さまよえる魂(9)
惑星アゼルナ近傍に通常空間復帰した艦隊は、星間平和維持軍が八十隻、ハルゼト軍が四十隻を数える。タッチダウンを示す重力震は探知されているはずなので、いずれ惑星圏防備の艦隊が接近してくるであろう。
GPF司令官サムエル・エイドリンはアームドスキンの圧倒的な戦闘力を用い、一気に攻め寄せるつもりである。支族会議も一方的な損害を目にすれば降伏するであろうと企図してのこと。
「ほぼ全機がシュトロンです。これまで通りの砲撃戦も可能なら、白兵戦闘も可能。アゼルナには降伏の選択肢しかありません」
副司令のウィーブ・コーネフも保証する。
「そう願いたいものですね。結束力の果てに徹底抗戦を宣言されたらこちらも苦しい。焦土作戦など遠慮したいものです」
「大気圏下での実戦はまだですが、本拠であるあの宙区では重力下戦闘でこそその真価を発揮するとされているようですが」
「その真価は民間人にも及ぶ可能性を示唆しています。それを避けたいと言っているのです」
壮年の副司令は片眉をあげる。
「GPFは現場が主たる任務地です。閣下のお考えより泥臭いものです」
「ここ数年で痛感しました。ですが、僕が活きるのも現場だと思うのです」
「おや、星間軍には惹かれないと?」
不動の姿勢だった彼が揺らぐ。
「意外ですか? 編成計画に機材・人員の配分、部下の申し出の処理、演習計画の立案だけで日々が過ぎていくなど暇でしょうがありません」
「それで今より高い評価とギャランティが保証されるのなら勝るものはないと思われますが」
星間軍は不動の軍隊と呼ばれている。精鋭が集められ、比類なき戦力を有する。それが星間銀河圏における抑止力の象徴である。
仮にどんな圏外戦力が侵略してこようが、大国とされる惑星国家が傍若無人を働こうが、いざGFが出動すれば速やかに解決するのが決まり事でなくてはならない。
ところが現在それが揺らいでいる。副司令も示唆したゴート宙区の存在。あの宙区の国家が連帯して動けば、GFでは持ち堪えられないのではないかと一部の専門家に揶揄されているのだ。
その状態の解消のために『銀河の至宝』まで動員された。今回の案件は勝ち方まで問われているのである。
(それが泥沼の戦闘になったりしたらどうです? 僕の評価なんて地の底まで落ちますよ)
サムエル自身は気にしなくとも周りはうるさいだろう。
「貴官が上を目指しているのでしたらここが正念場です。部下の努力を祈ることですね」
言葉に笑みを含める。
「まるで結果が私の人徳を表すとおっしゃっているようですが」
「そう聞こえましたか? これは失礼」
軽口を交わすのはお互いに自信があるからである。
この戦闘は勝利を約束されたもののはずだった。
◇ ◇ ◇
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
無線からシステム音が聞こえる。ブレアリウス機に続いて戦友たちもアームドスキンと同調状態になっているようだ。
「いやいやー、人型機動兵器で白兵戦やるとか正気の沙汰じゃないよね」
エンリコの文句は本音か強がりか分からない。
「実機シミュレータに齧りつきだったあんたの言うことじゃない」
「だから言うんだって。射線見きわめてる時間もない距離まで接近するとか半端ないじゃんさー」
「距離を詰めれば相手は何もできん」
力場盾の隙間を狙ってビームランチャーを突きつけあう必要もない。通り抜けざまに腕を一振りするだけで終わる。
「ブルーの言ってる通りだよ」
最近はメイリーまでそう呼ぶようになった。
「リフレクタに力場剣叩きつけて怯ませたら、ひと蹴り入れて体勢を崩したあとは何とでも料理できる。こんな楽な仕事はない」
「姉さん、暴力的ー」
「普段女の子は付き合ってからが勝負とか言ってる奴がなにビビってんの? アームドスキンは入りこんだら勝負ありなのにさ」
彼女は自分なりの戦闘パターンをシミュレーションできたらしい。
「はい、簡単簡単。まばたき一つで星になっちゃう距離も平気って豪気だねー」
「これからの時代、それが怖けりゃ廃業しかなさそうじゃない?」
「ごもっともで。あくせく働きたくないなら覚悟するしかないのねー」
口では何だかんだと言っても器用な男だ。すぐに慣れるだろうとブレアリウスは思っている。
「ほら、スタンバイかかったよ。準備しな」
機体下の発進口が開放されてエアシールドの帳の向こうに真空が広がって見えた。
「うへぇ、カウント始まった。緊張するー」
「シュトロン127、ゴースタンバイ」
「127、了解」
通信士からの指示に返答する。
「宇宙の狼さん、いってらっしゃい」
「いってくる」
(せっかくディディーが理由をくれた。結果を出さねば恥をかかせる)
そこまで考えて思いなおす。
(違うな。俺はまだ彼女と一緒にいたいだけだ。泣かせたままで死ぬわけにはいかない。ならばやることは決まっている)
自分のためと親身になってくれる娘のために戦い抜くのだ。亜麻色の髪の娘がいいと言うまで。
誰かに背中を押されて戦場に向かうと、こんなに身が軽く感じるとは思わなかった。さまよっていた彼の魂に受け皿ができたのは純粋に嬉しい。あとは勝利を捧げるだけ。
そうすればデードリッテはまた階段を上っていくだろう。その背中を見送ることができれば達成感も感じられる。ひと時をともに過ごした男を頭の片隅にでも置いていてくれれば十分に報われる。
「おっとっと、敵さん、やる気満々だね」
「当り前さ。連中、故郷を背負ってる。でも加減する筋合いはないね。頼むよ、ブルー」
「了解だ」
狼は疑似的な風を感じながら真空を飛んだ。
次回 (なぜ選択を誤った?)




