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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第六話

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アゼルナの虜囚(11)

 驚いたことに、この狂気に近いものをにじませるアシームという技術者は、シシルの外部へのアクセスを黙認してきたというのだ。それがどれだけ危険なのかという認識もあるだろう。


 σ(シグマ)・ルーンは感応波検出装置。その性質ゆえに電波の送信出力は制限される。ノイズになるのが理由である。

 しかし、極めて脆弱とはいえ外部アクセスラインを放置した意図が知れない。


『面白くない? そんな理由で?』

 男はなぜ分からないのかと肩を竦める。

「当り前じゃないか。何一つできなくしてしまえば、ただの蛋白質の塊。そんなものに美しさは欠片もない」

『貴方の美的感覚が理解できないの』

「悲しいよ、理解を得られないのは。私と競い合ってこそ君の知性は輝きを増す。その美しさこそが興奮を呼び覚ましてくれるんだ!」

 言葉を重ねるほどにテンションが上がっていくようだ。

『でしたら、わたくしをあの子の所に行かせて。そうしたら全力で貴方と競ってさしあげます』

「嘘だね。解放したら必ず逃げてしまう。手の届かないところから観察してくるだけだ」


(ある意味、わたくしたちという存在を正確に理解しているのね。変なところで本物の天賦の才を発揮しているわ)

 偏執ゆえの才なのか、その才が彼をそうさせてしまっているのか。おそらく後者だろうと思う。


『雇い主に知られたら困るのではないの?』

「ああ、困るねぇ」

 一見、朗らかに見えるも夾雑物の多い笑み。

「だから誰にも言わないさ。でも言ったところで、あの権力欲で凝り固まったようなイヌ科の化け物は私を外すことなんてできない」

『そうかしら?』

「できないよ。だって、他には君から何かを引き出す手段が無いのだからね。あいつらのやり方じゃ壊してしまうだけさ。それが解るくらいの知恵はあるみたいだ」


(わたくしとしては全てを渡してしまうより壊されるほうがマシ。それも許してもらえそうにないのね)

 シシルは苦悩する。


 自滅の手段が無いではない。彼女を構成するのがバイオチップである以上、一定の栄養分を必要とする。そこには今も供給パイプが繋げられている。

 遮断方法があっても、シシル自身にはロックを解除して遮断する権限がない。それは情報の拡散を防ぐ必要が生じたときの、創造主にのみ与えられた権限だ。


「さあ、もっと私と踊ってくれ。叡智と叡智を重ね合わせ、愚かな人の死を積み重ねる楽しいダンスを!」

『教えてさしあげます。貴方は大きな間違いを犯しているわ』


 その言葉が耳に入らないほど笑い続ける男をシシルは憐れみをこめて見つめた。


   ◇      ◇      ◇


 そのアゼルナン女性は自慢の金色に輝く尾をなびかせながら廊下を行く。


 煌びやかに染め上げられた上質な絹糸を用いて織られた布が豪勢に用いられ、彼女の豊かな胸元を彩っている。背中へ腰へと向かい徐々に地味な彩りに変わっていき、くるぶしまであるスカートの後ろ側では純白に変じている。そこに空けられた尻尾穴から花のように広がる金毛を際立たせるデザインになっているのだ。


「どうなっているの?」

「仰せの通りに進めております」

 続く家令が腰を折って静かに伝えてきた。

「わたしの可愛いホルドレウスを無残な死に追いやった()()よ。速やかに凄惨な最期を与えてやらないといけないわ。お分かり?」

「心得ております。手はずを整えておりますれば少々お待ちを」

「我慢します。確実に、そしてできるだけむごたらしく処分なさい」


 彼女の名前はホイシャ。ホルドレウスの母であった。

 他に三人の娘を産み、配下に嫁がせているからアーフの家での発言権はある。それでも唯一だった息子を失ったのは痛い。彼がアーフの次期支族長となれば彼女の地位は不動のものとなるはずだったのだ。


「ホルドレウスほどアーフを継ぐのに最適な子はいませんでした。その命を奪った罪は命で(あがな)わせなければなりません」

 悔恨でいくぶんか声が震える。

「よろしいのですか? 次回の出征にはエルデニアン様もご参加なさいます。何かのときには旦那様のご不興を買ってしまわれるのでは?」

「エルデニアン? ああも直情的では支族を纏め上げることなどできはしません。ましてや、あの役立たずのイーヴなどを慕っていたのですよ?」

「そのようで」

 家人の誰もが知っている。

「役に立たないだけでなく、あの女の遺した凶兆が現実のものになろうとしているのです。私の機転が家を救うかもしれないのに、どうして咎められる必要があるのでしょう」

「ええ、私もそのように思います。ですが、旦那様がどうお考えになるかは何とも」


 ホイシャ専属の家令である。逆らう心配はないものの、屋敷内での勢力図が彼の将来も決めてくる。諫言の一つくらいは許してやらねばならない。


「お前が案ずることはありません。全てはアーフの家のため。わたしの指示通りになさい」

「御意に。細かな詰めはお任せください。奥様の望みに適うよう進めさせていただきます」

「信じていますよ」


(わたしと同じ碧眼をしているだけで忌々しい)

 彼女は苦々しく思う。

(あの()()を生かしておけば必ずや我がアーフに害をなすでしょう。どんな手段を用いてでも確実に消えてもらいます)


 ホイシャは深々と腰を折る家令をあとにして自室へと戻っていった。

次回 (要するに使えるようにしてくれってことですよね)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 さわらぬ神に祟りなし……。 お互いに不干渉を貫けば良かったのにねぇ……。
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