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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第六話

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アゼルナの虜囚(4)

 そこはアゼルナの首都ディルギアの支族議事堂。普段は軍本部ビルで執務しているアーフ支族長フェルドナンは珍しくその廊下を歩いていた。


 数度にわたる遠征は戦力を想定以上に損耗させている。なので彼は艦隊の出撃を控え、増強を図っていた。

 その姿勢は他の支族長の不満を招き、批判が集中する。が、フェルドナンは意に介さず必要と思われる戦力の拡充を図ると同時に、兵の熟練度を高める指示を出している。現状、無理にハルゼトを攻め落とす必要性を感じていなかった。


(それよりはまず星間(G)平和維(P)持軍(F)艦隊を打ち破る戦力にしなくてはならない)

 彼はそう考えていたのだ。


 ところが、各支族長が自身の配下を勝手に動かし、小規模な衝突を起こしている。本来フェルドナンの制御下にあらねばならない軍が一部私物化されていた。

 小競り合いを仕掛けて敗退するのは自己責任。だが、その度に貴重な機動戦力を消耗させるのは座視できない。規律の徹底を周知してもらうために支族議事堂にまで出向いてきたのだ。


「フェルドナンだ。時間をいただこう」

 優美な彫刻を施された重厚な木扉の向こうにいるのはポージフ支族長にして支族会議議長のテネルメアである。

「約束の時間通りか。相も変わらず几帳面な男だな」

「当然だろう。俺もお前も暇ではない」

「あまり四角四面では鼻息の荒い連中を御するのは難しいのではないか?」


 年経たテネルメアは全体に体毛が白惚けてきたように思える。子供の頃に見た若き日の彼みたいに赤茶色の艶のある毛並みはもう取り戻せないだろう。

 しかし、眼光は微塵たりとも衰えていない。ヒゲは太く逞しいままだし、耳も力強く立っている。内に燃える野心を表しているかのようだ。


「だから頼みに来た。議長がひと吠えしてくれれば勇み足の支族も自重しよう」

「ふん、老体をていよく使う気か」

「そのために敬意を払っている」

 ポージフ支族長の口の端が歪む。

「それが敬っている口振りか?」

「横柄なのが不敬の証明にはならん。命令には従っている」

「まあ、そうだな」

 呵々(かか)と笑っている。


 かく言うフェルドナンはまだ五十の年を数えていない。テネルメアより二十以上も若い。

 薄く焦げ茶の混じる灰色の毛並みには艶と張りがある。毛先まで瑞々しさを保っており、しおれる様子はない。

 秀でた額と反り返るような三角耳は勇猛さの象徴と思わせるも、瞳には理知の光と沈着冷静さを宿していた。


「お前のそれは虚勢じゃないな。自信から来るものだ」

 笑みを残したままでテネルメアは言う。

「自分の判断に自信があるは確かだ、だが俺の号令では不満な輩も多い。締めるべき立場の相手に頼むのが筋」

「なるほどな」

「それとも今は控えるべきとの判断に疑問があるか? 敵と定めるべきはGPF。ここに勝利できねば話にならん。逆にいえばGPFさえ破ればハルゼトは簡単に落とせる」

 執務卓に片手を突いて訴える彼に老狼は頷く。

「そのほうの言うとおりだ。ハルゼトを狙うのは民族糾合の手段でしかない。あれは敵じゃないからな」

「同じ考えを持っていてくれれば助かる」


(本音が奈辺(なへん)にあるかは定かではないがな。真っ当に考えれば、自由主義の美酒に酔った同族、アゼルナンの目を覚まさせるものと思うべき。が、この御仁の場合、もしかしたら手数くらいにしか考えていない可能性もある)

 フェルドナンは不安に付きまとわれている。


 この老アゼルナンは野心家であるが情熱家ではない。どこか合理主義的な部分を感じさせる。

 だから決起を口にしたときは驚いたものだ。彼の中でどんな計算が働いたのかフェルドナンには読めなかったからだ。

 しかし、今はテネルメアが立った理由には納得している。あの秘宝の蓋を開けられれば決して無謀な試みではない。


(危険が伴うのは紛う事無き事実。一つ間違えれば奈落が待ち受けている綱渡りでしかない)

 真意を問うには良い機会かもしれないと思った。


「まずは同性能の機動戦力、アームドスキンを保有するGPFを叩く。それは解る。が、その先はどう考えているのか聞いておきたい」

 軍務を担うアーフ支族長は問う。

「そう難しい話か? 放っておいても段階を踏むしかあるまい? GPFが敗退したとなれば星間管理局は(G)(F)をくり出してくるであろう」

「不動の軍をか?」

「猿にも矜持はあるし、おめおめ負けたままでいるわけにはいくまい?」

 筋道は通っているが容易に肯える内容でもない。

「その猿が星間銀河の大多数を占めている。戦力差は話にならないぞ」

「動くのは、そのほうの言う通り不動の軍。動き出しは早いとは言えない。すぐにとはいかんのではないか?」


 大軍で押し寄せてくるほどに準備には時間が必要。編成もあれば物資や機材の段取りもある。発進までのタイムラグは相当なものになるのは間違いない。軍を統べるフェルドナンには実感を伴う。


「そこが勝負の時。ハルゼトの民族を使えるように鍛え直し、日和るであろう近隣国家に資源と人を出させなければならん」

 一つひとつの過程を経るようにテネルメアは指をトントンと鳴らす。

「一気呵成に動かなければならんポイントはそこ。それまでは確実に進めてくれればいい。むしろ戦力は温存してくれねば困る」

「難しい注文だ」

「できねば終わり。我ら民族は永劫飼い犬として暮らすしかあるまいな」


 想定外に計画性のある話に戸惑いながらも、フェルドナンも現実性は理解できた。

次回 「余程の間抜けでなければ自明の理か」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あ、足並みが?
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