さまよえる魂(7)
電波攪乱物質ターナ霧を使用していないので、ブレアリウスたちは割り当て宙域までナビスフィアに頼らずとも移動できた。僚機が感謝を伝えている。
「少し離れてるけど、隣は射撃可能エリアだから気をつけて」
「はいはーい、これ終わったらデートしようね、ユーリンちゃん」
「遠慮しとくー」
エンリコが通信士にふられている。
「じゃあ、あたしとする?」
「メイリーさんかぁ。考えちゃう」
「おいおい、そこで悩むの?」
軽口の応酬もそこまで。
ブレアリウスは遠くビーム光が筋を引くのを目の端に捉えながら、メイリーとエンリコがビームランチャーの弾液ローダーの装填や力場剣の展開手順の確認をするのを見守っている。そのあとは編隊飛行訓練をメイリーが納得するまで行った。
「癖が強いね、このアームドスキンってやつは」
「うんうん、乗りこなすのが大変そうなじゃじゃ馬かもね。アゼルナまで跳ぶ前まで実機シミュレータと仲良しになんないと駄目かな」
傭兵協会のパイロットである彼らはユーザーに合わせて様々な機体に乘る。乗り換えるのには慣れているはずなのに、勘をつかむのに苦労しているようだ。
「一応は感触も味わったし、時間もないからもうひと流ししたら戻るよ」
「了解した」
「あいあいー」
所属艦である旗艦エントラルデンへ向けて円弧を描くように飛行する。望遠で大振りな戦艦の姿が確認できたあたりでヒゲがちりちりとするような感触を覚えた。
「回避!」
「んなっ!」
三機が綺麗に散ったところでビームが通過する。実戦出力の破壊の光が宙を裂いて通りすぎていった。
「やってくれるね。油断してた」
「狙われてたかぁ、やれやれ」
「すまない」
二人にも動揺はない。
「謝るな。さっさと戻るよ」
「ほいほーい」
警戒しつつ編隊を組んで加速した。
◇ ◇ ◇
(事故?)
デードリッテは一瞬そう考えた。
望遠で追っていたブレアリウス機の傍をビームが通過する。一見、ハルゼト軍が射撃訓練を行っていた宙域からの流れ弾なのだと見えた。
(違った! 空気が変わった!)
旗艦の艦橋がざわめいている。
「射線の元を確認急げ。通信士、抗議の意を伝えろ」
艦長が殺気立っている。
「映像解析完了。ハルゼト機であるのは確認できますが、機体番号までは読めません。どうなさいますか?」
「またか。司令官閣下に私から報告は上げておく。データ揃えておけ」
(また?)
不安を感じさせるひと言。
「ブルー?」
回線を繋げる。
「見ていたか」
「大丈夫?」
「問題ない。放っておけ」
(そんなこと言っても……)
彼は「すぐに戻る」と言っているが落ち着いてなどいられない。
「繋がるかな」
呟きながら、事情を知っているらしい司令官サムエルをコールしてみる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、よかった。忙しいところをすみません。今、ブルーのシュトロンが流れ弾を受けたみたいで」
一瞬、金色の瞳が細められて凄みを増す。
「懸念はしていましたが、ホールデン博士まで不安にさせるとは深刻ですね。すぐに対処します。のちほど報告を」
「お願いします」
(深刻って故意なの? まさかそこまで?)
ハルゼト機ならパイロットはアゼルナンの可能性が高い。その意味にデードリッテは身震いする。
◇ ◇ ◇
「注意はしたつもりだったんですが」
サムエルは通信先のハルゼト軍司令官に告げる。
「ご理解いただけなかったみたいですね」
「聞いてはいる。こちらでも周知するよう通告はしているが、末端まではなかなか徹底できないようだ」
「統制を放棄されているような言動はいただけません。連合するこちらの身にもなってもらえませんか? 配下の兵が後ろから撃たれているのですよ?」
事の重大さを訴えるが響く気配はない。
「お若いので理解が及ばんらしい。兵士、特にパイロットというのは験担ぎにはうるさいものです。不利になりそうなものを戦場から除きたいのでしょうな」
「その発言は人権を無視していますよ?」
「お気になさらないことです。元より居ないはずの者ですよ?」
(そこまで言いますか。これはホールデン博士が肩入れしているからとか、そういうレベルでの処理ではすまされないようですね)
冷静な対処を心がけるサムエルでも、胸の奥の不快感を放置できないほど。
「理解しました」
「ようやくお分かりいただけましたか」
ハルゼト司令官は、してやったりの面持ち。
「そこまで自国文化を前面に押し立て、民族主義を主張なさるのでしたら、本件はアゼルナ民族の内紛という認識でよろしいですね?」
「それは……」
「仲裁申し立てがあり、管理局が自由経済圏として認証するハルゼトが脅威の対象となっているので我々GPFが派遣されたのです。問題解決にあたる戦力を民族文化に干渉するなという理由で排除したいとおっしゃるのなら、これは内紛と貴官は理解なさっているのでしょう」
「いや、お待ちを……」
「では私のほうから中央管理局には報告しておきます。撤収準備で忙しくなりますので、離任のご挨拶はまたとさせていただきます」
顔面を覆う毛皮の所為でハルゼト司令官の顔色は分からないが、素振りに動揺が表れている。
「どうかお待ちいただきたい!」
大声で吠えてきた。
「考え直してください。貴官の配下に損害を及ぼすことを厳に慎むよう通達いたしますので」
「部下の命が最優先ですけど、機材も重要な管理局の資産なのですよ?」
「も、もちろん!」
駄目押しに彼は怯えている。
「今後もご協力の旨、お願いしたい」
「理解いただけたようで何より。ではアゼルナ攻略作戦の準備が整い次第、また連絡いたしますので」
(それでも民族主義を曲げるとは口が裂けても言いませんか。彼らにアームドスキン本体を絶対に渡せませんね)
いつの間にかアゼルナまで技術流出が起こってもおかしくない。
サムエルはこれまで以上に警戒が必要だと胸に刻んだ。
次回 「ちゃんと話したいと思って」




