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錯綜する策謀(12)

(配下に見捨てられて戦死か)

 半分溶解した操縦殻(コクピットシェル)が漂っていく。

(あの人は幻滅するぞ、アルディウス)


 それ以上に恨まれるであろう。とうとうアーフの後継を全員葬り去ってしまった。今度は自分が狙われる番だ。


「悪いわるい、ブレ君。取り逃がしちゃったよ」

 エンリコが戻ってきた。

「メイリーと二人で、か?」

「ごめん、あんなに腕が立つとはあたしも思わなくて」

「ね、リーダー? あの新型と二機で組めば逃げるくらいはできただろうにさ」


 肩のナンバーに記憶のあるアルガスだった。彼を名前で呼んできたパイロット。たしかに脅威と思える腕前と思った相手。


「よほど上官としての器量が足りなかったんじゃない?」

「だろう。だが、お陰で主力部隊が退いていく」

 撤退援護に別動隊が粘っているので星間(G)平和維(P)持軍(F)も追撃しない。

「あいつが命じたんだね。指揮官としても切れるみたいなのに」

「よく分からん。が、警戒しなければならない敵だ」

「うーん、支族長家の御曹司を見捨てて逃げたんじゃ失脚じゃないかな?」

 軍事裁判にかけられるか。


(腕もあって優秀な指揮官をあの人が見殺しにするだろうか?)

 フェルドナンは擁護しそうな気がする。


 ブレアリウスはシシルが興味深げに見つめているのに気付いていなかった。


   ◇      ◇      ◇


 金眼白尾の雌狼は、その美しい顔立ちを虚ろにしてソファーに身を横たえている。なにもする気が起きない。

 四時間前にアルディウス戦死の報を受け取ってからずっとそのまま。息子を喪った虚脱感だけがロセイルを支配していた。悲しみも怒りもまだやってこない。


(どうしてこんなことに?)

 わけが分からない。


 長兄は慎重な子だった。次男と違って自分から最前に出ていくようなことはない。例え戦場に向かったとて、簡単に戦死することなど予想だにしていなかった。


(いったい宇宙で何が起こってるの?)


 戦争の情勢などあまり興味がなかった。それはフェルドナンの役割であって、彼女はアーフ家の繁栄だけ望んでいればよかったはずなのだ。その先にロセイルの栄華があれば申し分ない。


 ノックの音に耳が微かに反応する。家人には一人にするよう厳命しているので、来るとしたら一家の主だろうか?

 正妻としての矜持が彼女の身を起こさせる。ドアが開くのを呆然と眺めていると、しかしてそこにいたのはフェルドナンではない。しかし、何度か見た顔ではあった。


「失礼いたします」

 男は深々と一礼する。

「ロロンストにございます。お悲しみのことと存じますがご容赦ください」

「どうして……?」

「ご子息の遺品をお持ちしました。せめてもと思いまして」


(遺品……!)


 ようやく意識が浮上してくる。力の入らない足をどうにか動かして立ち上がると、ふらふらと近寄った。

 差し出された軍服から鼻腔へとその匂いが漂ってくる。違いようもなくアルディウスの匂いだった。


「あああ!」


 奪い取って顔をうずめる。愛しい息子の匂いを胸いっぱいに吸いこんだ。そこでようやく涙が溢れてくる。


「なんでー! どうしてよぉー!」

 恥も外聞もなく慟哭する。

「どうしてあなたが死ななくてはならなかったのぉー!」


 軍服を抱いたままうずくまる。記憶に刻みつけるように嗅ぐ。でも、そうするだけ薄れるような気がして嫌だった。


「ご子息の最期をお聞きになりますか?」

 ロロンストが尋ねてくる。

「お前……」

「なんでしょう?」

「傍にいたということね? どうしてあの子を守らなかったの!? どうして替わりに命を差し出さなかったの!? 言いたいことがあるなら申し開きなさい!」

 悲しみのあとに怒りがこみあげてきて詰問する。

「申しわけございません」

「謝ってすむことじゃないわ!」


 男の冷たい目が余計に怒りの炎に油を注ぐ。その面立ちになにかが重なって引っ掛かりを覚えるがそれどころではない。


「弁明しようもありません。ですが、ご子息は敵と戦い名誉を守って逝かれました」

「そんなの関係ない! 生きていなければ意味がないの!」

「そうですね。死んでしまっては意味がない(・・・・・)ですよね?」


 反射的に手を挙げていた。平手で男の頬を張る。鋭く整えた爪が四本の傷を刻みつけていた。


「あ……」

「では、これにて」


 噴きだした血が胸を汚しているがロロンストは怒りもしない。終始冷たい瞳のままで踵を返した。


(なんなの?)

 疑問など悲しみの前に薄れていく。再び軍服に顔をうずめた。

(あら? なにか硬いものが)


 ロセイルの意識は膨れあがる光とともに弾けとんで消えた。


   ◇      ◇      ◇


「閣下!」

 補佐官がフェルドナンの執務室に飛びこんできた。

「大変です!」

「なにごとか?」

「奥様が! 奥様が暗殺されました!」


(なんだと!?)

 理解が追いつかない。


「どういうことだ?」

「爆死なさいました。お屋敷も一時は燃えていましたが今は鎮火しております。そこから奥様らしき亡骸が……」

 警戒心から耳が横に寝そうになるのを堪える。

「誰に殺された?」

「それが……、お屋敷の入出記録を調べたところ、ロロンスト・ギネー戦機長が訪っておりまして……」

「な!」

 濁しながらの補佐官の言葉に驚愕する。


(ロロンスト、お前はまさか……)

 動機に心当たりがある。


「ギネー戦機長は逃亡しております。銃殺の許可を」

 補佐官が求めてくる。

「いや、殺すな。俺が直接出向く。行くまで絶対に殺すな!」

「え? は! 了解いたしました!」


(次は俺を狙うか、ロロンスト?)


 妙に鎮まってきた感情を胸にフェルドナンはハンドガンを取りだして腰に下げた。

次回 「知りたかったんです、閣下のことを」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 何か益々、赤い三倍の人っぽく!?
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