さまよえる魂(3)
多少広めに作られている艦内通路を歩く。初めて顔を見た司令官はオフィサーズジャケットを粋に着こなし、長めの金髪を揺らしながら亜麻色の髪の娘の横を歩く。
道を譲る要員からは溜息が漏れていた。それもそうだろう。ブレアリウスの目から見てもお似合いだ。
「ああ、人類の英知の花が美しさを競いあっているかのよう」
すれ違う女性士官が囁くように漏らす。狼の鋭敏な耳は明瞭に捉えていた。
(誰の目にもそう映るか。俺はさしずめ飼われている大型犬といったところだな)
自嘲とは思わない。当たり前なのだから。
余計なことを考えるのはやめる。それより彼まで同行を求められているほうが不可解だ。
ブレアリウスには思い当たる節がなかった。
◇ ◇ ◇
「どんな方です?」
司令官が指示を求める士官に応答しているうちに、デードリッテは戦隊長のマーガレットに尋ねる。
「サムエル・エイドリン閣下のお名前は存じあげていますけど、ほとんど知らないんです」
「優秀な男だよ。こういうのこそ本当の腰かけさ。ちょっと実績をつんだら星間軍に上がっていくんだろうね」
「はぁ、そうなんですか。わたし、司令官の気に障るようなことしたんでしょうか?」
乗艦させてもらっているが、それ以外に接点がない。
「違うね。それならやんわりと下艦を告げてくるだけさ。なんか用があるんだろう」
「色々と融通してもらっているのでお礼を言う機会ではあるんです。でも、あまり星間平和維持軍の都合で束縛されたり頼み事をされたくはないんですけど」
しがらみが強くなるのは避けたい。彼女はアームドスキン開発担当者の立場を越えたくないのだ。
「それなら司令官室に招いたりはしないと思うんだよね」
マーガレットは予想を口にする。
「周知する気で皆の前で言う。単に興味があるだけかもしれない。ディディーは可愛いからさ」
「そういうの、余計に困るんですけど」
見上げても狼は何も言わない。三人の護衛のように泰然と立っているだけ。
(変に意識させたくないのに。何も感じてないの?)
頭上の仔狼は座って欠伸をしている。少し面白くない。
デードリッテがもやっとしているうちに司令官室に到着した。
「居心地はどうでしょう。不都合はありませんか?」
秘書官が渡してくれたカップの中身をすすっていると訊かれた。
「戦闘艦は実務的な場所です。研究機関と違って設備や人員に不足が出たりもするでしょう。できるだけご要望には応えたいと思っています」
「いえ、すでに色々と無理を聞いてもらっています。ありがとうございます」
「遠慮なく言ってくださいね」
そこでサムエルは一拍置いた。
「とても部下には聞かせられませんが、ここは実験室的な色合いが濃いと思っているんです。貴女の仕事は重要なんですよ、ホールデン博士」
そう言いながら司令官はウインクを寄越してくる。デードリッテが首をひねっているとマーガレットは「そんなこと聞かせたら下の連中は実験台かと臍を曲げる」と教えられた。冗談交じりの警鐘だったらしい。
(立場って面倒よね)
そのあたりは共感できる。
「注目されています。新機軸機アームドスキンが戦局に与える影響を」
サムエルの顔に微笑は絶えないが目は笑っていない。
「小さければ小さいで各国はゴート宙区を市場と考えます。その場合は影響は最小限で終わるでしょう」
「普通の加盟国と同じ扱いですね」
「問題は大きかった場合です。今は噂話の域を出ない脅威度ですが、もしアームドスキンが戦場を変えてしまうほどのスペックを持っていると知ったら」
厳しい現実を示唆するように視線を宙に飛ばす。
「争奪戦になるでしょう。国力に差をつけられて落ちぶれていく恐怖を感じた為政者はゴート宙区の持つ技術を形振りかまわず欲するようになる」
「危険な兆候だねぇ」
相槌を打つマーガレット。デードリッテにも分かりやすいような配慮のようだ。
「僕は後者だと考えています。なので管理されねばなりません」
サムエルは断言した。
「現状その一端に触れ、危険性を認識している星間管理局と下部機関であるGPFが全容を把握すべきです。その中心にいるのがホールデン博士なんです。貴女がこの戦場の要だと考えています」
(えー? 興味が先に立ってはじめた研究開発なのに、いつの間にか中心にいる? そんなふうに思われてたの、わたし)
デードリッテにしてみれば戸惑いしかない。
「もし、あの宙区に大量のスパイが送りこまれるようになり、無用の刺激になるような事態を管理局側は避けたい」
困ったような表情は演技か。
「被害が出るような事案が発生でもすれば、それは銀河大戦のの引き金になってしまう可能性を孕んでいます」
「あうぅ……」
「まあ、それは極論なんですけどね」
顔色を変えた彼女をからかっているらしい。
「ディディーがどれだけアームドスキンの性能を引きだしてくれるかで決まるってことさ」
「わたしが?」
「物さえ見れば、星間銀河圏の技術なら簡単に模倣できるって証明されればいいんだよ。加盟各国だって中央に目をつけられるのは嫌がるに決まってる」
マーガレットが含みの部分を要約してくれる。
中央管理局が生産技術を確立して不均衡の無いよう譲渡してくれるなら危ない橋を渡らなくていいという意味だ。
「問題になる点は技術が大きく占めているのは否めないのですが、ただね」
サムエルは言葉を濁す。
「ホールデン博士も認識しているように、この新機軸機のスペックはパイロットの適正に資する部分もあります。それを彼が示してくれれば順調に進みそうなんです」
視線が狼に移ったのをデードリッテも気付いた。
次回 「ピンとこない様子だね。例えば……」




