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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第二話

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さまよえる魂(5)

 アゼルナンは発生以来、種の拡散は遅かったとされている。

 他に類似の狼系進化種が存在せず、種族抗争に縁がなかったのも一つの要因であろう。似たような時期に発生してきた猿系進化種など彼らにとって餌でしかなかった。


 同じ肉食獣を駆逐しつつ徐々に勢力を拡大させていったアゼルナンは、元の群れ社会を継承する形の体制を維持した。言語を得る頃には原初の海洋性森林に生息していた群れを基本の部族とし、そこから派生した数々の群れを支族と呼称するに至っていたようである。


「そこまではぎりぎりわたしの専門分野なんですけど、以降となると政治学のほうになってしまうので詳しくないんです」

 興味を抱いて手を出すにはあまりに深い分野なのだ。

「ある意味十分な知識です。彼らはそこから大きな変化をしませんでした。人口が増えるだけ支族が増えていっただけなんです」

「そんなことがあり得るんでしょうか?」

「成立したみたいですよ」


 通常、体制というものは変転するもの。集権体制から始まって、社会主義や民主主義などの多様性を持っていく。社会の変化が意識の変化に反映されて新たな政治体制を生みだすのだ。


「不思議」

「それだけ結束が強かった。群れの長は強くおおらかでなくてはならない」

 ブレアリウスが補足をくわえてくる。

「そうでないと滅ぶ?」

「元より実力主義なのだ」

「血統より実力なのね。狼の群れの性質をそのまま体現してるんだ」

 そういうふうに捉えると彼女には理解しやすい。

「多少薄れてくるものの、その後も実力主義的風潮は継承されてきたようです。各支族の中心的家系は存在するようですが、世襲ではなく一族の中で優秀な者が支族長になるそうですから」

「動物的性向が基本から揺らがなかったわけですね」

「団結力を芯に発展し、宇宙にまで羽ばたいたアゼルナンにも変革の波がやってきます」


 星間銀河圏への加盟である。百五十年前のこの出来事はこの獣人種(ゾアントピテクス)の生活を一変させてしまう。主要因は物質をはじめとした異文化の流入である。


「彼らにはあまりに大きな衝撃だったみたいです」

 サムエルはしっかりと勉強してこの任務に就いたらしい。流暢に説明してくれる。

「体制側が思っていた以上に一般市民は熱狂してしまった。便利な道具と興味をそそられる新鮮な娯楽。それに酔ってしまいました」

「管理局は警告しなかったんですか?」

「しましたよ。支族会議も自重を促したと記録されていますが、一度知ってしまった美酒の味を人は忘れられないものです」


 近隣の惑星国家がアゼルナとハルゼトを新市場ととらえた所為で市民生活は変わっていったそうだ。管理局が制限しても、何らかの裏ルートが存在していたようで物資の流入は抑えられない。その先に待っている未来は定番だった。財政破綻である。


「他でもそうであるように、加盟時の通貨転換は管理局が中心となって行われました。ですが必要以上の干渉は避けます。国家形態を損なわないために」

 加盟の標準プロセスに従っている。

「元々経済規模が大きくなかったのに流出ばかりが加速すれば自明の理です」

「アゼルナンは自由経済を理解していなかったんですか?」

「商取引は互助を基本としている。商業的な競争理念は今も乏しい」

 答えは鋭い牙の間から発せられる。


 現在もゴート宙区で加盟プロセスの通貨転換が行われているであろう。これは為替変動による貿易不均等を防ぐために必須とされている。

 ただし、あの宙区ではむしろ流入のほうが激しいと思われる。特異に発展した技術を求めて。しかしアゼルナにはそれは無かった。


「中央管理局はフォローしたんですよね?」

「ええ、救済出動が行われました。対応が遅れた所為もありますので」

 救済策があるので星間管理局は信頼を得ていると言っていい。

「アゼルナは他国の経済支配を受けるまでには至らずに済みました」

「交易相手国も分かってやっていたはずです。罰則や制裁は?」

「ありません。自由経済主義に則った貿易だと主張すればそれまでです」

 デードリッテは眉根を寄せて異議を唱えようとする。

「何もなかったわけではありません。各国には貿易不均衡を誘発しかねない憂慮すべき事態として指導が入りました」

「指導だけですか?」

「ある意味制裁より効きますよ。指導が入った国に籍を持つ企業からは投資家が逃げていきますから。株価は軒並みダウンします」

 そうやって遠回しに管理するのが中央のやり口だという。


 目を盗んで経済乗っ取りを目論む国家は撤退していった。それでもアゼルナは経済の立て直しのために外交努力が必要になってくるとサムエルは彼女にも分かりやすく説明を続ける。


「なのでハルゼトを独立国家として自由経済圏としたのです。救済出動の代償という名目で。アゼルナンがそこで自由経済を学んでくれれば良いと意図してのことです」

 姉妹国であれば人の行き来は活発だからとの考えだった。

「ところがアゼルナ支族会議はより閉鎖的になっていってしまいました」

「そんな……」

「奪われたと考える」

 ブレアリウスが回答を出す。

「アゼルナンは民族主義的性質が濃い。それを分断したのは星間管理局だと断じたのだろう」

「管理局員は丁寧な説明をしたはずだけど?」

「したのだろうな」

 彼も当事者ではないので断言はできない。

「が、支族会議は怒りを収められない。二度と騙されるものかと」


 精神文化の違いをデードリッテは実感していた。

次回 「辻褄が合ってしまいますね」

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[一言] 更新有り難う御座います。 良薬は苦く、毒は甘い。
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