アゼルナの虜囚(13)
やはり情報は筒抜けのようでアゼルナ艦隊はメルゲンスに向けてするすると進軍してくる。この様子であればシュトロンの内部機構も解析されているに違いないとサムエルは思った。
(この感触だと星間平和維持軍のリードは早々に埋められてしまいますね。だとすると、ホールデン博士が開発中の新型が今後の要になってくるでしょう)
シュトロンと違って設計図が公表されることはない。ゴート宙区のオリジナルと同等のアームドスキンが星間管理局でも開発できるのだと証明されたのだから過当競争は起こらないはずだった。
「距離100fdでレーダーから消失。ターナ霧を放出した模様」
参謀席から解説がくる。
「では、タデーラ君、消失前の進路から予想経路を推測して提示しなさい」
「すぐに」
黄道近くの軌道エレベータから進発した艦隊は外軌道方向から緩い円弧を描きながら移動していた。そのままなら向かって左舷方向から接近してくるだろう。しかし、彼女の描いた予想進路は転進して一直線に伸びてきている。
「ターナ霧放出と同時に転進してくるものと思われます。こちらの予想をくつがえして接触タイミングを早め、機先を制してくるかと」
それまでの進路を欺瞞行動と読んだのだ。
「悪くない。でも僕は右舷側から接近してくると思いますよ?」
「右舷ですか? 大きく迂回することになりますが」
「ええ、それでもです」
タデーラは眉を下げて視線を落としている。彼の考えを読み解こうとしているのだろう。
「重力場レーダーに感!」
アラート音が彼女の思考を妨げる。
「アゼルナ艦隊、右舷方向! なんで?」
「そちらに恒星オノドがあるからです」
「ですが、光学観測や電波レーダーは精度を下げても、この距離での重力場レーダーは攪乱されません」
通常空間復帰センサーから改良された重力場レーダーの精密検知範囲は60fd。十分に対処可能な距離になる。タデーラは探知攪乱の意味がないと言いたいのだ。
「来ますよ、恒星風を背負ってね」
「な! 速い! 距離55を切りました。間もなく50!」
急速接近してくる。
「これだと直線距離と変わらないタイミング!」
「そのうえ進撃速度が速いんです」
「き、機動部隊出撃! 右舷に展開を!」
声に焦りを含む。
「落ち着け。すでに発進は指示した。部隊展開は通信士に任せておけ」
「すみません」
「構いません。相手の動きを予測するときは惑星や恒星の位置も頭に入れておくのですよ?」
ウィーブ副司令に注意され小さくなった彼女に教えておく。
(これで頭に刻みこまれるのでしたらパイロットの負担など安いものです)
これまでの戦闘で機動部隊には絶大な信頼をおいているサムエルだった。
◇ ◇ ◇
「来るくるー、こいつは速い」
エンリコがおどけて囃し立てる。
「正面オノドだからね。光学ロックオンは甘くなるわよ。そのつもりで」
「了解だ」
「ハルゼトの皆は持ち堪えられるかねっ?」
メイリー小隊は右翼に割り振られている。中陣はハルゼト軍。正面に新品のシュトロンが三百。それ以外の六百はアストロウォーカー『ロロイカ』である。砲撃戦のうちは機能するが、接触したら役立たず。後退しながらの迎撃になる。
(で、両翼からGPF部隊で押し潰しながら撃滅していくって寸法ね)
メイリーはオンラインブリーフィングの内容を反芻する。
ナビスフィアに指示は表れない。接触までは普通の砲撃戦。
「でっかい的なのにね」
力場盾で弾けるビームは虚しく霧散する。
「挨拶すませたら砲身の余熱を切っておくのよ。これからが本番なんだから」
「ういー」
「当たりが強い。少し中央寄りに動いてもいいか?」
ブレアリウスは案じているようだ。
「良いって。でも、中陣はハルゼト軍なんだから要注意よ」
「ありがとう。心得ている」
通信士のユーリンの忠告に素直に耳を貸している。甘さはあっても油断はない。
「じゃ、レギ・ファングをトップにして移動。味方の射線、邪魔しちゃダメよ」
メイリーは北天を迂回するコースを指差した。
「はいはーい」
「すまない。目立つから弾幕厚くなるぞ」
「今夜はブレ君の奢りで」
オリーブドラブの戦団の中で人狼の青い機体は目を引く。彼の言う通り、光弾が雨あられと襲ってきた。
「大歓迎で視界不良ときたもんだ」
「ナビスフィアを見なさい。そろそろ頃合い」
三機とも減速する。
「接敵する」
「どんな感じだと思う、ブルー?」
「分からない。シュトロンに乗るアゼルナンを見ていない」
彼以外では初めてのこと。
「自分のことは見えないもんね」
接触寸前にハルゼト軍機の光刃が一斉に閃く。それなりに訓練をしてきたらしい。
「お? 意外と持ち堪えたじゃん」
「心配いらないみたいよ、ブルー」
ほうぼうで紫電が瞬き、ビームが交錯する。ハルゼトのシュトロンは当たりを受け止め、後方のロロイカからの援護射撃に助けられながら白兵戦を演じている。
力強い斬撃に押しこまれながらも撃墜を稼いでいる。作戦通り、徐々に中陣は下がりつつ応戦。GPF部隊は両翼から圧力を高めていった。
「納得した? それじゃ作戦通りによろしく」
「了解よ、ユーリン」
レギ・ファングの残像を貫いたビームをやり過ごしたと思ったら狼はもう背後へ回っている。スラスターに斬線を刻まれたボルゲンは彼女のビームを躱せず直撃を受けた。
爆炎を避けると青い背中はもう遠い。慌ててペダルを踏みこまなくてはならなかった。
(ぜんぜん追いつけないし)
メイリーはこのままでは編隊の存続にも関わると頭を悩ませた。
次回 「でも、少し脆い?」




