表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第九話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/224

陥穽の檻(9)

 時間は少々遡る。


 スレイオス・スルトの頭は困惑に染まっている。考えても考えても答えは出てこない。

 逆にいえば答えは明白なのだ。星間(G)平和維(P)持軍(F)の部隊がスコロニド市に向かったのは本来の作戦を遂行するため。


(誰かが漏らしたか? 違う! 私とアルディウス・アーフの情報交換を解析したというのか!)

 怒りを堪えきれずに噛みしめた牙が軋む。

(今回の作戦のために人質をスコロニドに移送すると連絡してきた。それが証拠に他ならない)


 民族統一派の配下に簡単な作戦説明はした。が、管理局員をどこに移送したかなど誰にも教えてはいないのだ。


(あの金髪の猿め、分かっていながら泳がせていたというのか、この私を! 伏兵に戦力を割かせて人質救出を確実にするために!)

 闘争心で耳が後ろに寝る。こみあげてきた熱い息で喉が鳴る。


 怒りに任せて当たり散らしたりはしない。それでは嫌悪するあの先祖返りと同じ所へと堕ちてしまう。長いマズルは感情制御ができない徴しだと彼は思っている。


(そうか。知っているのか)

 昏い感情が湧きだしてくる。

(作戦が成功したら全てを暴露して捕らえる気だな。それならば話は早い。貴様の思惑通りになどなってやるものか)


 伏兵の追撃まで計算されていたのならば、艦隊に四百の戦力を残していたのは予備ではない。スレイオスの動きを警戒していたのだと今ならば解る。


(ハルゼト軍が配備できたシュトロンは三百。その数で対応戦力を計算したな)

 裏の裏をかくべく思索を巡らせる。

(確かにここで我が軍が動いても撤収中の二千は止められない。アストロウォーカーと合わせて六百いても、四百との挟撃に遭うだけ)


 GPFが包囲殲滅されていれば良し。半包囲状態での撤退中でも、半減していれば陥穽の檻の蓋にはなる計算だった。


(だが、できるのはそれだけと思うな? この位置で自由にさせておいたのを後悔させてやろう)


「司令官、砲撃準備をさせろ」

 組織内では配下になる男に囁いて指示を下す。

「砲撃ですか? 艦砲の?」

「そうだ。照準は……」


 スレイオスは厳かに告げる。


   ◇      ◇      ◇


 アゼルナ軍が一時的に距離を取っている。軌道エレベータのケーブルシャフトやグランドアンカーに流れ弾が行くのを懸念しているのだろうと思われた。

 この機にアームドスキン隊はジーレス二機の元に結集する。補給を行うためだ。作戦の成功は見えてきたものの詰めを誤るわけにはいかない。拘禁されていた局員たちはまだエアロビークルの中、流れたビームの至近弾でも被害者が出る状態なのだ。


「済んだね、エンリコ。ブルー、あんたも弾液(リキッド)マガジンをもらっておくのよ」

 メイリーが指示してくる。

「分かった。でも、まだエルデニアンが来るかもしれないから動けん。二つだけ余分にもらってきてくれ」

「無理するんじゃないわよ」

「問題ないはずだ」


 ブレアリウスはのちにこの判断を悔いることになるのだった。


   ◇      ◇      ◇


「積載カーゴには搬送用の噴射浮遊式装甲車(エアロビークル)ごと乗りこませます。戦闘用ビークルの救助者は降車して昇降エレベータに分乗してもらいます」

 戦術参謀のタデーラが段取り指示をしている。

「準備したカーゴには十分な数があるはずです。数分で搭載可能でしょう。乗りこみが終わり次第、機甲隊員は速やかにジーレスに撤収。それでいいですね、司令?」

「構いませんよ。軍事ステーションまでは三十分ほどかかります。最低でもそれまではここをキープするようにします」

「了解いたしました」


(さて、敵方は奪還にこだわるでしょうか?)

 サムエルは戦況モニターを注視する。

(今回はジーレスの積載量(ペイロード)の関係から救出者の収容に軌道エレベータを必要としましたが、降下作戦そのものは必要としないことを証明しました。強襲してまで拠点化を防ぐ意味を見出せないはずなんですけどね)


 そんな計算がある。拠点化できればコスト面で利点はあるが、無理して維持しなくてもいい。ジーレスの増強は既に確実だし、遠からず反重力端子(グラビノッツ)搭載艦も配備されるだろう。


「閣下、ハルゼト艦隊が異様な動きを見せています。警戒を」

 軌道上のコーネフ副司令からの報告が入る。

「アームドスキンは?」

「すでに展開済みです。動けば対処させますが念のために注意しておいてください」

「頼みますね」


 この時点で彼は何ら心配していない。必要箇所に戦力を配置していると思っている。


「砲撃確認!」

 タデーラの報告に驚いて目を移すと戦況モニターにもエネルギー反応の表示。

「ハルゼト艦からの一斉砲撃です。照準、ラウネルズシャフト! 直撃します!」

「そんな馬鹿な!」

 参謀の声もサムエルの応えも悲鳴に近い。


 数十本の光芒が黒いケーブルシャフトへと集中する。カーボン繊維が主体のケーブルはビームが直撃したら一気に燃える。軌道上で派手な火花が咲いた。艦橋(ブリッジ)の要員から一斉に悲鳴が上がる。


「ビークルを全車退避させなさい! 機甲隊員も緊急退避!」

「いいから逃げて! 早く!」

 タデーラが無線に吠える。

通信士(ナビオペ)! アームドスキン隊をシャフト南側から逃がしてください!」

「はい!」


 軌道エレベータのケーブルシャフトは10万kmに及ぶ。それが静止軌道近辺で断ち切られたのだ。下半分の4万kmだけとはいえ、極めて長大な重量物がのたうちながら降ってくる。



(そこまでしますか!?)


 サムエルはさながら地獄絵図だと思える光景を座視するしかできなかった。

次回 「危険です、司令!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あぁ!? やりやがった!? これは心象が……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ