戦場の徒花(8)
『くっそぉ! イケメン将校に僕らのアイドル、ディディーちゃんを寝取られた!』
『やっぱり顔か! 顔なのか!』
『いや、将来性だろ? 管理局の幹部確定コースじゃ勝負にならない』
『あの男っ気を全然感じさせなかったディディーちゃんをたぶらかすとか許せないぞ!』
ハイパーネットは炎上中。好き勝手な意見や誹謗中傷が飛び交っている。
(せいぜい燃え盛りなさいな。お祭りのネタを仕込んであげたんだから)
エレンシアは果実酒のグラスを手に微笑む。
『奴は誰だ! 割りだせ! 難しくないぞ!』
『晒せさらせ! 火あぶりの刑だ!』
短絡的に予想通りの方向に進んでくれる。
『こんなのやっつけ仕事だ……、ぎゃー! 一発で警告来たー!』
『当たり前だ。管理局のプロテクトだぞ。分厚いウォールの向こう側』
『心配するな、諸君。僕が来たからには必ずや暴いて見せよう』
ネット上に「勇者出現!」のワードが頻出。
『アゼルナ紛争対策艦隊司令官の名前くらい内部広報にいくらでも転が……』
『やられたー! 勇者が回線ロックされたー!』
『同志たちよ! 冥福を祈ろう! 新たな勇者の出現を待つのだ!』
(せいぜい頑張りなさいな。銀河の至宝なんてお高くとまってる小娘をただの女に堕とすのよ)
愉快でたまらない。
他人の足を引っ張っているだけで仕事になるのだ。さらに自分の人気まで上がるのだから一石二鳥。
(ご満足いただける仕事になるでしょう)
そう思っているとコールアイコンが点滅しはじめた。
「首尾はいかがでしょう?」
開いた二つの投影パネルに嫣然と問いかける。
「よくやってくれた。その調子だ」
「まだ手ぬるいわ。追及を強めなさいな」
「ええ、まだ序の口ですわ」
一人目の男はヨルン・ゴスナント教授。銀河工学会の権威であり、ホールデン博士を目の敵にしている老人。
二人目はメネ・カイスチンファーゲン教授。銀河薬学会の重鎮で、若き才能への嫉妬を隠しもしない老婦人。
この二人が今回の仕掛けのスポンサーである。すでに前金は受け取り、結果次第で残金を受け取る手筈になっている。彼女の裏のアルバイトみたいなもの。
取材班の視察も彼らが自らの権限を十全に振るうことで実現していた。戦地への取材など個人持ちで潜りこむことはあれど、各社共同で行うケースなど稀である。
「本当はもう少し手管を弄しないといけないかと思っていたのですけれど、簡単に尻尾を出したでしょう? あんな小娘、わたくしにかかれば簡単に料理できますわ」
自信を笑みに変える。
「心強いことだ。完璧に破滅させてくれたまえ」
「好きなだけ追い込みなさい。世を儚んでしまうくらいでも構わないから」
(おお、怖い怖い。社会的に抹殺するだけじゃなく、実際に死んでしまうほどやれっていうのね)
権威を蝕まれた時の彼らの反応ほど厄介なものはない。本来なら人類の頭脳たる人種のはずなのに、実に頭の悪い行動に走っていく。
「お任せあれ。マスメディアの怖ろしさを骨の髄まで教えてさしあげます」
メディアにも様々な仕掛けを実験動画で論破されてきた恨みもある。
「ZBCの上も乗り気ですので手を緩めたりいたしません」
「全面的にバックアップするから心置きなく進めてくれたまえ。今後の協力は惜しまんと約束しよう」
「ZBCさんは安泰ね。だって私が各製薬会社に声掛けしてあげるんだもの。スポンサー収入は保証されたようなものよ」
二人は上機嫌である。よほど溜飲が下がっているのだろう。
「感謝いたしますわ。これからもよしなに持ちつ持たれつでまいりましょう」
「うむ、世間知らずに社会の厳しさを教育してやっているのだから恨まれる筋合いもないからな」
「ええ、ええ。根回しや目上への配慮を知らない小娘に制裁がくだるのは自明の理というものね」
どこまでも確信犯であるらしい。
(さあ、ご要望に応えてもっと追い込みましょう。すぐに音をあげるはずだもの)
エレンシアは老人の愚痴に応じつつ次の手筈を考えていた。
◇ ◇ ◇
(怖い)
思わずタイピングの手が止まる。
デードリッテは気になってしまって、ついハイパーネットを覗いてしまった。そこに並んでいたのは彼女に対する誹謗中傷罵詈雑言の嵐。
これまで褒めそやしてくれていた人々が手の平を返して攻撃してくる。一部では殺人鬼呼ばわりしてくる声まであった。
(レギ・ファングのフィードバック機の設計を進めなきゃいけない。自由に動けなくなったってできることはいっぱいあるはずなのに手につかない。なんでこんなことに?)
頭の中でまったく考えがまとまらないのだ。
(裏切られた? わたしは誰かを裏切ったつもりなんて全然ないのに、どうして裏切ったなんて言うの? 普通の女の子なのに。勝手に持ちあげておいて自分たちの理想でないなら裏切りなの? 名前が売れたら聖人君子でなければいけないの?)
有名税だと人は言う。だが、本人にしてみれば堪ったものではない。がんじがらめになって理想を演じ続けなければ転落しかないというのか?
(ダメ。このままじゃ何もできなくなっちゃう。どうにかしないと)
動かなければ状況が変わりそうな気配がない。
(でも、どうすればいいの?)
これまでは何とかなってきた。味方も多いという思いから上手に立ち回ってこれたのかもしれない。それが崩れたときに丸裸にされてしまったように感じる。
デードリッテは不安に押し潰されそうになっていた。
次回 「博士ー! 司令官とはどんな関係で……、うげ!」




