様とはほとんどお話しておりませんの。」
「知ってる。でも全くないわけじゃない。」
「それはそうですけれど…。少なくともローゼンブルクに関することは何も聞き及んでおりませんわ。」
家名を出されると反射的にお嬢様言葉になってしまう自分に嫌気がさしますわね。
「そう。嘘はないと見た。」
「嘘などつきませんわ。あなたに嘘をついたら何をされるかわかりませんもの。」
「ルナが怖いの?」
「…っっ!!?」
ルナの眼のハイライトが一瞬で消失、眼前に迫る。
眼が閉じられない。
……両脚に暖かい液体が伝っていくのが分かってしまう。
「レーノ、面白い。」
「っ…、っ…!」
ルナが離れて、ようやく呼吸が出来るようになった。
浅く、短い呼吸だけれど。
「教えてあげる。楽しませてくれたお礼!」
ルナは心底楽しそうな表情で言った。
抑揚のほとんどなかった口調にも、明らかな抑揚が見て取れる。
私にそんな余裕は一切ないというのに…。
「アクアリスタの失踪は、戦争の口実。」
「…タキリ神殿で聞いた話と一緒ね」
「でも戦争の目的はログデルじゃない。」
「領土目当てじゃないということ?」
「違う。戦争を仕掛ける場所。ログデルじゃなくてツノーゼン。」
「!?」
ローゼンブルクがツノーゼンに侵攻してくるということ…?
ツノーゼンが戦地になれば、私はどうしても関係者になる。
トキス平野の研究どころではなくなってしまう。
最悪、ハルートさんともお別れかもしれない。
「でも今すぐじゃない。その前準備がアクアリスタの失踪。」
「話がつながらないのだけれど…」
「いずれ分かる。とにかくログデルでアクアリスタの殺害を止める。」
「わ、分かったわ…」
ツノーゼンに仕掛けるのならツノーゼンで殺害すればいいのでは?というのが本音。
でも今の私にそこまで突っ込む勇気はない。
…怖いからではないわ。
「と、突然押しかけて悪かったわ。もう日も暮れたことですし、今日のところは失礼するわ」
「そう。楽しかった。これから楽しくなりそう!」
「そ、そう? それは良かったわ」
「うん!」
ルナの笑顔はとても可愛らしいのだけれど、なぜかとても嫌な予感がしているわ。
旅館への帰り道をルナと歩く。
「え、えっと、どこまで一緒に行くのかしら?」
「ずっと?」
「じょ、冗談よね?」
「? ???」
「キョトンとしないでもらえるかしら…?」
ルナはさも当然のように横を歩いている。
「調査団にスパイは必須。違う?」
「私たちが調査するのは人や組織ではないわ。あくまで地理的・歴史的な…」
「ルナがいなくてもいいの?」
「っっっっ!!?」
今度は眼前にハイライトの消えた眼があるわけではない。
けれど私は「背筋が凍る」という感覚を深く感じることになった。
「楽しくなりそうねっ!!」
ふふんっと鼻歌を歌いながら、旅館へスキップしていく。
どうしてこんなことになってしまったのだろう…。
sideドラン
アクアリスタ様が誘拐された。
ログデルで殺害されるかもしれない。
冗談じゃねえ!! 絶対止めてやる!!!
…ふぅ。
レーノの奴も言っていたが、焦りすぎは禁物だ。
そういえば別行動を切り出したのもレーノだったか。
澄ましたようで人のことも観察してるあたり、やっぱり頭はいいんだよなぁ。
と、言うわけだ。
俺はさっそくソルバラートの診療所に来た。
ここにも町医者がいる。特に知り合いというわけでもないがな。
「おっす。医者は居るか?」
「なんだね君は。診療は順番だ。急ぎでもないだろう」
「お、忙しそうじゃねぇか。よしそこの坊主。俺が診てやる」
「なんなんだね君は! 余計なことをするな!!」
この医者の言うことは最もだ。
俺の行動を批判する権利は充分にある。
だが俺はこの方法が最も早く確実に、正確に俺を紹介できる方法だと思ってる。
手荒だが、あとで笑い話にできる確信がある。
「ほう… ムーングリズリーとでも戦ったか?」
「!! は、はい!」
「んで盾で防ぎきれずに爪で切られたと」
「そ、その通りです! んぐっ!」
「あまり大きな声は出すなよ?」
「は、はい…」
皮下組織を抉られたようだが、それだけだな。
見た目は派手な裂傷だが、消毒して安静にしていれば治る。
俺が出る幕でもなかったな。
「よし、こんなもんだ。しっかり休んでしっかり食べるように。肉や魚をしっかり食えよ!」
「ありがとうございます!!」
痛覚伝達阻害薬を使おうかとも考えたが、あの坊主は大丈夫そうだな。
間違いなく元気になる。
「おし、次はそこのお嬢ちゃんだ。こっちへ来てみろ」
「はぃ…」
返事に力のないお嬢ちゃんは、坊主の治療を熱心に見てたな。
衰弱しているが芯は強そうだ。
治療のし甲斐があるってもんだ。
「どうしたんだ?」
「お肌がボロボロになってしまって…」
見た通りだ。
こっちへ歩かせてみたが、こりゃ魔法で動いてるだけだ。
目立った外傷もないが、本人の言う通り皮膚はボロボロだ。
手足は細くて骨の形がわかりそうなのに、お腹のあたりだけは脂肪が見て取れる。
「肉と魚、卵を食え。以上だ。」
「そ、そんな…!」
「嫌いか?」
「そ、そういうわけでは…!」
「何が不満だ?」
「そ、その、ふ、ふふ太ってしまいます…!」
これは想像以上に厄介かもしれん。
だが打つ手はいくらでもある。
「スネーク種の飯は何だと思う?」
「そんなもの知りません…!」
「あいつらの飯は肉と卵だ。しかも丸呑みしやがる」
「……」
「だがどうだ。フォレストスネークは太っているか?サンドスネークは太っているか?」
「……いいえ」
「まだある。ドルフィンという魔物を知っているか?」
「…はい。子どものころ絵画で見ました」
「ドルフィンは太っていたか?」
「…いいえ」
「ドルフィンは魚を食べる。それでもドルフィンは太らない」
「……はい」
「最後だ。俺の大好物は肉だ。ステーキに焼いた卵を乗せて食べるのが最高に旨い!」
「…」
「俺は太っているか?」
「いいえ」
お嬢ちゃんの表情が変わったな。
そう、これでいい。
「すぐに変わらなくていい。だがお嬢ちゃんに足りていなかったのは、お肌の材料だ」
「お肌の材料…」
「だから肉と魚、卵を食え。以上だ。」
「…わかりました」
「そう、その調子だ」
「はい…!」
お嬢ちゃん…ぼさぼさの白い髪と白く枝のような手足の少女は、魔法で歩きながら出ていった。
さっきの坊主と違って心配ではあるが、あまり強く行き過ぎると逆効果になる。
初回はジャブ程度がちょうどいい。
「おし、次は…」
「本当になんなんだね君は?」
「お、悪い悪い」
医者が再び声をかけてきた。
だが最初のような責める口調ではない。
「本当に悪いと思っているのかね?? なぜ最初から医者だと名乗らない」
「信じてくれないだろ?」
「ふんっ。」
医者はそれ以上は何も言わなかったが、代わりに椅子を寄越してきた。
ありがとう、医者のおっさん。
「おし、次はそこの爺さんだ」
日は暮れたが、晩飯時までまだ時間はある。
今日はとことん俺の気分転換に付き合ってもらうぞ。
ご感想ありがとうございます!
ご指摘を受け、説明が不足している箇所が多数あることに気づきました。
描写の修正や加筆を行っていく予定ですので、またお読みいただければと思います!
他にもご感想やご指摘、評価をお待ちしております!
今後ともよろしくお願いいたします。