陥穽の檻(5)
(利用価値は高かったのだが仕方あるまい)
スレイオスはその金色の瞳に諦めの色を浮かべながら思う。
彼が流した情報により、GPF艦隊は出撃準備の最中。間もなく空港から人質移送の航空機が離陸する。ラウネルズ市から程よく離れた位置で確保するつもりだろう。
(あの娘に何をさせる気なのかは知らない。役に立つとは思えないが)
航空機はデコイ。中身は全員戦闘要員で、もちろん人質など乗っていない。救助するつもりで突入しても銃撃を受けるだけ。
(その段階までもいくまいな)
追撃されたら警護のアームドスキンとともに全速力で逃走する手筈になっている。その先にはアゼルナ軍の大部隊が伏せられており、包囲殲滅する計画。
(運が良ければ、あのグラビノッツ搭載往還機だけなら逃げおおせるかもしれない。そのときは保護して恩を着せておくか)
軌道に残る艦隊に戦力を温存しているもようだが、数的には五百を超えない計算。圧倒的多数で追撃する本国の軍と対抗するとなるとハルゼト軍しかいない。
(打ちひしがれる娘を説得して、こちらに引き込めばいい。いずれは私も本国に戻る。あとはどう料理しようと勝手)
旧態依然とした本国の重鎮たちではデードリッテの価値を理解できまい。粗雑に扱う同胞から守ってやれば頼るものは彼しかいなくなる。
スレイオスを寄る辺と思えば何でも言うことを聞くようになるだろう。そうなれば利益を生みだす金の鳥を手中にしたようなもの。全ては彼の手柄になる。
(民族意識に染まった老害どもでは人間種社会を敵に回して駆け引きなど不可能。叡智と権力、財力も持つ私がアゼルナンを真の繁栄へと導いてやろう。誰を頂くべきかは自明の理だ)
武力だけで御せるのは幾つかの国が限界。銀河を相手にするのならそれなりの社会システムを組みあげなくては無理がある。それができるのは惑星アゼルナに引きこもっていた老人たちではなく、開かれた社会をも知っている自分の他にいないという自負がある。
「ラウネルズの空港からターゲットが上昇しています」
「向こうでも探知しているだろう。作戦の成功を祈るとでも伝えてやれ」
お飾りの司令官が指示している。
望遠パネル内では垂直離着陸旅客機が上昇中。アゼルナのアームドスキンが周囲を警護しつつ合わせて浮いている。
出撃準備を整えたGPFは編隊ごとにフォーメーションを組んで静止軌道で待機。その中心には新たに建造された戦闘艇が二機、降下タイミングを窺っていた。
「ターゲット、ディルギアに向けて発進しました。救出部隊も降下開始します」
「一応、観測圏外までは監視を維持」
「了解いたしました。……え? GPF転進します!」
通信士が戸惑う声音で告げる。
「なに? どこへだ?」
「ふ、不明です!」
(なぜだ? あの方向は!)
スレイオスは呆然とGPFの救出部隊の後姿を見送った。
◇ ◇ ◇
「全機に通達しました。マップも送信完了。目標、スコロニド市」
戦術参謀のタデーラ・ペクメコンがサムエルに報告する。
「当面は後方の監視を継続してください」
「追ってきますでしょうか?」
「いいえ、来ないでしょう。我々の行動の分析が追いついていないはずです」
彼の読みでは、随伴のハルゼト軍全体が民族統一派ではない。この陥穽の内容を把握しているのは幹部の一部だけだと思われる。だから瞬時に行動はできない。
「ぎりぎりの通知と変更になりましたが大丈夫でしょうか?」
彼女はこの目標変更を事前に知っていた一人。
「どこから漏れるとも限りませんので通達できませんでした。申し訳なくは思っていますが、我が軍の優秀なパイロットたちなら急な変更にも対応してくれるものと信頼しています」
「はい、私も信じます」
「ご覧のように、一糸乱れぬ降下をしてくれているでしょう?」
タデーラの表情も安堵に染まる。
反重力端子搭載戦闘艇ジーレスが中央やや後方に位置し、二千機のアームドスキンが整然と隊列を組んでいる。先頭にはエースのロレフが駆るゼクトロンが先導し、サムエルの乗るジーレスの前方には唯一の青いアームドスキンも姿勢よく降下中。
「博士のお手柄でしたね?」
「ええ、彼女のお陰ですよ」
露骨には表さないが痛快に感じている。
「情報部局が過去のコンテンツ情報を綺麗に洗ってくれました。今回のアゼルナと統一派のやり取りもつまびらかにしてくれましたよ」
「で、管理局員はスコロニド市にいらっしゃるんですね?」
「この罠に際して、ラウネルズからスコロニドに極秘裏に移送されています。真実味を帯びさせるためにラウネルズの収容所で拘束されていたのは本当だったようです」
実に凝った策だが、情報が漏れたでは元も子もない。
「あとはスコロニド市の物流を監視しておけばどこに収容されているかは目星がつきます」
「スコロニドの防衛戦力を一気に叩いて、市民に被害が出ないよう速やかに救出を完了させます」
「お願いしますよ。市民感情を抗戦に傾けるのは本意ではありません」
戦術参謀は頷く。敵の裏をかいた作戦なので本格的な戦闘は予想されず、彼女も余裕をもって指示ができるのだろう。
「で、当のホールデン博士は?」
「ディ……、博士でしたら突入部隊とともに準備中だと思われます」
「どういった収容施設かまでは判明していません。そういう意味では彼女の志願は渡りに船でした。期待しています」
(成功したら彼女がヒロインですね)
さらに名声は高まるだろうとサムエルは予想していた。
次回 (まだ走れるの~!)




