アゼルナの虜囚(3)
「何者だい?」
マーガレットが尋ねる。
「本人はスーパーマルチエンジニアなどと名乗っています。工学会の異端児のようですね」
「胡散臭いねぇ」
彼女は鼻をつまむ仕草をする。
「否めませんが、実力は相応に伴っている人物みたいです。実績と評価できるものもいくつか」
「大口を叩いているわけではないと」
「ただ、いささか怪しげな言動が目立ちますね。公に重鎮を役立たずとか老害と称したり。それで工学会からは鼻つまみ扱いされています。奇人と思ってよいかと」
サムエルも失笑する。
が、デードリッテにしてみれば笑い事ではない。トラウマを刺激されて血が引くのを感じる。
「知ってる奴かい、ディディー?」
青褪めた彼女にマーガレットが気付く。
「おかしな人です。三年くらい前に論文発表するときに会場にいて……」
◇ ◇ ◇
アシーム・ハイライドは前列でニヤニヤしながら、十五歳の少女が独自開発した電離界面駆動システムの説明を聞いていた。しかし説明が続き、実用性が高く用途も多岐に及ぶのを理解すると目を真ん丸にして凝視してくる。デードリッテは気持ち悪く感じながら視界の隅に置いていた。
「ああ、素晴らしい! 素晴らしいよ!」
散会して退出しようとした彼女の前にアシームが立ち塞がり言いつのってくる。
「……ありがとうございます。まだ少々解消すべき問題点はありますが実用化は可能だと思っています。大型機器には転用不可能ですけど」
「違う! なんで解んないかな? 素晴らしいのは君の知性だ! 他の奴らなんて作った物にしか興味を示さないだろう?」
身体を傾げて覗きこんでくる。
「どれくらい儲かるかしか考えない下賤なお頭しか持ちえない連中さ。でも私は違う! 最も尊ばれるべきは君の知性だ!」
「あ、はい。そう言っていただけると報われます」
「これ以上ない素晴らしさ! そうだ結婚しよう! それしかない!」
暴言にデードリッテは「は?」と答えるしかない。
男はさぞ名案を思い付いたかのように歓喜の表情。天を仰いで「最高の名案だ!」と叫んでいる。
「ああ、君と私の間に生まれた子供ならどれほどの叡智の持ち主になるだろう!」
恍惚といったふうだ。
「工学会に巣食う老いぼれどもが束になってかかっても決して敵わない存在になる。私が保証しよう。善は急げだ。今すぐに結婚の手続きを!」
「やめてください! 何なのですか、あなたは?」
「どうして分からない? これは運命なのだよ。人類を革新に導く運命の瞬間なのだ!」
強引に腕を引こうとするアシームに彼女は恐怖しか覚えない。
「嫌です! 放して!」
「拒むのは罪じゃないか! だって輝かしい未来が約束されているのに!」
騒ぎに駆けつけた警備員が男を引き剥がす。出鱈目に暴れるが、痩せ気味のアシームは屈強な警備相手では抵抗する術もなく連れられていった。
◇ ◇ ◇
「それからも何度かアクセスがあったんですけど無視しました」
怖ろしい日々を思い出す。
「論文発表もしなくなって動画で新企画の宣伝をするようになったのもそれからです。あの粘着質な視線が忘れられなくって」
「他人事ながら気持ち悪いねぇ」
「あの人だったら、わたし、ブルーに噛みついていいって言っちゃうかもしれません」
ようやく落ち着いてきて軽口も交えられるようになった。隣に座る人狼の手の甲の毛並みに指を絡めたお陰かもしれない。
「予想以上の奇人でしたね」
軍帽を取ったサムエルも後頭部に手をやる。
「ですが、特に電子工学技能と情報処理技能に関しては卓越した面を見せているようなんです。ゼムナ遺跡本体がどういったものか凡人の僕には窺い知れませんが、彼にとっては専門分野なのではないかと思えるのです」
「たぶん、サムエルさんの想定は当たっていると思います。あのおかしな人ならどんなに難しくても執着心だけで何とかしてしまいそう」
「その保証はありがたくないんですけどね」
(凡人なんて嘘でしょ。断片的な情報から推理していく能力。統括的に判断して実行に移す能力。生まれながらにして指揮官になるべくしてなったみたいな人だもん)
デードリッテはサムエルをそう評している。
「しかしね、それはおかしいを通り越して変態じゃないのかい?」
マーガレットは理解に苦しむ様子。
「十五の娘に求婚したんだろう? ろくに知り合いもしないうちから」
「あの人の場合、年とかあまり関係ない感じですけど」
「それでもいい年の男が恥も外聞も関係なく行動できるもんかい?」
アシームのパーソナル情報を表示させた投影パネルでは年齢は三十二歳になっている。調べもしなかったが、当時はぎりぎり二十代だったわけだ。男勝りな女性パイロットから見ると、不見識もここに極まれりと思えるのかもしれない。
「地位や能力があるといっても、年齢なりの見識があるとは限らない」
狼が重かった口を開く。
「ホルドレウス兄もそうだったが、中身はまるで変わっていなかった。俺にとっては十二歳の時のメンタルのまま、大人の身体を手に入れただけに感じられた」
「でしょ? 人間って心も成長しなきゃって思わないと立ち止まってしまう生き物なんだね」
「気を付ける」
ブレアリウスは逃避癖があると思っているようだ。確かに人格者とは言いがたいが、彼女から見ればちゃんと自分と向き合っていると見える。
「十八の小娘の台詞じゃないね」
「いけませんよ、キーウェラ戦隊長。彼女だってもう自由意思で結婚相手を選べる年齢なのですから」
「まあね」
変に持ちあげられず、ありのままの彼女で評される環境がデードリッテには心地よかった。
次回 「相も変わらず几帳面な男だな」




