闘神の牙(11)
ロレフ・リットニーはそのまま迎撃に合流するつもりだったが、一応は命令待ちをしていた。帰投命令が下る可能性もゼロではない。
「ふぅ、水を差されたか」
「急すぎるな」
少し前まで戦っていた人狼は疑問を抱いているようだ。
「ユーリン、偵察からの報告はなかったのか?」
「なかったわ。……司令が撃破されたかもって話してる」
「そうか」
光学監視を行う偵察艇が常時配置されていたがアゼルナ軍の発進を報告できない状態だったらしい。
「あちらさん、相当ピリピリしてるね。これはもう偵察艇を置くのは危険かもしれないな」
まず狙われるのが彼らである。
「とりあえず迎撃しないことには話にならない。君もまだいけるだろう?」
「そのつもりだ」
「じゃあ、そういうことで」
通信士からも迎撃部隊合流の指示がはいる。システムに口頭で火器を通常出力に上げるよう命じた。
そうしているうちにアームドスキン隊が出撃してくる。先行してきたマーガレット・キーウェラ戦隊長がビームランチャー用のリキッドパックを放り投げてきた。
「絞ってるからあまり使ってないかもしれないけど換装しておきな。ビームコートは脱いじまってるけどいけるね?」
「了解ですよ」
余裕があるので排出したパックは回収しておく。
「勝負は私が預かる。またの機会だ」
「いやー、負けかな?」
「ふぅん」
(最後の突き、あれを振り切っていたら確実に撃墜判定を食らってた。戦隊長も分かって言ってるんだから意地が悪いな)
ロレフがどう返すか探る反応だった。
「分かったよ。あんたが納得してブレアリウスに新型を譲るってことにしとくよ」
声音に笑いが混じっている。
「では、そういうことで」
「手間を掛ける」
「いいさ。うちのエースが恥をかかないですむんならね」
妙な噂の所為で指揮官に気を遣わせて心苦しいと思ってしまう。こんなことなら面白がっていないで、早い段階で否定するべきだった。
「ほいほーい、お土産だよ、ブレ君」
彼の元にもチームメイトがリキッドパックを持ってくる。
「助かる」
「それじゃ、さっきまでの対戦は水に流して手を組んで当たるのよ」
「もちろんさ、メイリー。敵にするとこれほど厄介な人狼も、味方となるととびきり頼りになるからね」
本音だ。
「あら、いい男じゃない」
「褒められるのは悪くない。では、一緒に食事でも?」
「あたしも口説かれるのは嫌いじゃないわ」
ロレフは会話しながら一度落ちたモチベーションを上げていった。
◇ ◇ ◇
(敵襲……)
当然ありうることなのに、デードリッテの意識の片隅にもなかった。
(ブルーは消耗してる。このままじゃ危ない)
相手のロレフまで頭が回らない。今は青い瞳の狼のことだけが心配だった。
(行かなきゃ)
切迫感が腰を上げさせる。
(私が持っていかなきゃ!)
立ち上がって駆けだした。制止の声が聞こえた気がするが耳に入ってこない。
「わあ、どしたの、ディディーちゃん!」
新型の所に行くとミードが驚いている。
「出します。ブルーに届けるの」
「そりゃ無茶だよ。アウルド技師が認証なきゃ動かないって言ってたけど?」
「なんとかして動かすの!」
その一心である。
「無理だと思うけど、ともかくヘルメットくらい被って」
「うん」
小振りなヘルメットを被るとパイロットシートに飛びこむ。σ・ルーンの発信波に反応して投影型コンソールが表示されるがそこからどうすればいいのか分からない。
(どうするんだっけ? どうすればいいの?)
指がさまよう。
(そもそもブルーがいないと起動しないのに、わたし、何しに来たの?)
動転して焦りだけが押しよせてくる。悔しくて涙がにじむ。自分の無力が情けない。
(『銀河の至宝』だなんて持てはやされて、いざってときに何も……)
焦燥がピークに達したとき彼女の意識が揺らぐ。
「タイプ1、起動しなさい」
「ディディーちゃん、どうしたの!?」
自分の口から流れでた言葉が信じられない。
「わたし、何を?」
「おお、起動した!」
コンソールが起動チェックを始める。『オールグリーン』の表示が灯り、低い唸りがして発生器に命が吹きこまれた。反物質端子の曝露量が増加を表し、出力が跳ねあがっていく。
(さっきの、シシル?)
あれは彼女の言葉だと思う。だから新型が反応した。
(わたしの中に彼女の欠片が眠っている?)
純粋に嬉しい。ブレアリウスが最も大切とする相手が自分の中にもいる。
(でも言えない。絶対に私の身体を心配しちゃうから)
それほどに優しい狼だからこそ人間の中では彼の一番になりたいと思ってしまう。
シシルが起動させたということは動かしていいと意味だ。デードリッテと彼女の意見は一致している。
「出ます」
決然と宣言する。
「ほんとに行っちゃうんだ……」
「うん。システム、発進スロット開放」
『開放します』
パイロットシートが緩衝アームによって操縦殻内に格納される。足下では圧搾音とともに発進スロットが口を開いて星空が垣間見えた。
「き、気をつけて!」
「ありがと、ミード」
手を振ってハッチを閉じた。
新型機がすとんと落ちる。そこはもう真空の宇宙。彼女は初めて一人で星明りの中を飛ぶ。
(そんな難しいことじゃない。ブルーのところまで待っていくだけ)
ペダルを踏むと「パタタタタ」と独特の推進音がする。パルスジェットが連続して噴射している音。
「ふ……、きゃー!」
とんでもない加速がデードリッテの悲鳴だけを残して新型を駆けさせた。
次回 「おっと失言でした」




