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家に帰って、アタシがまず向かうのはお袋の部屋だ。
お袋は未だ目を覚まさない。
お袋を起こす為に組織に入り、様々な蒐集品を試したが、全て空振り。
為す術など無いと、そう諦めかけていた。
だが、四年後――アタシが二〇歳になる頃には目覚めるらしい。
確かな情報。
それまで、アタシは…………
四年後?
今、アタシは何を考えた?
どこからそんな話が出て来た?
どうも今日は色々とおかしい。
外で頭を冷やそうと思って部屋を出ようとし――チラリ、お袋を見る。
……お袋って、こんな微笑んで寝てたか?
家を出たアタシは、フラリ、商店街に足を踏み入れる。
別に自炊出来ない訳ではないがたまには外食しようと……思ったのは事実だが、何となく、自分の家なのに落ち着かなかったのだ。
お袋と二人で静か過ぎるのはいつもなのに。
商店街は、夕飯前の時間なんで活気に満ちている。
ここはあまり好きな場所ではなかった。
家族連れが多く、温かで幸せな雰囲気が漂うこの場所が苦手だった。
しかし、今は不思議と不快感が少ない。
完全に、では無いが、劣等感を然程覚えないのだ。
……これも、記憶の欠如が鍵になっているのだろうか……どうしても引っ掛かるその部分。
ブルル…… ふと、スマホが震える。
『暇ならみんなでご飯食べないっすか?』
樹がそんなメッセージを送って来た。
何だよアイツ、一丁前に気遣ってんのか?
自然と口角が上がる。
了承の返信を送り、スマホをポケットにしまった。
アイツら、何か隠してるようだが案外ガバそうだし、この後揺さぶりでも掛ければ簡単に
フワリ
………………あん?
今、アタシの側を通り過ぎた、一人の少女。
振り返ると、ウチの制服を着た少女が遠ざかって行くのが見える。
知らない奴だ。
いや、そもそもアタシは他の生徒ともあまり交流が無いから、無知なだけではあるけれど……何だ。
匂いというか、空気というか。
何故か、親か姉妹かのような雰囲気を少女に見た。
何者だ?
無自覚なのか意図的なのか、本人の内側からは蒐集品の秘めた気配を感じる。
少女の足取りは軽くない。
その背中から分かるのは、何か、モヤモヤとした悩みなりを抱えているという事。
……声、掛けるか?
見ず知らずの奴からンな事されたら警戒されるだろうが……いや。
同じ学校なのは分かったんだ、今は泳がそう。
冷たいようだが、アタシもそこまで善人じゃない。
アタシ自身の事で、今は手一杯で、
「ねぇ、落としたよ」
「え? あ、ありが――」
「ん? どしたの」
「いえ、すごい綺麗だなって……あっ……何かすいません」
「いーよー、よく言われてるから。ふむ、落し物に気付かないほど、何か考え事してたんだね。これも何かの『縁』だ、相談、のるよ」
「そ、そんな……あの……あなたは?」
「通りすがりの王子様さ」
バッ!
と、アタシは勢い良く振り返る。
……そこには、変わらず賑やかな商店街があるだけ。
少女の姿も既に消えていた。
何故……今、アタシは振り返ったんだろう。
とても、大事な何かが、あったのだろうか。
この、胸にポッカリ空いた穴を、埋めてくれるものだったのか。
――少し強い風が吹く。
少し捲れるスカート……露わになる太もも。
そこには、覚えの無い、花のタトゥーが浮かんでいた。




