青き狼(1)
(あー、もー、やんなっちゃう。わたし、何しに銀河圏の端っこのほうまで来たんだろう)
デードリッテ・ホールデンは内心でぼやく。
(歓迎式典に晩餐会、会談の席はいっぱい、インタビューの数々に果ては講演会? そんなのどこでもできるし、別にお金儲けや人気取りのために来たんじゃないの!)
それなのに今、彼女は多くの観覧者の前で講演をしている。
(ハルゼト政府の要請に応えてるけど、招聘されたんじゃないし。研究開発費なんて特許料でしっかり稼いでるんだから必要ない!)
それでも相手方の顔を立ててあげるには断りづらい。露出を避ければ逆に過熱して追いかけ回されるのを経験上知っている。ある程度は譲歩するしかないのだ。
(早く実稼動しているシュトロンに会いたいよー)
デードリッテが開発に参加した星間管理局独自機第一号のコードネームである。
(先に届いて慣熟訓練も始まってるはずなのにまだ見れてもいないなんてどういうこと? わたしの可愛いアームドスキンはいずこ~)
哀愁まで漂ってきた。
ゴート宙区が銀河圏に加わったのは星間宇宙歴1425年。二年前のこと。
当時十六だったデードリッテは就学中にすでに機械工学の博士号を取得していた。銀河圏の先進機械技術にはひと通り頭に入れている自負のあった彼女にアームドスキンの存在は衝撃を与える。
(格闘のできる巨大人型機動兵器? なにそれ?)
開いた口が塞がらないとはこんな感じなんだと思ったもの。
正直、それまで人型機動兵器にはあまり興味を抱けなかった。兵器開発に関与するのを避けていたのではない。ただ、同じロボットならば、大雑把な造りの巨大機動兵器よりは民生品の人間と同サイズのロボットのほうが面白みを覚えていただけ。
(それからアストロウォーカーやランドウォーカーのこともいっぱい調べたっけ)
むろん技術者は兵器としての人型ロボットを手掛けている。
アストロウォーカーが主に軍事用とされる機動ロボット。全高は平均して24mほど。様々な火器が運用可能でどんな場面にも投入可能な汎用兵器として発達してきた。
その簡易版がランドウォーカー。機動能力の無いものも多く、働き場所としては建設現場や貨物取扱現場。自由度が買われているためサイズは様々。全高3mほどから20数mに及ぶものまで。
(でも、とても格闘戦ができるような構造じゃなかったんだもん。つまんない)
それほどの構造強度は有していない。
装甲を外骨格として駆動系や機動機構を中に詰めた構造は耐衝撃性に乏しく、現場で何度も激突しあうような運用をしようものなら分解修理が必要になる。とても実戦的などとはいえない。
(そりゃそうよね。強度を上げるのに金属骨格なんか導入したら、質量の関係で運用場所が宇宙空間に限られちゃう)
それはそれで実用にはほど遠い。
なので銀河圏の技術者は各種火器の開発に注力し、アストロウォーカーにはその運用を担わせる設計思想が常識だった。ともなって防御機構の開発にも注目が集められている。そんな仕組みがデードリッテには大雑把と映ったのだ。
(でも、アームドスキンは何もかも引っくりかえす機構を搭載してたんだもん)
ゴート宙区で反重力端子と呼ばれる機構がそれである。
(質量を含めた慣性力全般をコントロールする機構なんて常識外れ。自由に超光速航法も操れない人類がどこからそんな先進的な技術を持ちえたんだか)
当時の彼女はそんな感慨を抱いた。
蓋を開ければ話は簡単。彼らは先史文明に導かれていたらしい。極限まで発達した物質文明を編みあげていた先史文明の遺産を利用していたというのだ。しかも、今なお一部が稼働中だという。
(なんて荒唐無稽な話。にわかに信じられないでしょ)
実際に見るまでは半信半疑だった。
だが、現物を前にしたデードリッテは夢中になる。誰が何を言おうと独自開発機に携わるのだと主張して、決して譲らなかった。その努力の結晶である『シュトロン』がここにあるのに触れてもいない。
(寂しいのぉ~)
やっと講演を終えた彼女はとぼとぼと歩く。
「どうぞこちらへ」
そう促すのは星間平和維持軍、略号GPFの担当官。
「はぁい」
「本来ならシュトロンの実機演習をご覧いただく予定でしたが、偶発的な戦闘が起こってしまったのでお見せできません」
「はひゅう。シュトロンを遠目にも見れないの?」
完全に消沈する。
「実戦投入は見合わせておりますので。代わりといってはなんですが、我らGPFの雄姿をご覧ください。ライブの望遠映像です」
案内された席に掛ける。正面には高精細3D画像を表示できるプラットフォーム。投影スペースの中でビーム光が飛び交っている。
(あんまり興味ない。戦闘が好きなわけじゃないのにアームドスキン開発頑張っちゃったから誤解されたのかな?)
断わっておくべきだったか。
スラスターの光が尾を引くダイナミックな映像は観測機で撮っているのだろう。デードリッテはその中に特異な機動をとる機体に着目する。正面に火器を構えたままで上下の別なくクルクルと側転して巧みに攻撃を躱しながら射撃を行っていた。
「この人! この人に会わせて!」
「ラウヴィス337ですか?」
担当官は端末を操作して調べる。
「ああ、この男は……」
(すごい機動。この人をシュトロンに乗せたらどれだけ上手く使ってくれるんだろう)
その一心である。
「彼はGPFのパイロットではないんです」
「違うの?」
「傭兵協会から派遣されておりまして」
構わないからとせがむ。そうしているうちに小競り合いも終了し、その男が帰還してくると報告を受けた。デードリッテは無理を言って基地まで連れていってもらう。
気が急いて担当官を放りだした彼女は通路をひた走った。曲がり角を通過したところで誰かにぶつかってしまう。
「ごめんなさい!」
転んだデードリッテが見上げるとそこに狼がいた。
開きかけた口からはずらりと並んだ長く白い牙が覗く。2m以上の高みから見下ろす青い瞳に感情の色はない。後ろに伏せられた三角の耳がより鋭利な印象を高める。
「ふぅ」
デードリッテは恐怖で意識を手放した。
次回 「怖いのだろう?」