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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第五話

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戦場の徒花(7)

『気掛かりって?』

 キャスターのアイリーンが尋ねる。

『考えてみて。ホールデン博士は「銀河の至宝」。その方が現在アームドスキンの開発にご執心なのよ』

『みたいね』

『博士は星間銀河の未来を担う貴重な叡智。多くの市民の命を救ったり、生活を便利にしてくれるはず。なのに兵器開発ばかりにかまけていると不安にならない?』

 疑問を提示する。


(待て待て!)

 観ているエンリコは方向性に危険を感じた。


『それって、まさか?』

 続きを促している。

『将校Sさんに頼まれてのことか、彼に気に入られたくてのことかは分からないわ。でも博士が殺戮兵器の開発に注力しているのは事実』

『危険な兆候だわ』

『多くを生みだすはずの人類全ての至宝が、破壊と殺戮しか生みださない「戦場の徒花」に変わろうとしているような気がしてならないの』


(やれやれ、言ってくれちゃったねー。よりによって「戦場の徒花」だって?)

 言いがかりもはなはだしい論調に顔を顰める。


『それは大変だわ。エレンシア、ホールデン博士に真意を問い質してちょうだい。それはあなたの使命よ』

『ええ、頑張ってみるわ』

 その言葉を最後に女性記者のワイプは消えた。

『我々、ザザ(Z)ブロードキャスト(B)カンパニー(C)は今後もこの話題を追っていきたいと思っています。どうぞご期待ください』


(おいおい、冗談じゃないぜ)

 困った展開にエンリコは頭を掻く。


「こいつがさっき速報で流されたんだ」

 続きを停止させてミードが言う。

「んで、現場はこんな状態」

「しょーがないよなぁ」

「取材班の連中、各社こぞってディディーちゃんと司令官を追いかけはじめるぞ。だから隠せって言ったんだ」


 騒いでいるクルーの中には信じこんでいる人間もいるかもしれない。彼らまで動けば混乱に拍車をかけるだろう。


(マズいなー。ブレ君、怒っちゃわなきゃいいけど)


 真偽はともかく、デードリッテが貶められているのを人狼が憤るのではないかとエンリコは危惧した。


   ◇      ◇      ◇


 熱愛報道は世間だけでなくGPF艦隊も揺るがす。すぐに知らされたデードリッテは研究室に避難しなくてはならなくなった。


 星間管理局はあまりに本旨と違う方向性に報道方針が変わったのに懸念を示し、取材を打ち切ろうとする。しかし、取材班は報道の自由を盾に抵抗し、管理局サイドの判断を非難する報道をはじめる。強権的な行動は権威に関わるとして強制排除は見送られた。


「申しわけございません、博士。まさかこんな魂胆があろうとは」

 マルセル・タフィーゲル監督官が通話画面で平伏してしまっている。

「仕方ないです。わたしも迂闊だったとしか言えません」

「いえ、あなたに責任はありません。収拾できないのは我らの責任です」

「ご心配なく。これで逃げだしたりする気は欠片もありませんから」


 彼は重ねて謝罪すると、早期の事態収拾に尽力することを約束した。


(ここで仕掛けてくるなんて)

 背後が見え隠れしている。


 文言が過激だった。普通に興味を惹く意図の芸能ゴシップ的な言い回しもあったがそれだけではない。「戦場の徒花」とまで言ってきた。これは彼女の権威を傷付けようとする思惑があるとしか感じられない。


(みんなが大変な思いをしている前線に迷惑をかけちゃう)

 それが悔しくてならない。


 コール音が鳴る。艦内回線は制限されているはずだが、一応は相手を確認してから通話アイコンをタップする。


「ブルー……」

「大丈夫か?」

 青い瞳が気づかわしげに揺れる。

「ちょっと参ってるかも」

「行ってやりたいが容易には近付けん」

「今はちょっと無理ね」

 部屋の外には取材班が張り付き状態。

「観た?」

「ああ」

「あれ、嘘だからね。サムエルさんと話したのは二十分くらい。加工されてるの」


 思わせぶりに見せるための偽情報。一部を加工するくらい平気でやってみせる。


「反論できないのか?」

「しても無理。弁解だって決めつけられちゃうし、それなら記者会見を開けってまくし立ててくるだけ。いつもの手口だもん」

 慣れっこである。

「すまん。力になれると思ったが上手くいかなかった」

「ブルーの所為じゃないから。たぶん、わたしのほうに仕掛けられた罠」

「罠?」

 狼は首をかしげる。

「ううん、気にしないで。裏事情があるの。ブルーが関わったりしないほうがいい類のね」

「……なんでも言え」

「ありがとう。嬉しい」


 突き放すようなことを言ったのに、慮る言葉が返ってくる。思わず涙が溢れそうになるのを懸命に堪えた。


「俺はこういったことに疎いが聡い者もいる。こちらでも考える」

「無理しないでね」

「また連絡する」


 平気を装って手を振って別れる。彼の毛皮の匂いが恋しくてつらくなる。顔を伏せるとひと滴だけ膝に垂れた。


(生物考古学会? 機械工学会? 薬学会? どこにも煙たがられてる。あの人たちは名誉や権威が後生大事で仕方ないんだもの)

 悔しさに下唇を噛む。

(マスメディアを動かす力なんてどこも持ってる。限定するのは無理。でも、反撃しないと現状は修復できない。ここで立ち止まったら利敵行為になる。シシルを助けに行く妨げになるのは嫌)


 自分が巻きこんでしまったのだから、誰にも迷惑をかけないように収めたい。しかし、今回のような大仕掛けになると反論動画程度では火に油を注ぐだけに終わるのは目に見えている。


(どうにかしないと)


 気ばかりが焦るデードリッテだった。

次回 「首尾はいかがでしょう?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 成る程、タイトルは言い掛かりの方でしたか……。 ……まぁ、シッペ返しを受ければその方が被害が増えるのにね? ついでにレポーターと会社も……。 (会社はレポーター…
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