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それからすぐ、【そいつ】を見つけたアタシは、足を止める。
黒いローブを纏った一人の変質者。
顔は見えないが、何者かは知ってる。
特徴は、そのローブのフード部の形が『竜を模して』いたから。
「【竜神会】教祖、邪 竜(よこしま りゅう)だな」
フードの変質者が、ピクリと肩を揺らして。
「その声、骨董屋の石榴さんですか。お久し振りですね」
素顔は見た事がなく、若いような年寄りのような、男のような女のような、年齢も性別も不詳の気味の悪い声。
「お前がここに居るって事は……少なくとも、鳥居に居る連中より早くここに潜入してたって事か」
午前中、ドリーと共に追い返したあの敵組織二人組みたいに、一般客に混じって静かに入園した。
「潜入、ですか……ふふ。いえ、『我々は』招かれたのですよ」
「なに……?」
「おかしいとは思いませんでしたか? 『容易に侵入を許し過ぎ』と。これではまるで、ね」
招いてるようだと、そう言いてえのか。
「私には解ります。あなた、グラヴィ様とお会い出来たのでしょう? 解ります。羨ましい限りですよ」
この、こいつの余裕はなんだ。
「何の話か知らねぇし、企みなんざ知ったこっちゃねぇが、ここはテメェ如きにどうこう出来る次元の世界じゃねぇぞ」
「解っていますよ。私はここの方々とは元より争うつもりはありませんし、争いにすらなりません。そも、そんな不貞、恐れ多い。私は、ただ、出来るならばあの方に『一目』、と訪れたのです。【献上品】はキチンと持って来ましたしね」
ジャラリ――手に持った重そうな布袋からは、多くの蒐集品の気配を感じる。
神竜会は、元よりグラヴィの為に動いてる宗教だったが……本当にその為に来たってのか?
「あなたとも争うつもりはありません。出来れば、このまま見逃して頂きたいのですが」
確かに、ここはコイツが好き勝手暴れられる場所じゃない。
グラヴィに対する忠誠心も本物で、下手な事はしないだろうという謎の確信もある。
が……アタシの脳裏には、同級生や今日会ったガキども、魔物達、そして瓏の姿がよぎって――
「信用出来るか。テメェみてぇのが一秒でもここに居たら空気(世界観)が汚れちまう。その蒐集品だけ置いて帰れや」
アタシは敵に向かって構えていた。
「やれやれ、相変わらず強引な方だ」
ユラリ……奴は影の様に揺れて――『増殖』した。
奴が使う超特級の蒐集品【プラナリア】。
あのスライムの分身と比べたらそりゃあ格段に劣るソレだが……こいつら数十人が一人一人別の蒐集品を使って襲い掛かってくるのは厄介極まりなくって。
更には、この蒐集品を受け入れた恩恵か代償か、宿主は『不死』の力(呪い)――例え斬られてもそこから分裂――を得るので、キリが無い。
全てが実体、全てが本体。
世界各地の竜神会信者は、全てがコイツの分身体だ。
グラヴィを見ただけで人生感が変わり、人である事まで捨てる程の心酔ぶり……今ならば理解出来なくも無い思想だが、その行動までは許してはいけない。
コイツはもう、人間だと思って戦わない。
「ふふ、見違えるようだ、堂々としていますね。以前にはあった私に対する怯えが無くなっている。私ほどの存在など、ここの方々をに比べれば矮小過ぎますしね」
見抜いたような口調には嫌悪感しかない。
似たような事を寵にされてもそうは感じないのに。
「おや。いつものようにリモコンを取り出さないのですか」
「必要ねぇよ」
あれは少人数相手(生き物や蒐集品は五体まで)なら最強だがコイツとは相性が悪過ぎる。
加えて、コイツはいつも分身を六体ぐらいしか出さなかったってのに、今回はその何倍もの数……今まで手を抜いてたのか、力を増したのか分からんが、兎に角、素手ゴロでいった方が手っ取り早い。
今までは苦手だった相手だが、今のアタシは負ける気がしない。
何十体居ようが、一分以内に終わらせる。




