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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第七話

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憎悪の鎖(6)

「本当はこんな立ち入ったこと、訊いていいか分かんない」

 デードリッテの瞳は不安げに揺れている。

「でも、この前からずっと気になってて」


 ブレアリウスにはもう彼女に隠し事をする気持ちは毛頭ない。デードリッテの中にもシシルの欠片がある。それ以上に返しきれない恩もある。


「なんでも答える」

 そう告げると彼女は席を寄せてきた。

「あのね……、ブルーはお母さんが亡くなったの知らなかったんだよね?」

「ああ」

「会いたいって思わなかったの?」


 デードリッテには過去の話をしている。抜け出した時の話もだ。その時に母親に会いに行こうとしなかったのが不思議に感じたのだろう。


「母は……、優しい人だった。恋しくなかったと言ったら嘘になる」

「だよね」

 注視してくる。

「それだけに重荷になりたくなかった」

「お母さん、傷付くと思ったの?」

「この姿を見るほどにな」

 それだけ根深いと告げる。

「それに、家の中をうろつけば見つかる可能性は跳ねあがる。俺が母に会いに行こうとしたと知られれば余計に苦しませる」

「お母さんは自分の罪だなんて……!」


 思わないとは言い切れなかったらしい。アゼルナの()()に対する深い憎悪は彼女もくり返し感じてきたのだ。


(いけないな。彼女に嘘はつけん)

 ブレアリウスは思いなおす。


「さっきのは嘘だ」

 ひと呼吸おいてから視線を合わせる。

「怖かったんだ、母にまで否定されるのが。産んだのさえ悔いるような言葉を聞いたら生きていくのも虚しくなっただろう」

「だから会いに行きたくなかったの?」

「聞かなければ、俺の中では優しい母のままでいてくれる」

 故人に責任を負わせるのは卑怯だと思う。

「家からも逃げ、母からも逃げた」

「でも、そうしないと命さえ危ういんだから仕方ないもん。ブルーは悪くないよ」

「そう言ってくれる君に甘える。生きろというシシルに甘える。そうやって逃げた自分を誤魔化している。だが、いいかげん血族とも向き合わないといけないらしい」


 兄エルデニアンとも話さなくてはならない気がする。今は話せる位置にいるのだ。


「度胸が足りない」

 耳が垂れてしまう。

「無理しなくてもいいんじゃない? 家族だからって絶対に解りあえるなんて誰も思ってないから」

「対峙する覚悟だけは告げなくてはならないと思う」

「戦う覚悟?」

 深く頷く。

「血族より大事なものがあるから。どうしても守りたい」


 じっと見つめる。彼の心が伝わったのか、小さな花は可憐にほころんだ。


「甘えるのが悪いって思わない。わたしだって弱いもん。強いブルーに甘えたい」

 たぶんシシルも同じだと言ってくる。

「わたしの弱い部分をブルーが補って、ブルーの弱いとこをわたしが補う。そうしたらもっと強くなれるから」

「そうだな」

「もっと強くなって。一緒にシシルを助けに行こ?」


(こんな小さな身体にどれだけの強さが詰まっているのだろう? アゼルナンは見誤っている。自分たちが餌だと思っている相手の本当の強さを)


 ブレアリウスはデードリッテの手の温かさを力強く感じていた。


   ◇      ◇      ◇


(なんという屈辱)

 エルデニアンは慙愧の念に捉われている。


 最低限の睡眠時間しか取れない日々が続いていた。ハッと目覚めて自分の境遇を認識すると同時に苛立ちばかりが湧いてくる。そうするともう眠れない。

 寝つきも悪い。決められた消灯時間に明かりが消えると視界が閉ざされる。耳や鼻が鋭敏になり、嫌な考えばかりが頭を占める。


 不自由はしていない。拘束されている以外では好待遇といえよう。

 食事はしっかり三食運ばれてくるし、メニューも悪くない。脱出機会が巡ってくる可能性は無きにしも非ず。だから食事はちゃんとする。

 ただ、それが猿なんぞに恵んでもらっているように感じてプライドが刺激される。どうしても割り切れずに歯噛みする。


(このまま終わってなるものか)

 気概だけは失わないようにしていた。

(できそこないのブレアリウスに負けたままではオレの命には価値などない。必ずや……、必ずや奴を(くだ)して返り咲いてみせる)

 消灯後の闇に誓う。


『閣下、そのままでお聞きください』

 突如として声が響く。

「何者だ!」

『監視の音声はどうにかカットしてあります。ですが動体センサーまでは手が回りません。動かれますと察知されてしまいます』

「味方、か?」


 ボイスチェンジャーのかけられた声。強く変調してあって男女の区別さえできない。覚られたときに正体を看破されないための手段なのだろう。


『民族統一派の者です』

 相手が明かしてくる。

『機動ドック内部より通話しています。ここは外部よりのアクセスなど不可能ですので』

「内通者か。確かにな」

『現在、救出の手立てを講じている最中です。もうしばらくお待ちください』

 自然、笑みが浮いてくる。

「頼むぞ」

『ここは敵中。閣下に脱出していただくには破壊工作も必須となってきます。準備には時間が必要。耐えがたきことと思われますが、どうか我慢のほどを』

「耐えよう。今のオレには何もできない。任せるぞ」

『では、またご連絡申し上げます』

 要点だけで通話は切れる。時間的限界もあるのだろう。


(汚名返上の好機がきた)

 静かに拳を握りこむ。

(見よ、猿ども。これが民族の力というものだ。どれだけ分断しようと足掻こうと、我らは融和し貴様らを駆逐してみせる)


 今夜は喜びで寝つきが悪くなりそうだとエルデニアンは思った。

次回 「出会いを求めて大海原へ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 相手側も当然一枚板で無い訳で……。
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