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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第九話

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112/224

陥穽の檻(1)

「やあ、予定通りに進めてくれているね」

「無論ですよ、閣下」

 スレイオス・スルドは陽気な交信相手に答える。


 回線はラウネルズシャフトの軍事用を用いている。時空外物質(フレニオン)を利用したハイパーネットやエリアネットのように管理局情報部局の防諜監視を受けにくいもの。音声認識検索にかからないので言葉を選ぶ必要がない。


「段取りは予定通りですか?」

「ああ、問題ないよ。三日後にはラウネルズから管理局員護送を模した航空機を飛ばす。星間(G)平和維(P)持軍(F)にはそのまま追わせてくれればいい」

「その先にアームドスキン部隊を伏せてあると」

 抑えめな声音で問うと、交信相手は茶色の目を細めて愉快そうに口の端を上げた。


 灰色の毛並みの持ち主はアルディウス・アーフ。アーフ支族長家の後継筆頭格である。今回の策略は彼の提案によるものだった。


「司令官……、サムエル・エイドリンだっけ? 疑っていそうだったかい?」

「なんとも。どうにも猿の表情は読みにくいものでありまして」

「産まれてこの方、人間種(サピエンテクス)とずっと交流があってもそんなものなのかな?」

 不審に感じているらしい。

「閣下が思っているより厄介ですよ。耳が感情に応じて動いたりはしませんし、人によっては顔色さえコントロールするのですから」

「それは難しいんだろうね」

「綱渡りなのは理解いただきたく存じます」


 共謀関係の二人は今まで主にエンターテインメントコンテンツに暗号をひそませて連絡を取りあってきた。カメラ越しであれ、こうして互いに顔を見あわせて会話するのは久しぶりである。


「ハルゼト軍の随伴艦隊は制御下なんだろうね?」

 核心に言及してくる。

「司令官は民族統一派の者で、組織では私の下位にあります。言いなりですよ」

「それならいい。猿の部隊が伏兵に敗退して逃亡するようであれば頭を押さえてもらわないといけないからね」

「状況に応じて動かせます。ですが、動けばこのまま潜入工作を続けるのは適いません。受け入れをお願いしますよ」

 切り捨てられては敵わない。

「当然さ。アゼルナは支族を拒んだりはしないよ。ともに新たな道を歩むためにね」

「よしなに」


(策略家であるアルディウスでも今回の陥穽は賭けなんだろう。保険ぐらいはかけてあるということか)

 スレイオスはそう読みとる。


 支族長家の跡取りとなれば、へりくだって見せるしかない。しかし、ハルゼトでの二重生活に甘んじていたとはいえ、アゼルナンによる覇権を芯に据えて行動する彼は気概で負けていないという思いがある。


(本星のエリートどもは閉鎖的に過ぎた。人間種(サピエンテクス)どもの実態に疎い。力を示せば畏れられると思っているきらいがある)

 それが彼の実感するところである。

(猿は思っているよりしたたかだ。やるときは徹底的にやらねば隙を突かれる。餌の進化系と侮っているようでは、民族の覇道など夢物語だと思っていなくてはならない)


「じゃあ、GPFを誘いこむ陥穽の檻の蓋の役目、頼むよ」

「お任せを」


 自分の耳が最後まで恭順の意を示すよう配慮してスレイオスは通信を切った。


   ◇      ◇      ◇


 ラウネルズシャフトを占拠した星間(G)平和維(P)持軍(F)はグランドアンカーの周囲に防衛陣地を築いた。2km先の都市ラウネルズを攻略する意図はない。単に人員や一部機材の搬入に軌道エレベータ施設が必要なだけである。

 なので従事していた係員や軍人は避難するに任せている。誰一人として捕虜にしてはいない。


「あまり好きではないんですよねぇ」


 周囲に耳がないのを確認してサムエルはこぼす。司令官である彼があまり口にすべき言葉ではない。


「割り切っていただきたい」

 そんな彼を副司令のウィーブは窘める。

「地上戦には必須の手順となります。民間人も放逐しなくてはならないのが閣下のポリシーに反するのでしょうが、こればかりは如何ともしがたいのです。軌道エレベータ抜きでの降下作戦は不可能が常識」

「僕だって理解はしているんですよ。でも、逃げだす車列を見ていると、あの中には恨みがましい目で見ている非戦闘員がいるんだろうと想像してしまうのです」

「そこは目をつむっていただきましょう」

 長年現場で任務をこなしていた老兵には感覚さえも理解しがたいのかもしれない。

「でもね、貴官が知っている現場ももう変わろうとしています。機動兵器だけなら単独で大気圏の突入離脱も可能になってしまったんですよ?」

「確かにそうですな」


 防衛陣地を警護しているのはアームドスキン。当直部隊は単独で降下して任に就き、交代したら編隊を組んで所属艦まで戻ってくる。


「自分が現場にいた頃には想像だにしなかった光景です」

 ウィーブも感慨深げだ。

「怖ろしいですよね? ゴート新宙区の技術が星間銀河を席巻していく。僕たちはその最先端で行動しているのです」

「はい。生き永らえたならば歴史の証人となれますな」

「それを光栄と感じるか否かは本人次第ですけどね」


 艦橋(ブリッジ)の司令官席に座る彼は、隣で律儀に直立不動の副司令を窺う。失笑するウィーブの内心まではさすがに読めない。従軍経験で数倍する男には複雑な思いもあることだろう。


「降下作戦に軌道エレベータを必須とする時代も終わります。地上用の中継子機(リレーユニット)も届きました」

 システムに組み込む作業も完了している。

「予定通り到着したみたいですし」

「あれがそうですかな?」

「はい。反重力端子(グラビノッツ)搭載型戦闘艇『ジーレス』です」


 サムエルの視界にも二機の戦闘艇の姿が入ってきた。

次回 「お願い聞いてくれたら喜んで協力します」

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新有り難う御座います。 ……あぁ、やはり(?)耳や尻尾が動くんだ……。
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