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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第三話

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生きる意味(2)

「すごい……」

 そんな単純な言葉しかデードリッテは放てない。


 彼女の造ったシュトロンなど軽く凌駕している。一目でそうと解る構造を、そのアームドスキンの設計図は有していた。


「これはどこから?」

 呆然としながらサムエルに尋ねる。

「貴女が描いたのではないのですか?」

「違います」

「では貴女宛てのものということになりますが、誰がこの旗艦エントラルデンの機密データとして保管したというのでしょう?」


 一般のメッセージサービスではない。軍艦の機密データベースにアクセスするとなると幾重にもプロテクトがかかっている。


「身に覚えが……、あれ? わたし、研究室で倒れて?」

 頭を整理しないと話にならないようだ。

「そう。またあの狼が抱きかかえて医務室に連れてきたわ」

「その前は、えーっと……」

「記憶が定かでないの?」

 アマンダが教えてくれるが思い出すのに時間がかかる。

「作業効率をあげなくちゃって思ってσ(シグマ)・ルーンを使って」

「ほう?」

「その途中から記憶がありません」

 興味深げに訊いているサムエルに答える。


 そこからぷっつりと記憶が途絶えている。


「脳を酷使しようとして倒れたのかもしれませんね」

 操作用ギアで負荷がかかったのではないかと主張している。

「いえ、σ・ルーンはそんな装置ではないはずですけど」

「では確認しても?」

「あ、はい」


 デードリッテの研究室は個人スペースに設定されている。監視カメラはあっても何らかの理由がない限り閲覧できない。

 彼女の許可を得たサムエルは技術士官に録画データを探しださせると自身の認証を行って再生をはじめた。そこには驚きの経緯が収められている。


「シ……シル……」

 ブレアリウスの呟きが耳に残る。


 デードリッテは全く記憶のないままに、自分とは思えない行動をとっていた。


「何が起こっていたのかはブレアリウス操機士が把握しているようですね」

 司令官は納得したように目を瞑って頷く。

「彼を呼びましょう」

「そうですな」

 副官のコーネフが狼に呼び出しをかけている。


(いいのかな? あの驚きよう)

 心がもやもやする。

(ブルーが大切に胸の内に収めているものを引っ張り出さなくてはいけないのかも)

 それでも好奇心が首をもたげてしまう自分が嫌になる。


 数分で彼は司令官室に出頭したが、やはり頭上の仔狼アバターは尻尾を両脚の間に挟みこんで三角耳の後ろに隠れている。本心では嫌がっている証拠。ただ、彼の青い瞳には諦めの色が映っていた。


「来てもらったのは他でもありません」

 研究室内の録画をブレアリウスにも見せている。

「どうやらこれの意味を説明できるのは君だけのようです」

「おそらくな」

「ホールデン博士を『シシル』と呼んでいますね? それは名前ですか? それとも何かの符号ですか?」

 的確に問い詰めていく。

「名前だ」

「それは誰です?」

「知らん」

「この期に及んで黙秘か、ブレアリウス操機士?」


 沈黙や誤魔化しではなさそうである。彼は視線ひとつ逸らさない。


「本当に知らない。厳密にいうと会ったこともない」

「意味不明だぞ。名前だと言うのなら相手が認識できているのだろう?」

 コーネフ副司令の追及に狼は頷く。

「間違いなくシシルだ」

「仕草や口調で分かるなら、会っていないというのは辻褄が合わないではないか」

「待ってください」

 苛立たしげに詰問する副司令を制止する。

「言いにくいこと?」


 ブレアリウスに優しく尋ねると首をひねっている。何と答えたものか迷っているようだ。


「会ったことはあるのだ」

 矛盾した言動。

「だが、彼女はいつも3D映像の透きとおった姿で俺の前に現れる。本人を知らんという意味だ」

「3D映像? いつ会ったの?」

「小さかった頃から。何度も」


(やっぱり生い立ちに関わってるんだ。だから口が重いのね)

 今でさえハルゼトのアゼルナンに差別されている。アゼルナで暮らしていた頃などどんな迫害に遭っていたのか想像を絶する。


「何となく理解はしました。ですが状況を整理するには君の証言が必要なようなのです。話せる範囲で教えてくださいませんか?」

 サムエルに目配せを送ると、彼は柔らかく問いかけてくれた。

「話せないことはない。聞いて気持ちのいい話ではないが」

「予想はつきます。君が『アーフ』である以上はね」

「知らないわけがないな」


(まただ。前は意味が分からなくて聞き流したけど、ブルーのファミリーネームには意味があるの?)

 以前、マーガレット・キーウェラ戦隊長も彼を「アーフ」と呼んだ。


「ねえ、ブルー。あなたのおうちは何か特別なおうちなの?」

 訊かずにはいられない。自分に身に起こったことにも通じるのだ。


(それに、純粋に彼のことを知りたい)

 デードリッテはまだそれを知識欲のようなものだと感じていた。


「俺の父フェルドナンはアーフ支族の長だ」

 思いもかけない答えが返ってきた。

「支族の長って……」

「支族会議の一員という意味です。彼はいうなれば地方一族の頂点に立つ家に生まれたのですよ」


 その家以外の者は『アーフ』を名乗れないのだと説明される。家を分けるときは別姓を名乗ることが定まっているという。狼が『ブレアリウス・アーフ』を名乗っている以上、支族長の家の出だとすぐ分かるらしい。


(そんな位の高いとされる家に生まれていてさえ差別の対象にされるの? 何て根深い慣習なのかしら)

 その仕打ちを思うと胸が痛くなる。


 悲しげなデードリッテの視線に応えて、ブレアリウスは過去を語りはじめた。

次回 (最後だ。頑張れ、ぼく。これで楽になれるんだ)

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 ……また複雑そうな……。
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