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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第十四話

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名の誇り(2)

 ストレッチで節々をほぐす。戦闘後、少し長めに休養したので身体の調子はいい。しかし、多少は緊張状態を作っておかねば鈍って、いざというとき動いてくれない。


(部下に見捨てられて孤立、か)

 アルディウスの最期を思い出す。


 アーフ家の人間としては恥だろう。有ってはならないことでもある。


(そんな事例があるのだろうか?)

 σ(シグマ)・ルーンで艦内回線に接続。過去データを閲覧する。


 アゼルナの詳しい戦史も出てくるが事例は見られない。ただし主に支族間紛争の歴史になるので正確さには疑問が残る。不都合な事実は記載されていない可能性が高い。


(支族長家に()()が生まれたらどうなったんだろう?)

 ふとした疑問が頭に浮かび、それを感応装置は読みとってしまう。


 仔狼のアバターが吠えるモーションをして、データ検索にヒットしたのを報せている。投影パネルにテキストが表示された。


「ん~? 『ウーデク家に生まれた先祖返りは即座に処理された』?」

 読みあげたのはデードリッテ。

「こんなこと調べたらダメ!」

「ちょっと気になったら読みとられてしまった」

「も~、変なこと考えてたら筋を痛めちゃうんだから」


 ストレッチを手伝っている彼女が臍を曲げる。自らを精神的に追い詰めるのを許してくれない。


「滅んでいるな」

 すでに表示されているのはどうしようもない。

「えーと、『支族は長の英断を支持するも、その後に不幸が重なりウーデク家は二百十九年の歴史に幕を閉じる。これが()()を不幸の使者と呼ぶ所以である』って」

「事実だろうな」

「こういうの、隠すのかと思ったら割と公表しているものなんだ」

 彼女の言わんとするところは狼も理解できる。

「慣習を伝統として厳守せよということだ」

「無闇に隠蔽するなって? どうせ形として表れるから?」

「成長しなければ分からない所為もあろう。アゼルナでは三歳の祝いを盛大にする」


 最低でもそれまでに先祖返りが確認できる。そこまで生きているなら違うという意味。


「きちんと公表して処理するのも伝統らしい」

 それは資料で目にしたことがある。

「でも公表したら支族の人って不安にならない?」

「他支族に鞍替えする者も多かろう。だが、公表してなお支族が生き残れば強さの証明になる。それが名の誇りというものだ」

「逆に盛り立てようって考える人もいそうだもんね」


 デードリッテが、床に座る彼の背を押しながら言う。上体を屈めると鼻先が床に付いて汗の臭いが香った。


「そこまでするんだったら、遺伝子的な因子を除去しようっていう研究はされてこなかったわけ?」

 同じくエンリコに手伝わせながらストレッチしているメイリーが疑問を呈する。

「う~ん、研究されてないみたい」

「調べるには遺伝子サンプルがいる。それさえ敬遠するほど忌まれている」

「そっちなのね」

 彼女も渋い顔。

「なんだったらディディーが研究してみれば? サンプルは目の前にいるし」

「嫌ー。どうせなら先祖返りが劣っていない研究するもん」

「あんたならそうよね」


 デードリッテは遺伝子的な除去が不可能だろうとも仮説を立てる。先祖返りは刻まれている進化の過程の発現であり、取り除こうとすれば根本的な部分まで手を入れなければならなくなる。遺伝的疾病とは意味が違うと説いた。


「じゃ、劣ってないとこ証明してもらっちゃおっかな」

 立ち上がったメイリーは背筋を伸ばしながらウレタンスティックを手にする。

「本気で行ってもいい?」

「相手しよう」

「頑張れ~」

 スティックを手にするブレアリウスに声援が送られた。


 メイリーは右腕にクッションパッドを着け、左手にウレタンスティック。彼とは逆になる。

 人間種(サピエンテクス)の多くが右手に銃器を持ってメイン武器にするのに対し、アゼルナンのほぼ全てが右手にブレードを持ってメイン武器にする。彼女にとってブレアリウスは仮想敵にもってこいだろう。


「これを身体に馴染ませられるかどうかでレギ・ファングだと大きな差になっちゃうのよね」

 彼女はスティックをゆらゆらとさせる。

「そうだ」

「教えておいてくれても良かったのに」

「実感したほうが早いと思った。本気度に関わる」


 実際に身体を使った訓練に重きを置こうとしている。それほど間違った判断だとは思わなかった。


「行くわよ?」

「いつでも」


 揺れていた切っ先が止まると胸の真ん中に向かって一直線に伸びてくる。ブレアリウスは下からスティックを絡めて一回転。上から叩き落とす。メイリーのスティックは彼女の手を離れて先端が床に当たると跳ね飛んでいった。


「リーダー、勝負早すぎ」

 エンリコが拾いながら苦笑している。

「うるさい!」

「フェイントくらい入れてくれんと通用せん」

「うー、分かってる!」


 唸った彼女は、今度は水平に構えたまま床を滑るように踏みこんできた。そこから突きを放ってくるかと思えば、急に切っ先を下げて逆袈裟に斬りあげてくる。

 手首を返した彼は右に払う。流れたスティックを自然に振りあげたメイリーは思い切った上段斬り。クッションパッドで受けさせようとしたのだろうと思われる。その間に右腕を懐に忍びこませればランチャーによる撃墜と同じ効果。


「いただき!」

「ふん!」


 ところが彼は頭上にスティックをかかげて受け、差し込まれる右腕を左で外に弾く。肩を取って引き込むと、膝を飛ばして鳩尾で寸止めした。


「うげ」

「これは完全に吹きとばされて狙撃コースだね、リーダー。衝撃で抵抗できないじゃん」


 仕切り直して何度も挑んでくるメイリーをブレアリウスは撃退しつづけた。

次回 「そんな台詞でも幻惑はできん」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難うございます。 どんなに進歩を進めても、結局最後は殴り合いに帰結。
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