闘神の牙(8)
「よく思いついたね、ディディーちゃん」
ミードは感心しきり。
「あーははー……。すごいでしょ?」
「配置や素材にその加工まで入れると膨大な計算が必要だろうに」
(言えない。わたしが考えたんじゃないって言うと全部説明しないと辻褄が合わないし)
デードリッテは脇に変な汗を感じる。
「制御ソフトも相当手の込んだものになるよね。かなり無茶な注文したんじゃない?」
「うーん、頑張ってもらっちゃったかな~」
(そこまでセットでシシルに託されたとか言えない)
申し訳なくて、心の中で滂沱の涙を流す。
「でもさー、ここまで画期的だともしかして本家を超えちゃってない?」
「どうかな~。まさかそこまでじゃないと思ってるよ~」
(本家を超えるどころか、遺跡オリジナルのアームドスキンだったりして)
もうどうにでもなれの気分。
「じゃ、この試作機で運用成功したら、次の量産機に反映させるんだよね?」
「それはもちろん」
(そこがシシルの設計図の一番怖いところ)
彼女が戦慄したのはその点である。
(このパルススラスターは星間銀河圏の技術で建造できる。それもぎりぎり最先端の技術力と能力で。ゼムナの遺志はわたしたちの世界の技術を完璧に把握している)
デードリッテをはじめとして、皆はかの地の遺跡が二年前から星間銀河圏に進出してきたと思いこんでいた。それはおそらく完全な思い違いである。彼らはこちらの人類の情勢も完璧に掌握したうえでゴート系人類を加盟へと導いたのだ。
(もしかしたら、すでに以前より干渉を受けていたのかもしれない)
そんな怖れまで出てきた。
(知らないうちに導かれ、今の世界があるのだとしたら? 彼らゼムナの遺志を神と崇めなくてはならないのは同じなのかも?)
想像は驚くほど翼を広げてしまい、頭を振って追い払う。
「ところでさー」
「ん、なになに?」
ぼーっとしてたのを指摘されたかと思って身体が跳ねる。
「噂になってるよ。本当?」
「ど、どの噂?」
「どの噂って、この新型、今度の実機演習であのロレフとうちの人狼くんが戦って勝ったほうに渡されるって話」
初耳だった。
「そんな噂があるんだ」
(あれはブルーの箔付けのためにやるはずなんだけど)
そう聞いている。
どうやら話が巡り巡って尾鰭どころか別の魚種になっている。だが、これも本当のことが言えなくて返答に困る。
「んー? どの噂だと思ったの?」
ミードの顔にニヤニヤ笑いが浮かんでくる。
「い、色々あるでしょ! わたしだって普通の乙女だもん! 興味あるもん!」
「そっかぁ。ぼくはてっきりあの噂かと思ったよ」
「え?」
細められた目が彼女を射抜き、ふいと逸らされる。
「理系少女が恋をしたってね」
「ひゃっ!」
「しかもお相手は狼でした。ドラマティックだねぇ?」
整備士は肩を揺らしてくすくす笑う。明らかにからかわれていた。
「もー!」
その背中を平手で思いっ切り叩いた。
「真偽のほどはともかくさ、こいつは我らが人狼くんに着想を得て作ったんだろ?」
「うう……、まあ」
そういうことにしておいたほうが良さそうだ。
「それなら勝ってもらわなくっちゃね」
「……うん」
「じゃあ、ブレアリウスを焚きつけておかないといけないな。その前にまずパルススラスターを取りつけてやらないと。うひー、あのシリンダーの数。調整だけで今日が終わっちまいそ―」
ミードは悲鳴をあげながら走り去っていった。忙しくも楽しそうである。
(いよいよ形になる)
格納庫は修羅場の様相を呈している。新型レーザー通信機の取り付けに補充機の調整、新型機の建造とメカニックたちはてんてこ舞い。デードリッテも建造監督をしつつ、フィードバック技術を抽出して後継機に反映させる準備も行っている。
艦底に満ちる空気は今日も喧騒にあふれていた。
◇ ◇ ◇
一週間後、新型機の建造をすませた理系少女はシュトロンの状態チェックに勤しんでいた。青く塗られた装甲を見慣れてしまったのでオリーブドラブの機体を新鮮に感じる。
コンディションに問題ないのを確認するとその威容を見あげる。肩には「127」の機体番号がふられていた。これはブレアリウスの乗るシュトロン。
「世話をかける」
誰が来たのかは、そのくぐもった声で分かる。
「気にしなくていいの。わたし、ブルーの乗ってるこの子の動きも好き」
「そうか」
「機械と人が融合する世界を見せてくれるから」
自分のしていることの未来が垣間見える。
「ふむふむ、『ブルーも好き』と」
「中略すんなー!」
人狼についてきたエンリコが茶化す。先刻まで実機演習に参加していたはずだが疲労の色ひとつない。程よく流していたのだろう。要領のいい男である。
「何しに来たのよー!」
「いやいや、戦友の応援に決まってるよ」
嘘だ。絶対に興味本位である。
「ぶー、汗くちゃいからさっさとどっか行って」
「えー、そんな冷たいこと言わずに、一緒にブレ君の雄姿を観戦しようよ」
「となると、さしずめ僕はホールデン博士の夢を砕く悪役かな?」
新手の声は対戦相手。ロレフ・リットニーが赤茶の髪を掻き上げている。
「やあ、狼くん。今日は正々堂々と勝負しようじゃないか」
「無論だ、操機隊長殿」
差しだされた手をブレアリウスも握りかえしている。
「硬いな。もっとフランクにいこうよ。これじゃ他人のものを奪いに来た悪役上官そのものじゃないか」
「御免こうむる。悪いがあれだけはどうあっても渡せん」
「いい感じだ。これは楽しいことになる」
ロレフは拳を合わせると不敵な表情のまま歩み去った。
「頑張ってね」
「心配ない」
青い瞳は真剣そのもの。
「必ず勝つ」
「うん」
パイロットシートが格納されてハッチが閉まる。
足下の発進スロットが開放されてシュトロン127は宇宙へと身を躍らせていった。
次回 「簡単に墜ちるわけにもいかないんだよね」




