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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
エピローグ+
223/224

人狼たちの行く末

 アゼルナ紛争から五年の星間宇宙歴1434年。


 戦闘艦シシラーレンの艦橋(ブリッジ)にはブレアリウス・アーフの姿がある。頭の右横には二頭身美女アバターが浮いており、その周りを仔狼が駆けまわっていた。


「調べもの?」

「ちょっとな」


 当然のようにブースの一つには銀河の至宝デードリッテ・H・アーフが座っている。彼女は夫が輪環型σ(シグマ)・ルーンで表示させているパネルを自分のところにも引っぱって中身を確認した。


「アゼルナ、統制管理が明けるんだ」

 そんな経済ニュースが流れている。

「準備期間に入っただけだ。これから二年、直接国交を結ぶ国が立候補してくる。管理局の審査が入るがな」

「どこも恐るおそるじゃない? だって『沈黙のアゼルナ』だもん」


 かの国は一大産出国に成長していた。統制管理国として直接交易は行われないが、管理局を介しての間接輸出が活発だったのだ。なので経済はむしろ成長するという珍事が起きていた。その経済力がいよいよ沈黙を破るときが来ようとしている。


「意外だったよね? まさかアームドスキン建造に禁止がかからないなんて思わなかったし」

 耳を疑ったものだ。

「たしかに嘆願はしたが、俺の声にそれほど効果があるとは思えん」

「管理局も総合的に判断したんじゃないかな?」


(星間銀河初の協定者の意見に配慮が働かなかったなんて思えないけど)

 デードリッテは心の中で失笑する。


「あそこなら素材採掘精製から建造まで可能だし、技術力も生産力もあるもん。(G)(F)が一手に引き受ければ配備が円滑になるから」

 アームドスキンの配備は急速に進んでいる。

「お陰で皆が苦しまずにすんだ。君も声をかけてくれたんだろう? ありがとう」

「一応、こうすればって話はしたけど許可するとは思わなかったよ」

「そりゃあ『銀河の至宝』の意見ならね」

 エンリコがふらっと現れる。

「GPF特例技術顧問にして星間銀河学術協会副理事長様がのたまったのなら受け入れなきゃ」

「こーら、そんな言い方よしなさい。あんたも一児の父になったんだから多少は腰が据わってもいいものを、いつまで経ってもふわふわして」


 続いて入ってきたのはメイリーだ。彼女はこの艦の機動部隊長である。


「許してちょーよ。こうでもしなきゃやってらんないじゃん」

 優男は不平を垂れる。

「一番可愛い盛りの愛娘を後方に残して出撃かかるなんてさ」

「でも、ユーリンはあんたの面倒まで見なくてすむからきっとホッとしてるわ」

「いやいや、それやめて。傷付くから」


(メイリーのほうは今のとこアームドスキンと出世が恋人かな。そんな生き方もあるよね)

 それで満足げなので構わないと思う。


「そうそ、子育てって大変なんだから。おっきな子供は邪魔なだけ」

 エンリコをからかう。

「ディディーちゃんまで? まるで子供育てたことあるみたいに」

「わたしにはいっぱい子供がいるもん」

「ホールデン基金ね。人間種(サピエンテクス)との融和は進んでも、あっちのほうはなかなか?」

「どうしても古い慣習はね」


 アゼルアン社会に急速に人間種が入りこんでいても、慣習というのは根深いもので簡単には改まらない。今でも産まれた先祖返りを育てるほどに社会は変わっていないのだ。

 その受け皿になっているのがホールデン基金。先祖返りを育てたくない夫婦は管理局ブースに連れてきて引き渡す。その子たちを基金の職員が育てていた。デードリッテは彼らの母親のつもりである。


「充実した施設で愛情豊かに育ててるみたいだけど、色々噂もあるのよね」

 メイリーがブースの縁を指で弾く。

「最先端の教育もしてるって。とんでもなく優秀な子が育つんじゃないかって注目されてるわよ?」

「そういうふうに誘導してるもん」

 怪しげな笑みをみせる。

「先祖返りは劣等特性じゃないって証明できれば、親元を離れないですむ子が増えてくるから。うちの子たちには銀河中で活躍してもらうんだもん」

「ディディーちゃんには敵わないね」


 少しずつ変えていくしかないものもある。デードリッテは時間をかけてやっていくつもりだった。


「それはいいが、君は親元には帰らんのか?」

 狼は心配げ。

「帰らな~い。父さんも母さんもブルーが頼りになるって分かってるから」

「しかし、出産となると俺にできることはない」

「あら、ディディー、できたのね」

 にっこりと笑う。

「えへ~、本当のお母さんになるんだ」

「おめでとう!」

「おめでとさーん!」


 祝福の声がほうぼうからあがる。戦闘艦の中だってちゃんと人間関係はできる。出産だって子育てだってできないわけがないと彼女は思っていた。


『すみません。旗艦エントラルデンから通信です』

 システムナビでさえ声をひそめる。

「喜ばしいニュースのところ申し訳ないんですが間もなく到着です。準備をお願いできますか? 艦隊を組んだままで直接降下しますよ」

「了解した、司令官殿」

 サムエルの乗るエントラルデンを始め、反重力端子(グラビノッツ)搭載型戦闘艦が主流になりつつある。

「オコロ教団とかいう原理主義的なテロ組織ね。アームドスキンまで持ちだすとか、どれだけ稼いでんだか」

「たいしたことない。このシシラーレンは万全だ」


 シシルの身体はこの戦闘艦の中。ブレアリウスは身近にいてくれれば守れると彼女を説得した。


「二日で終わらせるぞ」

「ほいほい、頑張りますよ。ぼくも早くカノッサちゃんのところに帰りたいし」

 エンリコに続いてメイリーも口を開く。

「じゃ、行くわよ、ブレアリウス戦隊長」


「俺はあんたの期待の応えられたのか、フェルドナン」


 そう独り言ちた狼の背中にデードリッテは抱擁を送った。


<完>

最後までお読みくださりありがとうございました。

あとがきが同時更新されておりますので、よろしければどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完結おめでとうございます! (なかなか完結に合わせて感想が送れなかったですが、やっと……) 八波さんの小説はおても心地のよい読了感ですね。 エンリコさん、立派にパパやってますねぇ! ディ…
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