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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第四話

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闘神の牙(6)

「で、その彼もコーネフ副司令の尽力で我が軍の正規パイロットにできたのですが」

「いえ」

 サムエルは持ち上げるが彼は謙遜している。

「特別製の新型機まで与えるとなると理由が必要になってきますね」

「そうだね、小細工しないと不満の声があがりそうだよ」

「よろしくない状況になるやもしれませんな。ホールデン博士に取り入れば専用機がもらえるなどと悪しき噂が流れてはお困りになるでしょう?」

 裏事情を知らない人間が陥りやすい理屈だ。

「アーフ操機長補は言うまでもなく優秀なのですが、周知する必要が出てきました」


 非常に生真面目な狼は、ウィーブの講義にも真剣に取り組んだ。結果、準公務官の学科も一発で合格している。


「なにか企画してくださいませんか?」

「そうですね。訓練の成果確認として実機演習でも行いましょうか? エース級と対戦形式なら皆も納得するはずです」

 パイロットの機微に聡い提案だといえる。

「ロレフ君とですか?」

「そこまでは。彼にもプライドがあるでしょうし、負けろとも言えません」

「いや、ロレフにやらせようかね」

 マーガレットが即断する。

「構わないのですか?」

「言い含めておくさ。負けてもいいけど、無理に負けなくたっていいって」


(それって煽ってますよね)

 彼女の大胆さに閉口する。


「買ってるんですね?」

「そうだねえ」

 マーガレットはニヤニヤしている。

「たぶん白兵戦じゃあの人狼には敵わない。私でもさ。ロレフがそこを割り切れば勝利の目はある。でもね、こんだけ剣術の訓練を強化したあとで白兵戦を挑まないほどあの子も落ちぶれてないだろう」

「逆にプライドが邪魔しますか」

「そうなれば勝負は分からない」


 戦隊長の口元には悪戯げな笑い。面白がっているとしか思えない。


「指揮官に恵まれなかったんですね、彼は」

「言ってくれるじゃないか。私ほど信頼できる指揮官はいないよ。負けてもちゃんと酒でも驕って慰めてあげるんだから」


 不敵な彼女にサムエルは降参とばかりに肩を竦めた。


   ◇      ◇      ◇


 惑星アゼルナの首都ディルギア。人口三千万を有する大都市の中央には支族議事堂をはじめ、国の中枢たる施設が建ち並んでいる。

 その中の一つ、三十階建ての軍本部ビルに曲剣の紋章をつけたリニアカーが乗りつけられた。二十一階から眺めているフェルドナン・アーフの目には、降りてきた若者がビルを見上げて一つ身震いし、ステップを蹴りつける様が映っている。


(戻ったか、ホルドレウス)

 彼の三番目の息子である。


 軍装に身を包んだ若者は、見送る運転手や侍従を怒鳴り散らしている。軍本部のコンコースなので人目に乏しいが、そうでなければ家の恥さらしでしかない。


(困ったものだ。此奴はあまりに器が小さい)

 叱るつもりにもならない。この三男は予備でさえなく、ただの保険に過ぎない。


 長男と次男はそれなりに優秀で彼を満足させている。競いあって次代のアーフを支えてくれるはず。


(四男か。まともに生まれていれば、より面白いことになっておったのにな)

 フェルドナンは述懐する。


 はじめは怯えているだけの幼児だった。それが長じるにつれ忍耐強くなり、何かを求めるかのごとく彼を睨むようになっていく。抜けるような青空の瞳の奥に宿った強い光が印象深く残っている。


 考えているとチャイムが鳴った。軍を束ねるアーフの支族長はロックを解除する。ドアがスライドして、強がりの中に怯えを隠した三男の顔が見えた。


「ただいま戻りました、父上」

 4mはゆうにある重厚な執務卓の向こうに座る彼へ向けた声には微かな震え。

「我が軍は善戦するも、横暴な支配者の軍勢の前に惜敗いたしました。数の暴力に屈したのをお詫び申し上げます」

「聞いている。思ったほどの損害ではないな。退きどころは間違えなかったと褒めてやろう」

「はっ、ありがたきお言葉。このうえは捲土重来を期し大戦力をもって彼奴らに思い知らせたく存じます。いま一度の機会をいただきたくお願い申し上げます」


 覆い隠そうと饒舌になっているのが透けてみえる。言葉を重ねるほどに相手を幻滅させているのに気付いていない。


(成長せんな)

 思わず鼻息が漏れる。


「軍で実績のないお前に機は与えた。これ以上を望むか?」

 冷たく言い放つ。

「お待ちください!」

「不服とでも?」

「いえ! 実はご報告申し上げたい義が!」

 鬼気迫る勢いで言い募ってくる。

「実は戦場でブレアリウスと相まみえまして……」


 さすがのフェルドナンも背筋に電気が走った。先刻思い出したばかりの四男の名がここで出てくるとは予想だにできない。


(生きていたか……)

 えも言われぬ思いが湧きあがってくる。

(アゼルナンにとって分水嶺となるこの戦いに再び姿を見せるとは何という運命の悪戯か。どう受け取るべきだ?)


「あ奴め、あろうことか同族に牙を向ける愚行を。我が軍の勇士もその復讐の炎に気おされたか、精彩を欠いてしまいました」

「敗戦の責を、無様な血族の宿命の所為にする気か?」

 不吉の(しるし)が現れたから敗退したと主張したいのか。

「い、いえ、私の敗北が撤退の遠因になったのは否めないと思っております」

「認めろ。そして、自身の名の持つ意味を重く受け止めるがいい」

「申し訳ございません」

 ホルドレウスはうなだれる。

「ただ、気掛かりなことも言ってまして」

「なんだ?」

「支族会議が何をしているか知っているのかと問い質してきましたので」


 フェルドナンの銀眼が冷たい光を帯びた。

次回 (どこまで知っている、ブレアリウス)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……三男の扱い……。
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