青き狼(8)
「君が泣くようなことじゃない。俺にとっては常識なんだから」
ブレアリウスは戸惑う。そんなことになるとは思ってもみなかったからだ。
リニアカーの運転席にはエンリコ、助手席に彼がいる。デードリッテは後部座席にいるので手が出せない。代わりに隣のメイリーが宥めてくれている。適任かもしれないが。
「常識じゃない。それは酷いこと」
彼女は涙に濡れた顔をあげる。
「そうでもないんだよね。この界隈が管轄のぼくたちには案外知れわたってる事実なのさ。だってブレアリウスの他の先祖返りを見たこともない」
「あたしもこの狼が初めてだったね」
「変じゃない。少ないけど一定確率で生まれるって」
当然の疑問だろう。
知っている人間は口ごもる。だから彼は事実を自分で口にするしかない。
「処分される」
特に感情はこめない。
「だいたい二歳くらい。三歳までには特徴が誰にでも分かるレベルになる。判明した時点で殺される」
「うそ……」
「本当みたいなんだ。だから見たことなかった。連中も平気で公言するしねぇ」
刺激的な事実だったらしく目が見開かれている。
「人権侵害よ。そんなの許されない。星間法で禁じられているはず」
星間法は全体に緩い。国家間の軍事紛争事態にも特に理由がなければ干渉しない。
ところが一方的な侵略行為、もしくは人権侵害行為が報告されると出動する。それを知っているから星間法は人権侵害を禁じていると誤解してしまう。
「謳われてないんだよ」
エンリコは否定する。
「特に文化・風習に関わる部分、そこに干渉する場合に限ってはかなり緩い。民族の独自性を阻害しない方針で定められてる」
「あんた、中央近辺が活動場所だったんだろ? あのあたりは始祖民族がほとんどだから結構厳密に縛ってる。でも、後進加盟国には文化を乱すような干渉は避けるんだ、監理局は」
メイリーも詳しい説明を加える。
「あたしだって辺境が縄張りじゃなかったら知らなかったかもしんない。そんな感じなんだよ」
「ああ……、信じられない、そんなこと」
デードリッテは星間銀河圏が管理局によって平和に保たれていると信じて疑わなかったのだろう。だが、凄惨な現実はそこら中にある。アゼルナの風習だって一部に過ぎないと彼は思っている。
「人類文化学もちゃんと学べばよかった。生物考古学には関係ないなんて思わずに」
悔しそうにまた涙をこぼす。
「何もかも一人ができるもんじゃないでしょ? いくらあんたが『銀河の至宝』であってもね」
「うん、ごめんなさい。傲慢よね」
「認めなきゃいけない。批判するにしても、ちゃんと知ってからさ」
メイリーの慰めに彼女は涙を飲み込んで口を引き結んでいる。
「証明する。絶対にしてやる。ブルーが優秀だって分かったら先祖返りが不幸の元だなんて言えなくなるはず」
「優しい子だね」
メイリーが引きよせて肩にもたれかけさせる。最後の一筋の涙が肩に落ちて流れていった。
(仮に俺がパイロットとして優秀だったとしても、それはそれで不幸の元だっていつか気付くんだろうな。故郷に牙を向けようとしてるんだから)
今はわざわざ言うことでもない。
「じゃあ、ブルーはなんでハルゼトに来たの?」
考えていたら核心に触れてくる。
「アゼルナの隣の惑星ならアゼルナンがいっぱいいて、見つかる可能性が高いのに。まさかアゼルナに復讐心があるとか?」
「ないない。彼はそんなタイプじゃない」
「でも」
彼女は食いさがる。
「要請だったのさ。ザザ宙区の傭兵協会に、アゼルナンのパイロットがいたら全員まわしてくれって監理局からお達しが来た」
「管理局から?」
「星間平和維持軍の手に負えなかったんだ。参戦直後は少し押しかえしたみたいだけど、またずるずると押しこまれてね。アゼルナ紛争の経緯は知ってるんだよね?」
「うん、概要くらいは」
紛争の始まりは惑星アゼルナ政府がハルゼトに対して一方的な宣戦布告したことから。ハルゼト側から仲裁の申し出があって管理局はネゴシエーターを派遣した。
しかしアゼルナは一切の協議に応じず軍勢を送りこんできた。対応する形で監理局は平和維持軍を派遣する。精強な星間軍まで動かす必要は感じなかったと思われた。
ところが非常に頑強な抵抗に遭い、戦闘は拮抗した状態になる。戦力的には勝っているGPFだったが、構成する人間種のパイロットはアゼルナ軍の獣人種のパイロットに反射神経や動体視力で差を空けられる。そこで同じアゼルナンのパイロットを登用すべく傭兵協会に話が持ち込まれたのである。
「んで、うちのブレ君にもお声がかかったわけ」
エンリコの語り口調はあくまで軽い。
「アゼルナンはパイロット向きだから他にもそれなりにはいたんだけど、紛争勃発の報告が入ってユニオンに要請まで来たところで、彼以外のアゼルナ出身者はみんな脱退して帰っちゃったんだよね。ハルゼト出身者が少しいるだけ」
「団結力が強いというか何というか。そんなんだから異端への迫害も並大抵じゃないんだろうね」
メイリーの彼への思いやりが感じられる。
「だから、わたしのところにも要請が来たんだね。ようやく完成したかどうかって感じの強力なアームドスキンを投入したくって」
「そういうこと。もうちょっとGPFが頑張ってくれなきゃ、ぼくたちもいくつ命があったって足りやしない」
「デードリッテの仕事には期待してるんだよ」
「うん、メイリー。ディディーでいいから」
やっとデードリッテの涙の泉は湧くのをやめてくれたようだった。
次回 「彼らは関係……、あるけどありません」