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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第七話

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憎悪の鎖(13)

 迫るチェルミの銃撃に注意を促す暇もない。咄嗟のことに身体も動かなかった。


(ブルーが撃たれちゃう!)

 一気に頭が覚めてデードリッテの視界がスローモーションになる。


 言うことを聞かない身体を叱咤して盾になろうとする。が、それよりも早くブレアリウスが動いていた。彼女を抱く左腕はそのままに、右手はチェルミの手ごとレーザーガンのグリップを掴み取っている。


(気付いてた)

 安堵で弛緩する。


 銃口を逸らされ唸る女人狼。忌々しげに睨みつけてきた。


「どうして?」

 苦し紛れに尋ねてくる。

「分かっていた」

「嘘おっしゃい」

「何と言おうと、お前から女の匂いはしなかった。好意の言葉も関係を求める言葉も偽りだと最初から知っている」

 チェルミは鼻頭に皺を寄せる。

「無駄に長い鼻面もたまには役に立つのね?」

「お前たちが思っているより俺は普通だ」


 チェルミの仮面が剝がれ侮蔑の表情になる。まるで同じだと言われたのが心外であるかのように。


「不思議か?」

 彼はデードリッテの瞳に浮かぶ疑問を読みとる。

「おかしくも何ともない。アゼルナンが好む俺は死体の俺だけだ」

「ご名答。死んでくれない?」

「誰に頼まれたのか知らんが今は死ねん」


(女の匂い?)

 それがもし本当なら彼女からはぷんぷん匂っていただろう。

(恥ずかし~!)

 羞恥に身体が熱くなる。


 もどかしい。無線が切られていると言いたいことも言えない。


「閣下、脱出準備整いました! 隔壁を爆破します!」

「さっさとやれ!」

 怒声が飛ぶ。

「うそっ! 与圧されてないんでしょ? 私、宇宙服も着て……!」


 指向性爆薬のこもったような炸裂音がする。一瞬の衝撃波のあとに、通路の空気が一気に流出をはじめた。暴風が荒れ狂う。


「ちょおっ!」

「放すな」

 チェルミは臆面もなく狼の腕に縋りつく。

「助けて!」

「すぐに隔壁が作動する」


 急激な気圧低下を感知してブレアリウスのヘルメットは自動でバイザーを下ろす。彼の声はマイクのものに切り替わった。


「む? 連中を排除する気か」

 なかなか隔壁が閉鎖しない。

「いや! お願い! 何でもするから助けて!」

「掴まって耐えろ」


 現在の危険な状況を解消するために脱走者を一掃しようとしているらしい。


「死ねぇ、ブレアリウス!」

 風圧を堪えながらエルデニアンがレーザーガンを構える。

「く!」

「させないわよ!」

「行きがけの駄賃はやれないね」


 動けない人狼の背後からメイリーとエンリコがエルデニアンを狙う。微かに発光するレーザーの射線が交錯した。


「うぐぅ」

「ブルー!」

 聞こえないまでも必死にしがみ付いて訴える。

「かすめただけだ」

「い、いやぁ!」


 今やチェルミの身体は真横に棚引いていた。その全体重がブレアリウスの右腕にかかっている。


(自分を殺そうとした女を助けるの? どうしてそこまで?)

 意地悪な考えが頭を占める。


「死にたくない! 死にたくない! おねがい!」

 風を裂いて女人狼の悲鳴が届く。


(そっか。ブルーにはこの人の気持ちが解るんだ。なにが何でも死にたくないって)

 死を迫られる中でただ生を望んでいた孤独な狼だからこそ。

(目の前でもがく相手を見捨てられないんだね)


 しかし、限界を迎えつつあるのはチェルミのほう。続く暴風に彼女の握力は耐えきれなくなっていく。徐々に手が滑っていった。


「ああっ! いやぁっ!」

 物理的な圧力となった空気は無情にも身体ごとさらっていく。

「ひぃー!」


 命の綱が切れたチェルミの身体は隔壁に向けて流れていった。最後に彼女の(あぎと)が放ったのは悲嘆か怨嗟か? デードリッテにも聞き取れなかった。


 目の前で隔壁が閉じる。漏出する空気は一瞬にしておさまった。

 大きくひと息ついた人狼は、彼女の身体を降ろすと外部からヘルメットを操作してバイザーを開けてくれた。


「何ともないな?」

「うん、ありがとう」

 警備隊員のほうへと押された。

「ブルー?」

「エルデニアンがメルゲンスを破壊しようとするかもしれない。阻止しなくてはならない」

「怪我は?」

 何ともないいうふうに首を振って彼は身をひるがえす。


 見送ったデードリッテは床に血の雫が垂れているのを見て瞠目した。


   ◇      ◇      ◇


「やはり来ますか」


 デードリッテ保護の報に胸を撫で下ろすのも束の間、敵襲を告げられるサムエル。内通者と呼応したアゼルナ軍が混乱を突いて攻撃するとともに、脱出した同胞の収容にやってきた。


「当番中の艦隊に対応させます」

「では、休暇中のパイロットに出撃させて脱出機を追わせましょう」

「無理はさせないように。構内の問題の収拾に駆り出していたので消耗しているでしょうから追い払えれば十分ですよ」

 副司令との交信をそう締めくくる。


(これ以上の損害が出なければ結構。捕虜交換の段取りは狂いましたが、ホールデン博士を奪われなかっただけで良しとしなければ)

 あまり高望みすれば無駄な死傷者を出しかねない。


 予想外の事態に計算は修正を余儀なくされた。苦渋というよりは苦笑いが彼の面を彩る。


(やれやれ、とんだお転婆をしてくれましたね。これはさすがに注意しておかないといけないでしょう)

 別に何を言わなくても反省しきりだろうが、立場上叱責しておかねばならない。


 緊迫の事態は収まりつつあるので、サムエルにも飲み物を口にする余裕ができた。

次回 「ここで投降するくらいなら脱走なんぞするか!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 結局は捨てゴマ……いや、それ以下でしたか……。
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