青き狼(11)
初めての感覚が全身から伝わってくる。正確にいえば違うのはブレアリウスも学んでいた。それは脳に送りこまれた疑似感覚だと。
デードリッテからの事前の説明では、アームドスキンとはアクションフィードバックが重要になるとある。アストロウォーカーのように戦闘機械としてではなく、自身の延長、鎧を纏うかのごとく感じねばならないという。
(設計思想が全く異なるマシンだ。操縦を機器操作として考え、それに長けた人間には難儀だろうな)
操作用装具σ・ルーンを介して繋がっただけで肌に感じる。
「フィードバックはできるだけ忠実に再現できるよう組んであるの。でも、実機に比べると信号に加工が必要なだけ少し遅れるから違和感あるかも」
開発に携わった亜麻色の髪の娘は一つひとつ説明する。
「こんなものだと憶えこまないで。だいたいの感覚だけを掴むつもりでいて」
「難しいな。実機を知らんから何とも言えん」
「だよね。説明が本当に難しいの」
当然だが彼女自身はパイロットではない。が、実機に乗って動かしたことはあるらしい。地上でも、宇宙空間でも。ただ下手だったと言っている。
「ほとんど……、半分以上がσ・ルーン経由の感応スイッチで操作する仕組み。まだ学習が十分じゃないから意のままにとはいかないと思う」
隣に取りつけたサイドシートから乗りだして2D投影コンソールを指差して言う。
「腕部アイコンパネルとか脚部アイコンパネルとか機動用フットスライダーとか何も無いでしょ? かなりの部分を感応操作するの」
「そこまで脳波を読みとれるものか?」
「瞬間的に変わっていく脳波すべてを読めるわけじゃないの。だからσ・ルーンに学習させる。こんな動作をしたい時はこんなシグナルを発するんだってね」
何となく理解できてきた。
(こいつは学習の進み方次第で動きが変わっていくんだな。場数をこなすほど再現度が上がるのか)
確かに意のままに動かすには時間を要する仕組み。
(だが、アストロウォーカーだって同じこと。自分に合わせてパネルのアイコン配置を模索するとか、確認せずにタップできるよう身体にしみこませるのも時間がかかる。いや、この装具は通常生活でも学習していくんだから手間は省けると言えるか?)
断言できるほど違いを分かっていない。
「それだけじゃない。ペダルとフィットバーがあるでしょ?」
その辺りが大きな違いでブレアリウスも戸惑うところ。
「基本思想としては全て感応スイッチで操作できなくもない。でも人間って全部考えて身体を動かしているんじゃないじゃない? 物が飛んできた時、避けなきゃって思って避けている人はいないはず。反射的に避けちゃう。そこを担当するのがペダルとフィットバーからなるマスタースレイブシステム」
「細かい操作を必要とする部分に使うシステムだな。兵器だとほとんど採用されてないが」
「うん、ここで必要とされるのは精密操作じゃなく反射運動。星間銀河にはそんな兵器運用思想がなかったの。そもそも格闘できる人型機動兵器がなかったんだから当然かも」
地上兵器なら車体をぶつけ合う戦闘なども選択肢にはある。速度的には可能な戦闘手法だ。
しかし宇宙空間では話にならない。戦闘速度まで落としても衝突すれば双方バラバラに砕けるだけ。捨て身の効率の悪い戦法など誰も選ばない。
「格闘までするとなると反射運動は重要になってくるわけだな」
結果だけ口にする。
「そういうこと。ブルーにも分かった?」
「ああ、それだと速度も考えなければならんか。いや機体のタフさ加減で変わるな」
「ごめんなさい。そこまではデータの蓄積がないの。どのくらいまで大丈夫とか言えない」
申しわけなさそうに言う。
「装甲強度だけはオリジナルのアームドスキンに匹敵する物に仕上げてあるから心配しないで」
「速度の加減はおいおい分かってくるか」
「たぶんね」
シミュレーションがスタートする。ペダルを踏んだ時の加速は申し分ない。驚いたことに速度感のフィードバックまである。宇宙には空気がないのに風を切るような肌感があるのだ。
(こうやって計器に頼らず感覚だけで操作できるって言うのか。よくできている)
むろんその感覚は合成されたものだろう。
普通に意識すれば感応スイッチは反応してくれる。ペダル操作だけで宇宙を飛びまわれた。
腕の甲側に搭載されている防御力場盾を使ったり、持たせたビームランチャーを操作するのに慣れが足りない。それでもターゲットの狙撃はそつなくこなせた。
「セレクターの操作なんかもそのうち身体で憶えられると思う」
フィットバーのナックルガードになっている部分の内側にはセレクタースイッチが並んでいた。グリップから指を伸ばせば操作できる。
「気をつけなきゃいけない違いがもう一つ」
「まだあるのか」
「反重力端子。今はわたしが固定値に設定したけど、状況次第でパイロットが変更できるの」
機体を軽くできる機器のはずだ。
「固定するものじゃないのか」
「うん、違ってて、いざって言う時出力を上げると加速はもっと良くなるの。でも、その分身体にかかる負担は増加していくから長時間は無理」
「その辺の加減も覚えるしかなさそうだな」
「発展の系統が違いすぎて分からないことだらけ」
開発者本人が肩を竦めているではどうにもならない。
ターゲットの狙撃なら難なくこなせるが、どこまで使えるかはブレアリウスにも未知数だった。
次回 「彼に離反の危険性は?」




