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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第四話

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闘神の牙(12)

(あれを止められるものなど何もないということですか)

 青い機体を呆然と見送ったサムエルは呆れまじりに思った。


 発進スロットのロックはもちろん、着艦ハッチも閉じさせていた。それら全てが無駄。新型機からのシグナルは上位権限を発して開放されてしまう。


「どうなさいますか?」

 司令官ブースの横に立つウィーブが尋ねてくる。

「戦闘にまで及ぶ気はないでしょう。おそらくブレアリウス操機長補に届けるつもり。誰かに連れ帰らせて……、いえ、彼に任せましょう」

「戦列の負荷を鑑みていただきありがとうございます」

「万が一を考えると、その辺の新参兵にホールデン博士を託すわけにはいきませんからね」


 保護して戻るとなるとブレアリウス本人か、あるいはマーガレットやザリといった指揮官格の誰かを抜くことになる。それは戦列の弱体化を招くだろう。搭載されたレーザー通信機でサムエル自身が指揮を執れるといえど、前線の空気感まで明確には伝わってこない。


「とんだじゃじゃ馬です」

「あとでご本人に伝えておきます」

「おっと失言でした」


(問題ないでしょう。博士をして凄いと言わせた新型です)


 彼らの余裕はそこから来ているのだ。


   ◇      ◇      ◇


「ブルー!」

 呼び掛けに目を移す。


 艦橋(ブリッジ)からの通信だと思って、開いたウインドウを見たブレアリウスはギョッとした。声の主のデードリッテはヘルメットを被っているし、背景はコクピット内のもの。滑ってきたバックウインドウには接近する新型機の姿がある。


「わおわお、姫様自らの登場だね」

 エンリコが茶化す。

「やれやれね。ブルー、何とかなさいよ」

「了解だ、メイリー。どうして来た、ディディー?」

「絶対に要ると思って。そのための新型だもん」

 青い機体は彼らの傍らで停止する。

「無茶が過ぎる。ここはもうすぐ戦場になる」

「ごめんなさい。乗り換えたら帰るから」

「いや、もう無理だ」


 すでに灰色に染まるアゼルナの軍勢が迫りつつある。接敵は間近。


「そのままでいろ」

「いいの?」

 拒まれなかった彼女は嬉しそうにする。

「システム。自動帰投モード」

『緊急コードを入力してください』

「分かっている」


 やむを得ず離れなくてはならないとき、機体の保全を目的として自動帰投させるモードに移行させた。彼がコクピットから離れたら勝手に所属艦に戻っていく。


「ごめんね」

 コクピット間を移動したブレアリウスに何度も謝ってくる。

「助かるのは事実だ。ありがとう」

「うん!」

「サブシートを出すからしっかりとベルトを締めておけ」


 レバーを引いてサブシートを自動展開させる。無重力に慣れないデードリッテを抱えると移し替えた。自身はパイロットシートにおさまる。


『パイロットの認証をはじめます』

 システム音声が告げてくる。

「頼む」

『網膜、声紋、脳波チェッククリア。パイロットをブレアリウス・アーフと確認。各種機能のロックを解除します』


 ジェネレータの唸りが増した。戦闘起動を始めている。


σ(シグマ)・ルーンにエンチャント。(スリー)(ツー)(ワン)機体同調(シンクロン)成功(コンプリート)

 機体と同調し、センサー情報が狼のσ・ルーンを介して頭に流れこんできた。

『タイプ(ワン)、戦闘機動モードに移行しました。以降に使用する機体コードを入力してください』

「機体コード? 名前か」

「それなら決まってるの! この新型は『レギ・ファング』!」

 亜麻色の髪の少女が待ってましたとばかりに言う。

闘神の牙(レギ・ファング)か」

『機体コード「レギ・ファング」を承認。登録しました』


 アゼルナの神話になぞらえたのだろう。

 人は神の似姿をしている。当然、闘神レギはアゼルナンと同じ姿。逞しい身体の上にはマズルのある狼の頭部が乗っている。鋭く白い牙を誇る戦いの神だ。


「これはブルーがシシルを助けに行くのに必要な牙。自死まで覚悟しているあの人を助けに行って」

 通信を切ってバイザーを開けたデードリッテがささやく。

「無論だ。それに君も死なせはしない」

「わたしも?」

「同じくらい大切だ」

 彼女の頬にえくぼが浮いた。


 ペダルを踏むとラウンダーテールが跳ねあがる。「パパパパッ!」と連続する破裂音のようなパルスジェットの噴射音。レギ・ファングは突き飛ばされたかのごとき加速をみせる。


「ふくっ」

 肺の空気を絞りだされたような彼女の吐息。

「苦しいか?」

「ううん、大丈夫。耐えられるから」

「しばらく我慢してくれ」


(こうも違うか)

 新たな感覚に耐えているのはデードリッテだけではない。ブレアリウスも機体が全身に貼り付くような感覚をおぼえていた。

(四肢が巨大化したみたいに感じてしまう。これに飲まれると危険だ。落ち着いて御することに集中しろ)


「接敵するわよ。射撃準備」

 メイリーの指示が飛ぶ。

「これはこれは。ブレ君に必死についていったらいつの間にか最前線だよね。出遅れたってのに、どんな機動性(あし)してんだか」

「これからは日常になるんだから覚悟なさい」

「ういうい、りょうかーい」

 鎧のような感覚とは逆に、軽く感じる機体を意識しないといけないだろう。

「ビームランチャー」


 思考スイッチで左手に持たせる。シュトロンのものより大振りなランチャーもパーツの所どころが青い。


(狙う)


 灰色の戦列を意識すると望遠ウインドウが現れた。照星(レティクル)をうち一機に合わせてトリガー。

 こつんという反動とともに放たれたビームが真空を裂いて直撃する。威力も高いがビーム速度(たまあし)も少々速い。


「いっけぇ! レギ・ファング!」

「ああ」


 乙女の号令に呼応して、ブレアリウスは闘神の牙を敵軍に向けた。

次回 「あれ、もしかしてわたし、バランス狂わせちゃった?」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 成る程、機体コードですか。
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