青き狼(9)
「アームドスキン『シュトロン』を一機だしてくれるだけでいいんです。それとも無理なんですか?」
デードリッテは星間平和維持軍に同道している事務方のトップに掛けあう。
「実用化に失敗すれば今後百年の軍需産業はゴート宙区の独占になります。そんな未来の打破に大きく貢献したはずのわたしの申請が通らないとでも? それでしたら、これからは管理局の仕事をお請けするかどうか考えないといけませんね。知的財産を吸いとられるだけでは堪りません」
かなり強引な論調でゴリ押しする。
(まずは成果を出さなくては。人権問題に誰かを動かしたければ自分を高く売らなければいけない)
そう彼女は考えた。同時にブレアリウスの道も拓けるはずなのだ。
「どうか、そんなご無理をおっしゃらないでください」
交渉通話を脇で聞いていたポールが泣き言をいう。
「あなたが責められないよう、きちんと言い添えてあげます」
「そんなんじゃないんです。地上は平和そのものに見えますが、ここは戦場なのですよ。お立場を悪くしたらつけ入る隙になってしまうとご理解を」
「……ありがとう。でも、目算があるんです。今は好きにさせて」
ポールは彼女の内情も理解しているようだ。各学会の重鎮連中から目をつけられていることも。星間管理局は高潔な機関だが、末端まですべからくそうとは限らない。変な圧力が横槍に変わらないとは言えない。
「それもこれも、こんな連中の口車に乗せられて」
「いやいやいや、ぼくらは『銀河の至宝』とまで呼ばれる方をペテンにかける頭など持ちあわせていませんて」
狼と出会った次の日、今も彼ら三人と同行している。
「彼らは関係……、あるけどありません」
「お気を付けください。傭兵協会の下っ端なんて舌先ひとつで自分を大きく見せるんですから」
「ずいぶんな言われよう。ちょっと可愛がってあげたくなったんだけど」
メイリーが剣呑な目付きになる。
「いいから気にしない。どうせこの先前線にまで出るつもりです。シュトロンの運用上の問題点があればすぐに対応できるように。ブレアリウス操機士にはアームドスキンの可能性を見せてもらいます」
「冗談はよしてください。ハルゼトに身を置いてくださるだけで十分なご助力だというのに」
「意外と現場気質なんだねえ」
メイリーに撫でられて嬉しくなる。
(なんだか頼りになるお姉ちゃんができたみたい)
デードリッテはそんなふうに感じていた。
「で、どこに向かえばいいんだい?」
「星間管理局ハルゼト支部の研究施設に。予定通りならそこにアームドスキン用シミュレータがあります。それ以外はまだ実機シミュレータしかありません」
「だとさ。やりな、エンリコ」
運転席の彼が目的地をインプットする。
狼は黙して語らないが戸惑いは感じているようだ。その証拠に頭上に投影された仔狼が所在なさそうにうろうろしている。
(可愛い)
メイリーと二人、指差して笑っていた。
広大な敷地を有する管理局支部が見えてくる。正面側は一般に開放されているスペース。管理局の窓口ブースが多数並び、そこで貿易不均等の是正申告や航路安全保障に関する報告や公示が行われる。
併設された星間警察支署では星間法違反に関する告発も受け付けられている。なので今も多くの人の出入りが認められた。
リニアカーはデードリッテが示す裏手の関係者ゲートを目指した。普段は一般者の出入りなど認められないが、彼女が同行していれば認められる。
「わおわお、管理局の関係者スペースとか一生縁がないと思ってたね」
エンリコはきょろきょろと落ち着かない。
「変なところには入らないでね。星間警察の警官が飛んできますよ」
「それだけは勘弁して」
「お前さんは調べられたら色々と悪事が出てきそうだしね」
メイリーが彼の尻に軽く膝を入れている。
「痛って! そんなこと無い無い。品行方正なぼくちんに限って」
「そうかい? ちょっと絞られてくれたほうが良さそうな気もすんだけどね」
「まかり間違っても変な真似はよしてくださいね! ここはGPF職員の私だっておいそれと入れる場所じゃないんです!」
ポールが警告を重ねる。
目的だけ申請すればデードリッテなら顔パスだが、狼はずいぶんと尻込みしている。手を引っぱって入らせなければならなかった。
目的地の研究スペースは大した広さはないので落ち着くかと思いきや、そこには先客がいたので彼女の目算は崩れる。相手のパイロットジャケットには煌びやかな肩章が躍っていたのだ。
「おっと。どなたかと思えばホールデン博士ですか。まあ、ここに用がある人物は知れているといえばそうですが」
年季を感じさせる女性が歩みよってくる。
「初めまして。私は派遣艦隊で戦隊長を任じられているマーガレット・キーウェラ操機団長であります」
「よろしくお願いします。デードリッテ・ホールデンです」
戦隊長といえば艦隊全体のアームドスキン部隊を束ねる任を負っている。
「あなたのような役職の方にここでご挨拶することになるとは思いもしませんでした。どうしてこちらへ?」
「配備されはじめた新機軸機なのですが、実機シミュレータでの訓練では回転が悪いのです。今後を考えると事前訓練も行わせたいので、ここにあるようなシミュレータを各艦に配備できないものかと検分にまいりました」
「なるほど」
頷ける理由だった。
「ほう? うちに来た兵の中に狼がいると噂になっていたが本当だったか」
マーガレットの視線がブレアリウスに向いているのにデードリッテは気付いた。
次回 「それとなく察せないこともないけど」




