人狼たちの戦場(11)
至極ゆっくりと行軍してきた星間平和維持軍部隊もディルギアを近く望む場所まで到着する。ここまで国軍の攻撃はない。
少し前まで人の波が地上を行く様子が見られたが今はまばらになっている。その人々も、空を行くアームドスキンの部隊に気付くと駆けだす。戦闘に巻き込まれたくはないのだろう。
「ほぼ制圧されたみたいですね」
支族会議派との戦闘は収束しているように見える。
「終わってはいるようですけれど……」
「見るも無残という感じですが」
「はい」
タデーラは絶句する。
崩れ落ちた高層建築の群れが憐れを誘う。派手な火の手は確認できないが無数の煙の筋が棚引く。きな臭い匂いがここまで漂ってきていそうだ。
ところどころにぽっかりとクレーターが生まれている。アームドスキンが地上で爆散した跡なのだろう。薙ぎ倒された家々が痛々しい。
「正気の沙汰とも思えません」
「正しいと思っているのは本人だけでしょう」
スレイオスを指す。
「ああいった類の人間は浄化とか粛清とか平気で口にしますからね」
「どれだけの思いが込められて作られたかも知らずに」
「その割に生みだすのは下手な人種です」
このあとの苦労など考えもしない。ただ理想だけを語って突き進むのみ。
「仕方ありません。警告はしましょうか」
「ターナ霧戦闘濃度です」
電波は使えない。
「直接彼と話しましょう」
「はい。システム、呼び掛けを」
『回線をスキャンします』
相手が受け取るであろう超空間回線を探す。しばらく待つと接続の表示が出た。
「あなたですか、スレイオス・スルド?」
「私だ」
開いたパネルに金眼の狼の顔。
「ようこそ人狼たちの戦場へ」
「警告します。兵器を停止させてゴート遺跡を引き渡しなさい。十分な戦力を掌握できてはいないのでしょう?」
「さあ、どうだろうか? この遮蔽物だらけの場所にどれだけの戦力を置いていると思う?」
思わせぶりなことを言うが、この惨状を作りだすのにそれほどの数は必要としない。
(虚勢でしょうか? たしかに突入を命じるのは躊躇う戦場設定ですけど)
市民がどこに命からがら隠れているか分からない。無闇な発砲はできないし、アームドスキン同士では爆散させるのもするのも避けなければならない。難しい戦場になる。
「我々が市街地戦ができないと思ったら大間違いですよ? GPF隊員なら相応の訓練は積んでいます」
「では、やってみるがいい。アームドスキンの性能が制限される隘路でも戦えるというのならばな」
臆する気配もない。
「徹底抗戦ですか。利口な選択ではありませんが。自分が戦術では素人だと自覚すべきです」
「ほざけ。勝機など微塵もないと思い知らせてくれよう」
「降伏しなさいよ! どんなに強がったって追い込まれてるし、誰の支持も得られていないんだから!」
黙っていられなかったのかデードリッテが口を挟む。らしくもない口調で噛み付いた。
「おや、博士もご同道だったか」
「戦死する人ばかり増やしたってなにも手に入らないもん!」
「そうでもない。お前も私の本当の力を知ることになる」
口元が笑みに変わる。
「現実を知ったときにどれほどの口が叩けるかな?」
「現実が見えてないのはどっち? レギ・ソードに傷一つつけられる機体なんていないのに」
「では、証明してみせよう。掛かってくるがいい」
(根拠のない自信ではなさそうです。警戒させねばなりませんね)
哄笑のあとに通信を切ったスレイオスの面持ちが気になった。
(ディルギアに何があるというのでしょう?)
不気味な反応にサムエルは戸惑いを覚えていた。
◇ ◇ ◇
「ベハルタム、猿どもを黙らせておけ」
「了解」
「私はアレイグの最終調整を行う」
投影パネル内のスレイオスの向こうには脚部が見えている。距離感もあるだろうが、スケールが異常なのは誰にでも分かる。
「焼くぞ?」
ディルギアを、という意味。
「好きにしろ。ここはもう使えない」
「なら難しくない」
「やれ。ではな」
通信を終えるとベハルタムはオポンジオを起こした。
◇ ◇ ◇
先行して中継子機が上空に侵入するとビームが集中する。機敏に躱して戻ってくるも、データ解析するまでもなく相当数のアームドスキンが伏せられていると予想できた。
「やれやれ、平気で撃ってくるねぇ」
エンリコがこぼす。
「首都を放棄する気なのよ。そのつもりでいきなさい」
「そのつもりもどのつもりも、ぼくの狙撃が使えないんじゃどうしようもないんだけど?」
「なんなら、あんただけ上空に入ってもいいわよ。あたしは弾幕ゲームは好みじゃないからよしとく」
(低く侵入するしかないな。的になるだけだ)
ブレアリウスは心の準備をする。
ビームランチャーは無闇に使えない。建造物の破壊を最低限に抑えようとすれば使用できるのはブレードがメインになる。スペースも限定されるのであまり大立ち回りもできない。
リレーからの映像分析データがくる。高層建築の影にボルゲンやアルガスの影が確認できてマーキングされるが、もうそこにはいないだろう。
街の破壊痕から赤外線は使いものにならないと分かる。動体センサーの感度をあげてレギ・ソードの両手にブレードグリップを握らせた。
「攻撃開始する」
ナビスフィアから侵入許可が出る。
「いきなさい」
「ついてくよー」
ブレアリウスは僚機を後ろにディルギアへと分け入った。
次回 「さーて、パーティーのはじまりはじまり」




