憎悪の鎖(5)
星間平和維持軍カラーのオリーブドラブのアームドスキンが帰還してくる。一機には新緑の緑、もう一機には金色があしらわれていて目を引く。
ただ、見学する人々が目を奪われるのはそこではない。洗練されてはいるものの、今までにない独特のディテールを有している。
背部の両肩寄りに配された流線型。鳥の嘴のように見える可動型の装備は、その合わせ目を縁どるように連続して光を瞬かせている。
二機が並んで気密されたエアドーム内に進入すると「パタタタタッ!」と連発音を響かせて瞬時に停止。ゆっくりと試験エリアのデッキに着床した。
「おみそれしました」
シートから立ち上がって低重力を漂う男がヘルメットのバイザーをはねあげる。
「ここまで機動性が上がるもんなんだ。駆動も驚くほど滑らかなのに、湧き出てくるようなパワーもある。同じアームドスキンって言われても疑わしいね」
「でも、ベースはシュトロンですよ~。やっと蓄積してきたメンテナンス技能が活かされるように」
「確かに機体形状には名残はあるんだけどさ」
デードリッテの説明に派遣艦隊のトップパイロット、ロレフ・リットニーは困惑顔。それほど違いを感じているらしい。
「軽く流しただけでこれほど高いスペックを感じられるようだと、どこまで深みがあるんだか空恐ろしくなるよ」
握手を交わしてからも彼の絶賛は終わらない。
「アゼルナが新型を実戦投入してきたことで難しくなるかとも思ってたのさ。でも、心配は消えた」
「それは良かったです」
「まったくね。現状、私にはもったいない性能じゃないさ」
金をあしらった新型から降りてきたマーガレットも加わる。
「戦列指揮がメインなんだから、ここまでのものに乗せてもらわなくてもいいんだけどね、ディディー?」
「でも、ウィーブさんが言ったんです。メグが墜ちたら戦列が崩れるから墜とされない機体を渡してくれって」
「そう言われたら墜とされるわけにいかないじゃないさ」
軽口を交えながらデードリッテを抱きしめる。大柄な女パイロットの懐にすっぽりと収まった彼女も背中に手をまわした。
「それでいいんです」
亜麻色の髪を梳かれながら見上げる。
「あいよ、あんたやコーネフの旦那の気持ちに応えるよ」
「しかしね、これの上があるってんだからどうにかしてると思うよ。あの狼はどんなアームドスキンに乗ってるんだか」
「レギ・ファングは……、特別です」
まだ真相を知らないトップパイロットには何とも答えづらい。
「ホールデン博士の真骨頂というところかな」
「あはは~」
(んもぅ、メグったら知っててフォローしてくれないんだから!)
素知らぬ顔のマーガレットの脇腹をつねろうとするも、非力なデードリッテではフィットスキンを折り曲げる力などない。
「で、こいつは何て言うんだい?」
「このアームドスキンの名前は……」
少しもったいつける。
「『ゼクトロン』です」
「へぇ、『ゼクトロン』ね。シュトロンの流れを汲む機体らしい」
「よーし。数十機はもうメルゲンス内部で組み立てに入ってるって言うし、主戦力に置けるよう管理局傘下の工廠には頑張ってもらおうかね」
戦隊長の頭の中ではゼクトロンを主体とした戦法が立てられつつあるようだ。
(どんどん変わってく。ゴート新宙区が加わってから時代の流れが加速したみたい。これはアームドスキンの所為? それともシシルみたいな存在の所為?)
デードリッテには予想もつかない。
その流れの中に自分も組みこまれていると思うと双肩にかかる重みが増したように思う。しかし、もう止まれない。
(……!?)
プレッシャーとは違う感覚が彼女を襲う。
「どうしたんだい、震えて? 期待が重たいのかい?」
「ううん、何か嫌な予感がした気がして……?」
「心配しなくても、僕も人狼も君の重要性は把握してる。ゼクトロンを預かった以上は守ってみせるさ」
ロレフの保証は的外れだったと、デードリッテはのちに知ることになる。
◇ ◇ ◇
試験エリアから帰ってきたデードリッテと待ち合わせている。連絡を受けたブレアリウスは吸汗ウェアのまま彼女の待つフードコートの席に急いだ。
「ここ~」
理系女子博士が手招きしている。
「待ったか?」
「大丈夫。ちょっと済ませておかないといけない事務処理があったから。ゼクトロンの権利関連」
「新型は『ゼクトロン』というのか」
初耳だ。
「あ、教えるの忘れてた。ごめんなさい」
「構わん」
「でも、今回はちょっと特殊な試供機体になるから、わたしの一存で決めちゃダメかも?」
携帯型コンソールの投影パネルに指を這わせる。確認しているらしい。
「いつもより多めに請求してる。プールしといて、シシルを助け出したら渡せるようにしておくから」
「そんなことを考えていたのか?」
驚きの目で見る。
「ぷぷぷ、仔狼ちゃん、あんぐりしてるよ」
「むぅ」
「心配しなくても、民間と違って管理局は払いがいいから。そんなの負担にはならないはずだもん」
丸っきり自分が開発した物ではないから、最初から受け取るつもりがなかったという。ゼムナの遺跡とはいえ、人間社会で活動するのに資金があって困ることはないと主張して押しつけるつもりらしい。
「これでOKっと」
手続きを終えた彼女はコンソールの投影ウイングを折りたたんでスティック状にするとウエストポーチに収める。
「それじゃ、ディナーにしよ?」
「ああ、買ってこよう」
新型の引き渡しの状況を聞きながら食事をする。
「大げさだな」
「でしょ~? メグったらぁ」
食べ終えて、彼女がデザートに取りかかるのを眺めながらお茶を口にする。
「ねぇ、訊いてもいい?」
ふと、手を止めたデードリッテが改まって問いかけてきた。
次回 「会いたいって思わなかったの?」




