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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第七話

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憎悪の鎖(10)

 半舷休暇最終日、デードリッテは機動ドック『メルゲンス』の中を目的地に向けて急いでいた。


(ブルーと一緒にいる機会はまだまだある。でも彼の望みを叶える機会は今日しかない)

 決然と歩みを進める。

(普通に会わせても駄目。あの交信を聞いた限りだと冷静には話せない。穏やかにとはいかないけど、聞く耳くらい持ってもらわないと伝わらない)

 狼に血族との決別の言葉を伝えさせるために。


 彼女は留置区画へと足を向ける。エルデニアンと会って説得が不可欠。


(あ、留置区画に行くの禁止なんだった! でも、今日を逃したらブルーもメルゲンスを離れなくちゃいけなくなっちゃう。捕虜交換の協議が進んでるって話だし)

 彼の兄が帰ってしまっては手遅れ。


 監視装置に引っかかって連れ戻されるかもしれない。その時はサムエルと交渉するつもりで足を踏みいれる。


(どこにいるのかな?)


 留置室は完全隔離状態。食事の配給やゴミ、汚物の処理も自動化されている。外から中を覗く方法はないし、中の音も漏れてこない。

 ただし、コンソールパネルを操作すれば留置中の者の名前は表示されるようになっている。デードリッテは一つひとつ確かめていった。


(あった!)


 ようやくエルデニアン・アーフの名前を見つける。パネルを操作して、着けているσ(シグマ)・ルーンの通信機能とインターフォンを繋げた。


「エルデニアンさんで合ってますか?」

「……誰だ?」

 一拍置いて返事があった。

「デードリッテといいます。お願いがあってきました」

「お願い? 違ったか」

 舌打ちが聞こえる。

「オレに何の用だ」

「会って話してほしいんです。ブルー……、弟のブレアリウスと」

「ブレアリウスだと? 兄殺しの厄介者、()()なんぞに用はない。喜んで会えるとしたら首だけになった奴だけだ」


 かなり興奮した様子。彼女の言葉にさえ耳を貸さない。


「伝えたいことがあるみたいなんです。お願いだから聞いて」

「いまさら命乞いか? もう遅いと言っておけ。元よりお前に帰る場所など無いとな」

 とりつく島もない。

「そんなんじゃない! ……彼だってもう覚悟は決めているんです。アゼルナンは禁忌に手を出しました。ブルーは彼女を取り戻すために戦うつもりだから」

「何の話だ?」

「解らないかもしれない。でも……、これはわたしが言ってはいけないんだけど、家族と敵対してもやり遂げたいことがあるから」


 代弁しに来たのではない。しかし、このままでは埒が明きそうにない。


「言っておけ。戦場でなら喜んで会うとな。そこでオレを生かしておいたことを後悔させてやる」

「そんな。どうしてそこまで?」

 深い憎悪を感じる。

「家族を思うなら死ぬべきだったのだ。さもしくも生きたいと願うから周りに不幸を振りまく。母親を殺し、兄を殺し、次は誰だ? 殺しそこねたオレを狙うか? 話したいとか抜かしておいて、ドアを開けば待っているのは奴の口じゃなくて銃口なんじゃないのか? そんな手には乗らないぞ」

「違う!」

「オレにこんな屈辱を味わわせたのが怖ろしくなって処分したくなったんじゃないのか? さすが理性を胎内に忘れて産まれた薄汚い先祖返りの考えることだな」


(なんてこと。お兄さんなのにここまで悪しざまに言うの? この人を縛っている憎悪の鎖はどれだけ重いの?)

 理解の及ばない非力なデードリッテではとても解けそうにないと感じる。


「自分たちに理性が備わってるとでも思いたいんですか? たかだか顎の一部がちょっと発達しているだけで出来損ないって」

 怒りがふつふつと湧いてくる。

「うるさいぞ、猿が少しばかり利口になっただけの餌の分際で」

「ほら出た。それが本音なんですよ。本当は自分たちが獣の精神性から進化できていないって自覚があるから外見を気にするんです。見た目そのまんま獣だったら、それを認めた気がして恥ずかしいから排除するんでしょ?」


(いけない。もう止まらなくなっちゃった)

 滑りだした舌が彼女の論客の部分を引きずりだす。


「もっともらしい理由を付けて、ずっと目を逸らすために続けてきたらそれが定着しちゃっただけなんじゃないですか?」

 辛辣な口調で攻めたてる。

「手が出せないのをいいことに好き勝手……!」

「それが本性なんですよ。誤魔化すために少数派を迫害してきた。そんなんだから一対一だとブルーに勝てない。当たり前よね」

「貴様ぁー!」


 突然、背後から両肩に手を置かれた。身体が跳ねるのを無理矢理押さえ込まれる。


(忘れてた! 見つかっちゃった?)

 監視していた警備隊員に捕まったと思った。


「あらら、こんな所にいるなんて」

 耳元に囁かれる。

「チェルミさん?」

「あれだけけしかけておいたら彼にまとわりついて煙たがられている頃だと思ったのに、予想外もいいとこね」

「え?」

「それとも、もしかしてアーフの名を持っていれば誰でもいいわけ?」


(なに? なんなの?)

 訳が分からなさすぎて目を白黒させる。


 そうしているうちにチェルミの右腕が伸びてコンソールパネルにコードが打ちこまれた。目の前のドアがスライドしてしまう。


「この小猿め! くびり殺してやる!」

 逃げだす間もなく髪を掴まれてしまった。

「どうかお待ちを、閣下。この小娘、『銀河の至宝』とまで呼ばれているのです。確実に脱出するための人質には最適ですので自制をお願いします」

「く……、仕方あるまい」

「それにGPFのアームドスキンを設計したのもこの者。連れ帰れば今回の失点も容易に取り戻せましてよ?」


(わたし、どうなっちゃうの?)

 エルデニアンに口を押えられて悲鳴も上げられない。


 デードリッテは逆に彼らの捕虜になってしまった。

次回 「は、なんだと? もう一度確認しろ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あれ? 最初からそのつもりで!?
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