人狼たちの戦場(1)
「テネルメアは何をした?」
スレイオスはカメラに向けて訴える。
「支族会議の頂点たる立場にいるというのに星間管理局に膝を折ろうとした。民族を見捨ててだ。これは裏切りである!」
彼は支持者の前で演説を行っている最中。まずは自らの正当性を明確にしなければならないのである。
これまでの経緯を説明し、納得を得ようとしていた。眼前の観客である支持者はその主張に呼応して歓声を送ってくるが、それがアゼルナ全土に及ばなければ意味がない。
「であるからして私は議長を止めなければならなかった。度重なる再考の懇願は受け入れられず、我らは人間種の風下に立つ恥辱の一歩手前まで行っていたのだ」
拳を固めて前にかざす。
「許しがたい蛮行である。やむなく強硬策を取らねばならなかったが、これは私の本意ではない。本来は支族をまとめる方々の賛意を受けての行動なのが正道。足りない時間に涙を呑んで決断した」
どうしようもなかったのをアピールする。スレイオスに権限がない以上、第三者的に見れば暴走であるかに映ろう。しかし、心底から民族を思っての行動であるのは間違いがない。
「事後承諾になったのは申し訳なく思うが理解してほしい。行動なくして未来はないのだ。我らアゼルナンの本当の未来は!」
強調すべきポイントは外せない。
「決して劣ってなどいない。むしろ勝っているのだ。もし人間種にアゼルナンが劣っているとすれば繁殖力くらいであろう。私はそう確信している」
アゼルナンは優性民族である。それが彼の主張の根幹。それを証明するためなら何でもやるつもりだった。
「戦況が芳しくないのは事実。だが、それはどういうことか? それは人間種が先駆者であるのをよいことに、技術を恣にしているからである」
非難するように腕を振った。
「甘んじてなどいられないと私は思った。だから人間種に混じってでも技術を吸収してきた。その結果がこれだ。圧倒的な戦力を前にしても一年以上も戦えるのが証左である。皆が知るように、この手の中にはゴート遺跡もある。どうして敗戦の辛酸を舐める必要があろうか?」
和平などスレイオスには考えつきもしない結論。もし、あるとすれば管理局側からの申し入れでなくてはならない。アゼルナンの権限を大幅に認めたうえでのそれになる。
「技術さえあれば我らの覇道を阻む者などどこにもいない。それは奇しくも星間平和維持軍が証明してくれているではないか」
敵方を表して天を指す。
「奴らはどうだ? その戦力の中心に同じアゼルナンを置いているではないか。それも野生の本能しか持ちえない者を。裏切り者の先祖返りごときがGPFを支えているのだとすれば、本来の力を持つ我らがどうして敗北などしようものか? 答えは否である。勝利は約束されているのだ」
思い知らせなくてはならない。彼の中ではもうそれが義務だと感じられていた。
「立て、民族の戦士たちよ! 栄えある未来のために今は戦うときである! 子々孫々の繁栄のため、今こそ牙を剥くときなのだ! キュベド アゼルナ!」
「キュベド アゼルナ!」
「キュベド アゼルナ!」
歓呼がこだまする。スレイオスはそれに手を挙げて応えた。
◇ ◇ ◇
スレイオスの演説は意図的に拡散されているので当然エントラルデンでもキャッチしていた。その内容を聞き終えたサムエルは失笑を禁じえない。
「分からないものですね」
理解不能とばかりに手をひらひらさせる。
「自由主義社会にどっぷり浸かって生まれ育ったアゼルナンが民族原理主義に染まりますか。なにが彼をそうさせたんでしょう?」
「だからこそかもしれませんな。意識の底に目に見えない隔絶を抱えていると、享受する豊かささえ施しに感じてしまうのではないでしょうか」
「たしかに」
ウィーブの意見には頷ける部分がある。
「その闇が具現化したのが民族統一派でありハルゼトを歪めていた。そう考えてみれば納得できなくもありません。原理主義勢力がじわじわと政府近くに浸透していき政権を握るにいたったから現状があるのでしょうね」
「おそらくは」
「ですが、こんな演説が民族主義者の糾合に繋がるでしょうか? 根本的な仕組みであった支族会議を無視し強硬姿勢を取った人間に求心力があると考えるのは浅慮としか思えませんが」
やるのならば、もっと時間をかけなければならなかったとサムエルは思う。支族会議あるいは支族長の支持を得て行動しなければ体制が揺らいでしまう。議長という地位にあった者を排して自分が後釜に座ろうというのを許しはしないのではないかと考える。
「彼は民族原理主義に傾倒するあまり、革新的な思想を誰もが理解するものと勘違いしたようです」
人物分析を説く。
「慣習的な政治体制が常となっていた状態に、急進的な思想を投じれば反発があるかもとは考えなかったのでしょうか?」
「保守的なものですな。とかく老人というものは」
「説き伏せるのは無理でしょう。掲げているのは理想論であって実証はこれからというもの。それでは人はなびかない」
懐柔するのには時間を要するだろう。
「理解できないのでしょうな、むしろ異端は自分であることに。こうも民族を思って行動しているのに受け入れられないかと」
「それでも若者はそんな進歩的思想に熱狂しやすい。彼を支持する層も必ずや生まれてしまうのが一番の問題なのかもしれません」
「頭が痛いですな」
ここからは泥沼の戦いになるとサムエルは考えていた。
次回 「わたしが一番乗り?」




