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ゼムナ戦記  狼の戦場  作者: 八波草三郎
第七話

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憎悪の鎖(15)

「チェルミ・エイホラは失敗した模様です」

 専属家令の報告にホイシャ・アーフはヒゲを震わせた。


(お粗末なこと。十分な段取りをして計画まで授けてやったというのに)

 彼女の指令で動いていた女は目的を達せなかった。

(ハルゼトで呑気に暮らしていた同胞など信用するものではありませんね)

 民族統一派などとうそぶいているが、覚悟が足りないと思う。


 だからといって一度の失敗で諦める気など毛頭ない。愛する息子の命を奪って難しい立場に追い込んでくれた()()を生かしておくわけにはいかないのだ。


「何か策はないの?」

 尻尾を撫でながら問う。

「もちろんございますが、相応の下準備が必要となってきます。どうかご容赦を」

「仕方ありませんね。周到に練りなさい」

「今度は個人の技能に頼らない方策をと考えております。あの大罪人の周囲の関係者の情報も得られたので、そちらも攻め口になるかと?」


 ブレアリウスの傍にあの『銀河の至宝』がいると教えられる。彼女にも敵がいると。そこを利用するつもりであると家令は言った。


「面白いわね。続けなさい」

「仰せのままに」


 その時、ノックの音が室内に響く。口を閉ざした二人は目配せして入室許可を与える。入ってきた侍女は来訪の旨を告げた。


「どうかなさいましたか、ロセイル様」

 相手はもう一人の奥方。

「エルデニアンが戻りましたの」

「それは宜しゅうございました」

「ええ、喜ばしいことに。色々と話を聞きましたわ」


 ホイシャは息を飲む。彼を巻きこむことになったのは偶然に過ぎない。が、彼女の計画の一端を担うことになったのも事実。


「アーフ家の大切な後継候補を薄汚い叛逆者の始末に利用するとはどういう了見なのかしら?」

 金色の視線は氷のごとく冷たい。

「そ、そんなつもりではありませんでしたのよ。わたしはエルデニアン殿が出撃なさるとは知らなかったんですもの。でも、聞き及んだところによると後継殿もお家の沽券にかけてブレアリウス討伐には乗り気だったとのこと。納得なされてはおられませんか?」

「優しいあの子はあなたを気にかけてはいません。でも、わたくしが許すとでもお思い?」

「い、いえ」

 空気を震わせるほどの怒気。

「別に構いませんのよ、旦那様にアーフの跡取りをただの刺客に利用したと告げ口しても」

「申し訳ございません。今後は無きように図らいます」

「反省してらっしゃるのなら行動で示してくださいませんと」


 ロセイルは侍女に持たせたグラスに果実酒を注がせる。彼女の前に置くと、手ずから取りだした包みから粉末を落とした。


「苦しまずにすむ物を選んでさしあげました。感謝なさい」

「そ、そんな!」

 明らかに毒物だ。

「わたくしはアーフの未来に仇成すものを許しません。それは旦那様も同じこと。お解り?」

「う、ぐ……」


 ここで毒をあおらねばフェルドナンに告げると暗に示す。もしかしたら無いことまで。ホイシャが抗弁しても事実のほうが勝る。罪人として処断されるのとどちらがマシか迫られる。


「早くなさい」


 逃げ道は閉ざされた。絶望のままに震える手をグラスに伸ばす。仕損じた呪いは己が身へと返ってきた。呼吸もままならなず口をつけ一気にあおる。

 最後の晩餐は喉をくだっていった。確かに苦しみはない。意識が混濁して身体が痙攣する。


「解っているわね?」

「はい、奥様はホルドレウス様の戦死を憂いて自死なさいました」


 その家令の言葉を最後にホイシャの意識は暗闇に溶けていった。


   ◇      ◇      ◇


 遠く声が聞こえる。


培養血液(ばいけつ)で足りたから体力の回復も早いはずよ。レーザーで焼いた傷だからじわじわと出血したんでしょうね。出撃時には元気だったんでしょ?」

「うん。でも、止めたほうが良かったんじゃないかって反省してる」

 グロフ軍医に続くのは大切な娘の声。

「気にしたって仕方ないわ。命には支障がなかったんだから忘れなさい」

「謝らないと。ううん、ありがとうって言わないと」

「直接言えば? 目が覚めてるみたい」


 ブレアリウスのバイタルはモニターされていたようだ。光学遮蔽の向こうからデードリッテが飛びこんできた。


「ブルー!」

「心配ない」

 多少だるいだけで本当に何ともない。

「助けてくれてありがとう! でも無理しちゃ駄目!」

「どっちかにしてくれ」

 感謝されて叱られた。


 胸元に縋りついた彼女の亜麻色の髪がシーツの上に広がる。指を通して肩に流した。彼女はその手を取って額に当てる。


「ねぇ、ブルーはあの人を最初から信用してなかったの? なのに、どうして近付くのを許したの?」

 危険を避けなかったのを指摘される。

「目的が解らなかった。身を盾にするしかない」

「狙われているのがわたしかもしれないって思ったんだ」

「俺が好かれるわけがない。あの民族は先祖返りへの憎悪の鎖に雁字搦めになっている」


 疑問は解けたらしい。納得顔になった。が、すぐに赤面する。


「あー、……のね、ブルーって女の異性に対する感情が匂いで分かるのよね。すごく恥ずかしい」

「相手がアゼルナンならな」

「え?」

 キョトンとしている。

人間種(サピエンテクス)は出す匂いが薄い。そのうえ個人差が強くて区別ができん」

「……じゃ、分からないんだ」

「分からん」

 みるみる頬が膨れる。

「なによー! めちゃくちゃ恥ずかしいんだからー! いっぱい色んなこと思い出して変な声とか出ちゃったのに! ブルーなんて大っ嫌い!」

「…………」


 なぜだか理不尽な叱られ方をしてブレアリウスは納得がいかなかった。

次は第八話「異種間慕情」

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― 新着の感想 ―
[一言] 祝・100話! 更新有り難うございます。 ……乙女としては……。(良かった?悪かった?)
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