人狼たちの戦場(8)
後日、サムエルはハテルカヌ支族長ロナルタスの訪問を受ける。緊急物資の配布と医療支援に対する謝意を伝えに来たのだ。
「ここは皆に習って『ありがとう』と言っておこう」
壮年の人狼はユーモアを交えて伝えてくる。
「どういたしまして。快く受けてくださっただけでなく、足まで運んでいただけるとは思ってもいませんでした。良い機会になればと」
「貴官らが感じているより支族会議の結束は固い。必ずや他の支族長にも伝えよう」
「僕としては誠意が伝われば十分です」
彼の言にロナルタスの耳が前に寝て迷いを表す。鼻息を一つ吐くと言葉を紡ぎはじめた。
「ここまでしてもらって悪いとは思うのだが協力は控えさせてほしい。他の支族の中には恨みを募らせている者も少なくなかろう」
「無意味な衝突が避けられるだけでいい。僕はそう思っています」
サムエルは本意を伝える。
「現時点での内紛は悲惨な結果しか生みません。こちらも遠慮していただきたい事態です」
「そう言ってくれると助かる」
「問題としているのはスレイオス・スルドです。彼を止め、ゴート遺跡さえ奪い返せれば本件は任務完了となります」
安堵したのか、ロナルタスは破顔する。それからは終始にこやかにキャンプの取り扱いなどに関して話した。
すでに本格的な医療チームが到着して支援をはじめている。警護部隊は付いているが、もしもの時のサポートだけはお願いしておいた。
「こんなに愉快に人間種と話せる時が来るとは思わなかった。俺らは今までなにをしていたんだろうな」
馬鹿らしいと言わんばかりに首を振っている。
「ちょっとしたすれ違いだと思います。たしかに人間種の中にも不埒者は多い。あなた方はそれをひと括りに受け取ってしまった。僕たちも理解を深める努力を怠った。強いて言えば偏見がそうさせてしまったのでしょう」
「無駄に死なせてしまったな。収まりが付いたら俺も引退だ」
「責任を感じているのでしたら引退すべきではないでしょう。あなたのような方はもっと違う責任の取り方をなさるべきだと思います」
できるだけ真摯に告げる。
「いたいとこを。そうだよな。他の奴に背負わせていいようなもんじゃないな」
「便宜上、いくらかの不便は我慢していただくよりありませんが、尊重すべきものは尊重するよう口添えするつもりです」
「体裁は必要だしな。統制管理国指定は免れんか」
どちらかと言えば吹っ切れたような口調。政治家というより親分といった気性だ。フェルドナンも似たような空気を纏っていた。支族長はそういった人物のほうが多いのかもしれない。
「世話になった。すまんが、あの道理の分からん若造をとっちめて、若い連中の目を覚まさせてやってくれ」
「全力を尽くしましょう」
サムエルはロナルタスとがっしりと握手した。
のちに『ハテルカヌの和解』と呼ばれる会談である。
◇ ◇ ◇
わずか数日で完全に風貌が変わってしまっている。目の下にはどす黒いクマが刻まれ、頬はこけて唇はひび割れていた。
シシルが知っている限りアシームは眠っていない。食事どころか水分さえろくに摂っていないとなれば、そんな有様になるのも当然。幾度となく注意はするも、まったく聞く耳を持っていない。
「嫌だ。食われるのは嫌だ」
そんな呟きを何度も聞いた。何が起こったのか訊いてみたが明瞭な答えは返ってこない。彼はただ、ずっとシシルへの強制アクセス作業をくり返している。しかし、そんな体調での作業など成功するはずもなく、時間だけが過ぎていく。
『衰弱して倒れてしまいましてよ?』
「噛み裂かれて死ぬよりマシだぁ」
それとなく察する部分はある。だからと言って彼女にどうにかできる問題ではない。相手がスレイオスなら本当に実行しかねないと思っているから。
『無駄ですわ。もうお休みなさい。本当に死んでしまうわ』
「死んでなるものか。銀河最高峰のこの頭脳が失われるなど許されない」
自負だけは残っている。
『わたくしと違ってあなたの脳は休養なしには働けないのです』
「劣ってなどいない。凌駕してみせればいい」
『構造が違うと言っているのが分からないのかしら」
彼は息を荒げている。興奮状態でなければもう睡魔に抗えないのであろう。
「もういい」
アシームは装具を取りだした。σ・ルーンだ。
「選別する作業などやめだ。全てをこの頭脳に受け入れればいい。そうすれば自由自在じゃないか!」
『なにを……』
σ・ルーンを装着したアシームが管理卓を操作する。マニピュレータの先に取り付けられた放射線トーチが彼女の外殻に向けられた。そこから発せられた放射線ビームがバイオチップを焼いていく。
『あああっ!』
消失を痛みとして感じる。
「邪魔なものは消してやる。深層部に直接アクセスさせろ!」
『おやめなさい! それをやったら!』
「これで全ては私のものだぁー!」
アクセス端子が打ち込まれた。それは直接彼のσ・ルーンへと繋がっている。シシルの持つ情報、膨大な量の技術はもちろん、様々な文明の歴史や途方もない長い時間に蓄積された彼女の記憶も流れこんでいった。
「ぎゃああー!」
『遮断しなさい!』
「するもの……か。ぎえっ!」
奇妙な悲鳴を最後にアシームは倒れる。床に身体を打ちつけても声一つあげない。痙攣をくり返していた身体は徐々に収まっていった。彼はよだれも鼻水も垂れ流して、ただ目を見開いているだけ。
(愚かな……)
シシルは二度と自力で立つこともできないであろう男を静かに見つめていた。
次回 「因習に従って繁栄の道を閉ざせと?」




