錯綜する策謀(7)
神経戦を強いるかに見えたアルディウス率いるアゼルナ軍は、しかして翌日は動かなかった。動きがあったのは二日後。再び発進させた千二百のアームドスキン隊が粛々と接近してくる。
「また、あれをやんの?」
メイリーの不平が通信士のユーリンの耳に届く。
「言いたくないけど、あんたのお兄さん、嫌い」
「俺も嫌いだ」
「あはははは!」
間髪入れないブレアリウスの台詞が彼女のツボにはまる。
「まあまあ、これから戦闘になるのに好き嫌いもないでしょ」
「言ってもさ」
「ユーリンの言う通りだ。嫌っているからではなく勝たねばならんから戦う」
狼はユーリンの肩を持つ。それが軽口の類だと分かっているから、こんなやりとりも成立していた。
「頑張れ~、メイリー」
同じ回線上のデードリッテから応援の声。
「はーい、任務だからやるわよ」
「そんな台詞、司令に聞かせたらダメでしょ」
「前線で戦う人間の文句くらい肝要に受け入れてくれるのも司令官の器量」
言い訳している。
「その司令は器量を見せてくれてるから。今回のメイリー編隊の配置は中陣。動きが流動的な両翼はロレフとメグさんが担当するって」
「あんまり動かなくていい? 神経すり減らすのは変わんないんだけど」
「司令官殿はそう配置してきたのか?」
人狼の口調に違う色が混じる。
狼の耳が前に傾ぐ。なにか気付きがあったらしい。
「そうだけどなに?」
珍しいことなので気になる。
「少し下げめにしてもいいか?」
「ちょっと待って。聞いてみる......。良いってー。でもなんで?」
「嫌な予感がする」
ユーリンはその予感が当っているような気がした。確認したときにサムエルが瞠目したあと失笑しながら許可したのもひとつの根拠。
「こっちで気にしておくから前に集中してね、ウルフ」
「頼む。ありがとう」
余計なことをやらせていると思っているのだろう。彼女にしてみれば当然なのだが。それでも感謝の言葉があるとないとでは気分が違う。ブレアリウスのさりげなさが心地いい。
(頑張ってあげたいって思わせてくれるのがいい)
生い立ちが彼を優しくしているのだろうと思う。
前回と同じく、両軍の接近はある時点で停滞する。アゼルナ軍は再び隙を窺うような素振りで細かな移動をくり返しはじめた。
「反復戦術かな? 散々じらしておいて急に仕掛けてくるかも、ユーリンちゃんみたいに」
微妙な関係のエンリコが揶揄する。
「うっさい。ちゃんと仕事しろ」
「あーあ、つれないなぁ」
「じゃれてないで集中」
メイリーに叱られている。
『警告。新たな敵部隊の接近を感知しました』
悶々とする時間が十分以上過ぎたころ、通信士たちの前方の大型戦術パネルに敵性の赤い光点が点滅するとともに合成音声が警告を発する。
「ほんとにきた、別動隊!」
彼女は目を丸くした。
「メイリー、うしろ! 艦隊を挟んで反対側!」
「うしろって! 規模は?」
「解析、五十まで観測。そのくらい」
重力場レーダーでの解析は不明瞭になる。
「なら直掩で間に合うわね?」
「対処の指示飛んでる」
ウィーブが冷静に命じている。問題はないだろう。
「ユーリン、自転方向からの接近か?」
狼の低い声。
「そう」
「戻るぞ、メイリー。まだ来る」
「マジで!?」
次の瞬間には警告音が重なっていた。重力場レーダーの検知範囲内に複数の別動隊が侵入してくる。
(なにかあると思ってなかったら慌ててた。でも、司令もいやにゆったり構えてるのなんで?)
サムエルは余裕の笑みを浮かべて頬杖をついている。
穏やかな声音で命令が紡がれ、ユーリンたちナビオペは中陣のアームドスキン隊に後退と別動隊対処を伝えていた。
◇ ◇ ◇
「上出来だよ、ロロンスト。時間通り」
アルディウスのほくそ笑む声。
「自分はタイミングの指示をしただけですので。どのシャフトの軍事ステーションに、どれだけのアームドスキンを配するかをお決めになったのはアルディウス様です」
「謙遜はいい。この作戦は時期を間違えると意味の無いものになるからね」
アーフの長兄は貸し与えられた四千の戦力のうち、千二百を艦隊で運用して直接指揮し、二千を複数の軌道エレベータの軍事ステーションに五十機ずつ分配していた。それを本星の自転に合わせて順次発進させている。
戦闘状態に入ってターナ霧を放出した星間平和維持軍は長距離探知ができない。そのタイミングで接近させ混乱させる作戦だった。
「見ての通り中央戦力千二百はほとんどが下がっていった。残ってるのは両翼九百ずつの千八百」
自慢げなアルディウスの説明にロロンストは傾聴する。
「多方向から接近する中規模部隊に、直掩と協力して対処するしかなくなるから千二百はもう戻ってこれない。目の前の千八百を翻弄して突破すれば勝負ありだね」
「ええ。ですが、千八百でも我々の1.5倍ですよ? 簡単には翻弄できないと思いますけど」
「この作戦の肝はね、GPFが守勢に回らざるを得ない点さ。あいつらは弱点を抱えてる。『銀河の至宝』ホールデン博士、彼女だけは死なせるわけにいかない」
重要人物の名前を挙げられた。
「それはたしかに」
「一昨日の戦闘で艦隊を窺う素振りを見せただろう? 敵司令官はそれに過敏に反応した。それが上から彼女の警護を第一に命じられている証拠。だから今回は直掩に六百も残したのさ」
「それであれほど執拗に突破しようとして見せたのですか」
上官はニヤリと笑っている。
「今回も僕たちが抜けようとすれば阻止行動に出る。それを利用すればずっと攻勢側として消耗戦を仕掛けられるんだよ」
「お見事です、アルディウス様」
ロロンストはアーフの後継を褒めそやした。
次回 「だから何か作戦があるって考えたのね?」




