表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第三話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/224

生きる意味(5)

 ブレアリウスの予想は当たってしまう。言いふらされてしまったらしく、入れ代わり立ち代わりに兄たちが暴力をふるいにくる。ストレス解消の的にされていた。


「誰が生きてろって言ったんだよ! さっさと死ねよ!」


「邪魔なんだよ! お前がいるとアーフの家の名に傷がつくんだ!」


「ばれてみろ! 何が起こると思う? なんで自分が死ぬべきだって思えない?」


 一番上のアルディウスをはじめ、エルデニアンやホルドレウスもなじってくる。もっともらしいことを重ねて言うが、要は兄たちも名の重圧に苦しんでいるのだろう。それが虐待の理由足りえないのはシシルが何度も言い聞かせてくれている。


(血の繋がった家族にも望まれていない。それでも生きていたいというのはあさましい願いなんじゃないだろうか)

 そんなふうに考えることもあるが、彼女を冒涜しているようにも思えて頭から追い払う。


 虐待はエスカレートしていく。二つ上でしかないホルドレウスなど、まだ身体ができていないので打撃も弱い。すぐに刃物を使うようになり、最後には銃器を持ちだしてくる。

 さすがに生死の境をさまようような状態になる。それで発覚したのか、三人の兄たちは来なくなった。父に戒められたのかもしれないが彼には知る術もない。


「よく耐えてくれたわ、ブレアリウス。身体の調子も悪くなさそう」

 回復した彼は十歳になっていた。

「大丈夫だよ、シシル」

「じゃあ、行きましょう。あなたが生きていける場所へ」

「ここを出るの?」


 それしかない。ほとぼりが冷めるとまた兄たちの訪問を受ける可能性が高い。次は本当に命がないだろう。

 ただし以前使った通路には電子錠がかけられている。もう使えなくなっていた。


 ところがシシルの導きで前までいくと自然にロックが外れる。妨げるものは何もない。五年ぶりに吸った外の空気は夜気を孕んでいた。

 人に会わないよう野を駆ける。できるだけ危険を避けてアゼルナを脱出すべく走りに走った。


 ブレアリウスは空も飛べなければ宇宙を進むこともできない。ここを出るにはどうしても宇宙港から発たねばならないのだ。しかし宇宙港は最も人の多い場所の一つである。


 登録上、少年はすでに死人。なのに真夜中の人影まばらな軌道エレベータ発着口のゲートは彼を受け入れてくれる。物陰に隠れながら、タイミングを見計らって無人のカーゴに飛び乗った。


(ここまでは何とかなった)

 上昇するカーゴの中でひと息つく。


 しかしこの先は誤魔化しようのない場所。宇宙港はどうあっても人目がある。案の定、カーゴを降りた途端に見つかった。


「おい、お前! なんでこんな所に!」

「どうやって生き延びてやがったんだ!」

「危険よ! 不幸の使者なんて不吉だわ!」

「殺せ殺せ! 殺して宇宙に放りだせ!」


 大勢の追跡を受ける。宇宙港の中を逃げまわった。


(諦めない。行けばシシルがどれかの宇宙船に紛れこませてくれる)

 信じて突き進む。


 はちあわせになって殴られる。後ろから物をぶつけられる。足をかけられる。女性の爪で引っかかれる。堅いバッグを叩きつけられる。

 ぼろぼろになりながら駆けまわり、やっと宇宙船の昇降ゲート間近までやってきた。陰になっている場所に入りこんで息を整える。一気に通り抜けたい。


(もう少し。もう少しで生きられる場所が手に入る)


 毛皮が血に塗れて貼りつく。目の周りをこすって視界を妨げないようにだけ心掛ける。瞼の向こうに光を感じた。


 見慣れた金髪が宙を舞っている。彼女は元気づけるように頷く。


 ブレアリウスは頷きかえした。


   ◇      ◇      ◇


「それから彼女には会っていない」

 語り終えたブレアリウスは周囲を見る。

「話したのもずいぶん久しぶりだ」

「よかった……。シシルさんのお陰でブルーは生きていられたんだね。ここにいるのね。感謝しなきゃ」

「感謝など幾らしても足りはしない。俺は彼女の望みならば何としても叶える」


 彼にとってシシルは生きる意味そのもの。命を捧げても一向に構わない。


(だが、今回の望みだけは絶対に叶えない)


 彼女は自分を「殺せ」と言った。あれだけブレアリウスに死ぬなと言い続けたシシルが殺せと言ったのだ。よほどの状態でなければそんなことは言わないはずである。


(何があろうと絶対に救いだす。そのためならばこの命、血の最後の一滴までも全て使ってもいい)


 シシルは彼ならできる(・・・)と言ったのだ。どこにいるか、どんな状態であるかも分からない彼女を殺すことさえできるのならば、救うことだって可能なはずである。


「それで、あのメッセージはどんな意味なの?」

「解らない。これから調べるしかない」

 今ある術を尽くして探しだす決意を固めている。

「こ……れは……」

「はい?」


 司令官のサムエルの様子がおかしい。瞠目しているのに気付いてデードリッテも仰天している。常に冷静沈着な彼らしくない反応だ。


「極めて深刻な事態です」

 深呼吸して取りつくろったサムエルは続ける。

「速やかに解決しなければなりません。ですが、どうすれば?」

「訊かれても分からないわ。説明してくださらない?」

「全ての符号がその事実を指し示しているのです。おそらく……」


 息を飲んだサムエルは驚きの推論を皆に説きはじめた。

次回 「論拠はあります」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……もし本当に、忌み・排除すべき存在なら 感情を向けるべきでは……。 障らぬ神に祟りなし、と云いますしね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ