学者たちの出会い
主人公の冒険譚プロローグです。
世界最大のダンジョンと言われている、トゴーの大洞窟。
俺たち「ミナクの同志」はその下層に来ていた。
「ミナクの同志」は、ミナク村という山奥の村で育った、幼馴染で構成されたチームだ。
魔法使いのバルバラ、剣士のフェリシアに、弓使いのラージェス。そして古代魔法使いの俺、ハルート。
フェリシアが前衛を務め、ラージェスが後方支援、バルバラは全体を見てフォローに回るのが定石となっている。
俺は基本的に『休息』や『速度支援』といった補助魔法で、全体の底上げを行っている。
攻撃魔法もあるにはあるが、古代魔法はどれも範囲攻撃であり、パーティ単位での運用に向かないのだ。
「T、左に」
「了解」
フェリシアは剣士でありながら、斥候のような役割も担っている。
Tはトラップ発見の意で、左にというのは左側に避ければよいという意味である。
10年以上同じパーティーで活動してきたが故に、情報伝達は最小限で済んでいた。
突然、モンスターの気配がした。
一人が気づけばみんなが警戒する。
自分たちで言うのも難だが、見事な連携だと思う。
前方に現れたのは、白銀に輝くゴーレムであった。
フェリシアがシルバーゴーレムと断定し、後方の俺たちに叫ぶ。
シルバーゴーレム単体だと分かれば、あとはルーチンだ。
フェリシアとラージェスの攻撃は、牽制できる程度にしか効かない。
バルバラか俺の攻撃がメインになるわけだが、洞窟の中で俺の攻撃は御法度だ。
よって、フェリシアが翻弄しラージェスが援護、隙を見てバルバラが高火力魔法を集束させて打ち込む。
俺はいつもの支援魔法連打だ。
「ハッ!」
「グオオオオオ…!」
「こっちだ!」
いつ見てもラージェスとフェリシアの連携は見事なものだ。
完璧な連携は、2人の相互理解の深さを伺わせる。
実際に「冒険者人生が終われば結婚する!」などと言い出すくらいに仲がいい。
バルバラの周囲で魔力が高まっている。
俺は『集魔』で援護する。
魔力の集束を助ける魔法として使っているが、一応儀式用の古代魔法と断っておこう。
「いくわよ!!」
バルバラが声をかけると、2人は同時に距離を取る。
返事など無くても、それがバルバラの攻撃に備えたものだと分かっている。
『フレイムスピア!』
青く細長い槍がシルバーゴーレムを溶かす。
白銀の身体は真っ赤に爛れ、洞窟の地面と一体化する。
近くにいれば当然危険だが、俺たちは既に距離を取っている。
『チル・ストーム』
『換空』
バルバラが空気を冷却し、俺が消費された空気を入れ替えれば、完全勝利だ。
危険度Aと目されるシルバーゴーレムであっても、俺たちの敵ではない。
事件が起きたのは、トゴーの大洞窟から帰還してすぐのことだった。
トゴーの大洞窟下層の攻略は、バルバラの体調不良で中断していた。
「フェリシアは?」
「……失踪した」
「へ?」
「朝起きたらいなかったのよ」
「いやいやそんな… 心当たりはないのか?」
「…………ない」
「……ないわね」
いつものようにラージェスとバルバラが居間にいたところで発覚した事件だった。
「探しに行かないのか?」
「「………」」
「そうか」
なにか非常に嫌な感覚であった。
明らかに何かを隠されていた。
フェリシアが失踪してラージェスが探しに行かないというのは、おなしな話だ。
バルバラも何か知っているだろう。
彼女とは恋人と表現するような仲だ。
隠し事があるというのはすぐに察しがついた。
古代魔法の性質上、俺の魔法は彼女の補佐がメインになる。
必然的に会話の回数も増え、気づけば恋仲になっていた。
ラージェスが親友、フェリシアが大切な仲間だとすれば、バルバラはパートナーだ。
バルバラの表情を見て、明らかに何かあるとは分かる。
それもかなり後ろめたい何かが。
ラージェスもそうだ。
何か隠しているな、という程度にしかわからないが、やはり何かある。
そして2人とも知っている。それがフェリシア失踪に関係しているであろうことも。
「ハルート、ギルドに行こう」
「捜索願か?」
正直、捜索願ではないと思っている。
俺たちはAランクパーティ。
Aランクパーティのメンバーが失踪したという事件を、Bランク以下の冒険者が調査するのは危険すぎる。
よってAランク以上の依頼となるわけだが、捜索願のような急を要する案件が出たタイミングで、都合よくAランク以上の冒険者の手が空いているというのは稀だ。
いや、失踪原因が不明である場合に限るか…。
「捜索願ではないわ。でも、行きましょう」
「…分かった」
バルバラの意を決したような表情を見て、行くしかないと感じた。
「寝込みを襲われたのよ!!」
「どういうことだ!」
「怒鳴るな!お前の子供が中にいるんだろ!!」
「いるわけないだろ!?」
ギルドに着いてからは、混乱と怒りで埋め尽くされていた。
バルバラは俺に寝込みを襲われ、妊娠して冒険者稼業を続けられなくなったとギルドに訴えたのだ。
そしてラージェスが俺を取り押さえ、ギルドに連行した…という茶番劇だ。
「ハルートさん。いくらAランク冒険者とは言え、強姦行為は即収監の凶行です。大人しく着いてきなさい」
「だからやってない!!」
「うるさいわよこの嘘つき!!」
「嘘つきはお前だろ!!! 俺を騙しやがって!!!」
「いい加減黙れこの犯罪者が!」
「違うと言っているだろう!! それにフェリシアはどうしたっ! 見捨てるのか!!」
「裏切ったあなたに失望して家を飛び出していったわよ…!」
「俺たちの幸せを壊しやがって!!」
「だから俺じゃない! なぜ本当のことを言って止めなかった!!」
「騒がしいです。大人しく着いてきなさいと言ったはずです」
俺はギルドの警備員に『スリープ』の魔法を使われ、意識を手放した。
俺が目を覚ましたのは冷たい檻の中だった。
脱走しようと思えば簡単だろうが、とてもそんな気分ではなかった。
ひどく悲しい気持ちと、心に棘が生えるような不快感だ。
何がいけなかったのかと考えるのも億劫だ。
怒りがないわけではない。
今すぐ戻って文句を言ってやりたいとも思う。
だがそれ以上に、やるせない感情が強かった。
独房での暮らしは最悪だ。
冷えた硬いパンに、少し匂う水。
夕食にはご馳走と称した干し肉が与えられた。
硬い床と薄い布で寝て、起きても何もない。
取り調べがあればまだ良かったが、それすらもない。
弁明の機会さえなかった。
光が差したのは、しばらくしてからだった。
いつものように硬い床で寝ていたはずだったのだが、気付いたら柔らかい布団であった。
「お、気が付いたか」
眠気の冷めない中、気さくな声が聞こえた。
「大切なお客様よ。もっと丁寧な言葉を使いなさいな」
「へいへい」
「本当に分かってるのかしら?」
尊大で麗しい女性の声も聞こえてきた。
それにしても、どういう状況だ?
「目が覚めてきたかしらね?」
「瞳孔が目覚めたといってるぜ」
不思議な会話だったが、敵意がないことは分かった。
「まずは挨拶させてもらうわね。
私はレーノ。レーノ・トトリトスよ。で、こっちがドラン。ドラン・アルギリンね。」
「よろしく頼むぜ!先生!」
「私たちはある地域の研究をしているの。その研究で大きな壁にぶつかってしまって。
そこでハルート先生、あなたの力が必要だったのよ!」
「知ってるぜ、先生の古代魔法。
使い手のほとんどいない古代魔法を、実用的なレベルにまで引き上げたそうじゃねぇか!」
どういうことだろうか。
この2人、レーノとドランとやらが俺を拉致したのか?
そしてその目的が、ある地域の研究と。
古代魔法が必要と。
…危険な香りしかしない。
というのも、古代魔法は戦争のために進化した魔法だ。
現代魔法がより低コストで対人・対魔物に特化したものであるのに対し、古代魔法はより広範囲を効率的に破壊することに重きを置いている。
古代の戦争において、敵陣営を一気に破壊することを目的に進化し続けた、破壊のための魔法。
それが、古代魔法である。
尤も、破壊のための支援魔法やらも進化しているのだが。
「おい、なんか怪しまれてねぇか?」
「無理もないわよ。今のところ私たちは拉致犯罪者よ?」
「おまけにプリズンブレイク犯だしな!」
「リスクは承知の上でしょう?」
「おう、上等よぉ!」
「少し聞きたいんだが…」
「お!なんでもいいぜ!」
「ええ、なんでもいいわよ」
口を開けば食い気味に寄ってきた。
「俺を助けてくれたのか?」
あえて恩を着せやすい質問をした。
ここでイエスと答えれば、利用しようという算段が見て取れる。
「助けたというよりも、助けを求めたというべきね。古代魔法の有識者ってほとんどいないでしょう?」
「前々から目ぇつけてた先生が捕まったってっから、こりゃチャンスだと思ってな!」
「人の不幸をなんだと…」
「あぁ悪い悪い。だが事情は調べさせてもらったぜ。フェリシアだったか?の捜索も、3人いた方が早いだろ?」
「いや、もうあいつらはいい。正直思い出したくない」
根っからの本心だ。
長い独房での生活で、考えたり思い出したりすることはやめることにした。
「ごめんなさいね。彼は正直なんだけど、正直すぎるというか。」
「あぁ。気を付けるぜ」
「いや、気にしなくていい」
「話を戻していいかしらね」
俺が静かにうなずくと、レーノは目で返事をして語りだした。
「私も古代魔法のことは知っているから、あなたが訝しむ理由もわかってるつもりよ。
その上で、私たちが何の研究をしているのか、語らせてもらうわ」
独房では全く楽しみがなかったので、少し興味を持った。
久々の娯楽だ。
「私たちが研究しているのは、トキスピラミッドのある平野、トキス平野についてよ。強力な魔力が平野に充満していることは有名ね。
私はその平野の成り立ちを調べているの。
名乗り遅れたけれど、私は地質学者のレーノ。ドランはトキス平野の風土病「突発性多臓器熱傷症候群」を研究している学者よ。そうは見えないかもしれないけど。」
本当にそうは見えなかった。
それに古代魔法使いの出番はなさそうな研究だ。
「本題に入るわね。トキス平野は名前は平野だけれど、海に面していない。
周囲は切り立った山で囲われて、まるで巨大な盆地のよう。
でも火山活動の形跡もないし、大地境界もそこにはないわ。」
正直に言って、専門用語はよくわからない。
だが「平野」というにはおかしいと言っていることは分かった。
「そこで思い当たったのよ。古代魔法の跡なんじゃないかって!」
「トキス平野が、か?」
トキス平野は、ミナクの南にある。
ミナクから見て南にトキス平野、北にトゴーの大洞窟がある。
西には太陽神殿、東にはカホ温泉郷といった位置関係だ。
トキス平野の北側、即ちミナクから最も近い街タキスは、”ミナクの同志”でもよく立ち寄った。
だからこそ、トキス平野の広大さはよくわかる。
北の街タキスからだと、反対側の山は石ころ程度にしか見えない。
いくら広範囲を攻撃する古代魔法であっても、流石に広大すぎる。
「俺の考えじゃ、トキス病(突発性多臓器熱傷症候群の俗称)は濃厚な魔力と関係がある。
その魔力の出どころを探っている時に、レーノと出会ったんだ。
古代魔法の跡と聞いて、その線があったか!と思ってな。
俺はトキス病を古代魔法のスリップダメージだと思ってる。どうだ、先生?」
急に話が進んで頭がついていかなかったので、確認することにした。
「つまり、トキス平野は古代魔法によってできたもので、濃厚な魔力はその名残。その名残の影響がトキス病。そういうことか?」
「さすが先生!話が早いな!」
「ええ。でも私たちは古代魔法の専門家じゃないし、使うこともできないの。
ハルート先生、調査に同行してくれないかしら?」
正直に言って、まだ怪しい。
俺が冤罪で捕まっていたのをチャンスといったり。
一見筋が通っているようで、規模が滅茶苦茶な理論。
連れ出されたとはいえ、俺が脱獄してしまったのは事実。
面倒ごとに巻き込む前提での強硬は、怪しさ満点だ。
だが、楽しいとも思った。
”ミナクの同志”のことはもう思い出したくもない。
ならもういっそ、この突拍子もない研究に乗ってみるのも面白いと思った。
バルバラのことも、古代魔法の研究をすれば忘れられるだろうとも思った。
古代魔法はバルバラの次に好きだったからな。
「俺でよければ、一緒に行こう」
「感謝するぜ先生!!!!」
「っ! ありがとう、ハルート先生!」
「こちらこそ、ありがとう。 それと…先生はやめてほしい」
「いや、先生だ!」
「呼び捨てにするのはまだ憚られるから、とりあえず先生と呼ばせていただきます」
「お、おう…」
この時が3人全員で笑った最初の瞬間である。
ご覧いただきありがとうございます。
面白いまたは面白そうだと思ってくださった方は、ぜひ評価をお願い致します!
今後の励みにさせて頂きます。
また人物紹介や地理的情報を随時あとがきにまとめますので、ぜひご活用ください。
年表は話が進み次第まとめて参ります。
追記:
2021/4/5 誤字と表現を修正しました。
2021/4/9 一部の表現と記号を修正しました。