生きる意味(1)
疲れていたはずなのにあまり眠れていない。星間平和維持軍司令官サムエル・エイドリンは完全に迷路にまよいこんでいる。脱出したくとも必要な道筋が全く見えない。
(どこかの国が管理局の勧告を無視してアゼルナに情報を売ったとみるべきでしょうか?)
その可能性はなくもない。
(ハルゼトのアゼルナンの中に故国のシンパが潜んでいて流していた可能性も捨てきれません)
足元のどこかにスパイが潜んでいるかもしれない。
アゼルナは三年前からハルゼトの返還を中央管理局に求めていた。これ以上の民族分断を図るなら軍事侵攻による奪還をほのめかす当事国に中央は自制を求める。
しかし姿勢を堅持し、管理局ビルの包囲などをくり返す支族会議に対して厳重注意を行う。その時点から情報封鎖は始まり、特に軍事技術の伝達は厳しく取り締まっていた。財政破綻からの復興で軍事力強化が為されたから強硬姿勢を貫いているのだと考えられたからだ。
「なのに彼らはアームドスキン技術を持っています」
溜息とともに問題点を吐きだす。
「なにか?」
「あなたはアゼルナがどこからアームドスキンを手に入れたと思います?」
「うーん」
副司令のウィーブ・コーネフが話題に乗ってきたので尋ねてみる。
「ハイパーネットも管理局の中継制御で成り立っています。彼らにスクランブルをデコードできたとは思えません。通常手段で情報入手は困難ですね。何らかの物理メディアで持ちこまれたか」
「ですが流通制限がかかったのも二年前。真っ当な方法では無理です。密輸船でも飛ばしてましたか」
「こう考えると抜け道は色々とあるものですね」
副司令は苦笑い。
しかし解析図面くらいは入手できても独自機開発は困難であるはず。ゴート宙区のメーカーは、輸出はしても設計図は開示していない。
(独自開発できるくらいの解析をしたのに、わざわざアゼルナに売り渡す必要性がありません。自国で製造して販売したほうが利益が出ます)
辻褄が合わない。
「現実問題として、技術の粋が集まっている管理局より早く製造できるとは考えにくいのですけど」
「同感です」
サムエル以上の推論は引きだせそうにない。
「ところが実際にアームドスキンが存在しています。これはどんなジョークなんでしょう?」
「笑えない類のジョークですね」
「あなたの言う通りです。八方塞がりですか」
肩を竦める。胃が痛くなりそうだ。
「ホールデン博士が敵アームドスキンの分析を行っていたらしいので、なにか掴んでいるかもしれませんよ?」
ウィーブが進言してくる。
「そのホールデン博士の状態はどうなのでしょう? 研究室で倒れたそうですが」
「医務室で眠っていらっしゃるようです。お目覚めになられたら連絡をもらえる手筈にしてあります」
「そうですか。期待しましょう」
(過労でしょうか? 慣れない戦場での緊張感に予想外の事態の到来ですからね)
急激に精神疲労がたまってもおかしくない状況だ。
コンソールが着信を告げる。デードリッテが目覚めたのかと思ったが、相手は技術士官エミール・アウルドだった。
「どうかしましたか?」
訝しげな様子の士官に尋ねる。
「それが、艦内の機密データ上に新たなファイルが増えておりまして、閣下はご存じなのかと」
「いえ、聞いてません。中身は?」
「ホールデン博士が承認しなければ展開できないファイルになっています。ただ、あまりに大容量なので気になりまして」
妙な話だ。研究室になら独立系のメモリーがある。知的財産に関わるファイルならそこに納めるだろう。これ見よがしに置いているのは意味がありそうだ。
「分かりました。と……、今博士がお目覚めになられたそうです。可能ならお越しいただくので、あなたも来ますか?」
届いたメッセージを確認して技術士官に尋ねる。
「はい、個人的な興味でしかありませんがご一緒させていただければ」
「では司令官室に」
容態を確認がてら尋ねると、彼女は司令官室まで来てくれるという。到着してみればお守り役まで一緒だった。
「無理させたら駄目なんだからね?」
「理解しているつもりですよ、グロフ医師」
艶っぽい女医が片眉をあげて指を突きつけてきた。艦医のアマンダ・グロフである。
「ディディーちゃんを酷使して何させる気なんだか」
「そんな気はないんですけどね」
「そんなこと言って、期待を寄せたら真面目な子は頑張ってしまうものなの!」
彼女は一流の医師。機嫌を損ねると問題になるのでサムエルでも頭が上がらない。
「アゼルナのアームドスキンの分析はどうですか?」
「えーっと、まだあんまり……」
「ご無理なさらないように。それでこちらに心当たりは?」
やってきた技術士官が言及していたファイルを示す。
「へ?」
「ご存じではないのですか? 博士の承認がないと開かない設定になっていますが」
「何これ?」
全く覚えがないようだ。不気味である。
「どうなさいます?」
士官が訊く。
「開いていいのかな?」
「どうぞご随意に。僕では手が出ません」
視線で問うデードリッテにはそう答えるしかない。
「じゃあ開きます」
彼女の認証が通り、大容量ファイルが展開を始めると幾つもの投影パネルが立ちあがって表示を瞬かせた。
「これは!」
そこに映しだされたのは見たこともないアームドスキンの設計図だった。
次回 「この期に及んで黙秘か、ブレアリウス操機士?」




