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と。
「石榴さん!」
突然、部屋から飛び出して来た樹。
「あ……い、今いいすか?」
「ああ、何かあったのか」
意味があるのか分からないが、寵から少し離れ、耳打ちする樹。
「今、ボスから連絡があってっすね……あっちはまだ午前中なんすけど……世界各地の組織や軍が一斉にこの島へ上陸したと……」
「っ!」
容易に、奴らの目的やその後の展開が想像付く。
「うん? 電話だ。もしもしー……うん……うん……はいはーい(ピッ)二人ともー、これから外には出ない方がいいよー。今日は【来訪者】が多くてね。部屋の二人にも伝えといてー」
ヒラヒラと手を振りながら離れていく寵。
「……出るなって、言ってたっすね。なんかフリっぽかったっすけど」
「……アタシは、行く」
「えっ? 何でっすかっ? 他組織が関わるとはいえ、『この場所に限っては』私達が動く意味なんて……」
「さぁな」
アタシにも解んねぇよ。
旅館から出たアタシは全走でパークの入り口、鳥居を目指す。
自分でも驚くほどに脚が軽く、いつまでも走れそうなほど疲れも感じない。
これも花の力なのか、アタシの意識の変化なのか。
――園内を走る電車で二〇分ほどの道のりを一〇分で走り抜け、目的地に辿り着いた頃には……既に『始まって』いた。
「fu■■■k!!!!!」ダダダダダッッ!!
あれは……英国の特殊空挺部隊S■■Sか?
突如現れた魔物達に動転したのかFN SCARを乱射してやがる。
他にもパキスタンのS■■GやらスペインのQ■■Eという特殊部隊の姿も確認出来、発狂したように魔物達へ攻撃を加えていた。
こんな連中がわざわざ東北のこんな島まで集まった理由は、十中八九、息を合わせたように一斉に動き出した裏の組織の存在だろう。
各国で秘密裏に、または堂々と活動する組織のヤツらは、常に国にマークされる危険因子。
組織が少しでも動けば、多くの凄惨な悲劇が起こると『歴史』が証明している。
そんな、世界に広がる多くの災厄どもが、突如、一箇所に集い始めた……『第三次世界大戦』を懸念されても仕方がない緊急事態。
そして、件の組織の連中だが。
これは驚いた……有名どころのトップどもが目白押しだ。
【生命科学研究所】の局長、山崎拓海――九州に本社を構える表向きは有名製薬会社だが、その実態は動物、果ては人間にもメスを入れ、『進化を促す』のが目的のマッドサイエンティストども。
【シャーマン教会】の族長、アテム――霊や魂などを扱う巫師・祈祷師連中で、過去、戦没者の魂を呼び起こして豪州や東南アジアに大混乱を齎した呪術師連中。
【トイファクトリーリゴ】の社長、ニールセン――世界一の玩具メーカーだが、その所持する蒐集品の数も世界一で、国も組織も最も警戒していた連中。
これでも、一部。
他にも、この島を乗っ取りに来たであろう大型組織の連中がウジャウジャ集まり、出迎えた魔物達を蒐集品で生け捕り、または退けようとしていた。
――さて、現状を整理しよう。
特殊部隊や組織、合わせるとざっと見た感じ五〇〇以上は鳥居の下に居て……対し、駆け付けた魔物の数は二〇そこらで、まるでアイドルのライブ並みの比率である。
加えてこちらはいずれもスライムやオオガラス、ツノウサギといった見た目雑魚モンスターな奴ばかりで……侵入者どもを追い返すには不安しかない面子――と、『あちらは』油断した事だろう。
現実は……『一方的』だった。
ぶっちゃけ、『予想通り』の光景。
スライムにアサルトライフル?
そんな、ただ速く飛んで来るだけの小石ほどの鉛玉、効くわけが無く……全ての弾丸を取り込み、ジュワジュワと消化していた。
オオガラスに呪術系や炎、雷系蒐集品の攻撃?
ガチな剣と魔法の世界の住人に通用するわけが無く……翼をうちわのように仰いで跳ね返していた。
ツノウサギに組織が用意した巨大混合生物をぶつける?
象並のスケール・サイの角と硬い表皮・ライオン並の鋭い爪を持つ放射能を浴びて突然変異したような化け物と、イエネコ大のツノウサギの闘い……凡ゆる重い攻撃をツノウサギは避ける事無くツノでいなし、最後はツノの一振りで一刀両断していた。
流石にざわつく侵入者ども。
と――一人のスーツの男がニヤつきながら前に出てきた。
アイツは……確か【シカゴ大学】の教授、バンクス。
近代超心理学だかなんだかの分野の父と呼ばれ奴だが、大学ぐるみでキナくせぇこと研究してるとかでウチでも監視してたが――
奴は、右腕をズイッと魔物達に向けて……その手首には、【腕時計】?
キィィィィィン―― っ! この感覚! この前兆!
アタシは、咄嗟にポケットからリモコンを取り出し、自分に向けた。
……五秒後。
アタシが目を開けると――やはり、世界が『止まって』いた。
あの腕時計、時間を操作する系、か。
そういう相手は組織の仕事をしてる時も何度か遭遇しているが、いずれも超特級蒐集品レベル。
こうしてリモコンで自らに『タイマー機能』を付けて止め、数秒後に目覚めさせるやり方……対策出来ると知ったのは過去の戦闘での偶然だが……今回も通用して良かった。
さて、ここからどうする?
一瞬でバンクスに詰め寄ってぶっ飛ばすのは容易だが……アイツが気絶した場合、この止まった空間はどうなる? 数秒だけの効果なのか? アタシが触っても動かせる蒐集品なのか? 使ったリスクは? 分からない……下手に動けない。
一方、件のバンクスだが……何やら『困惑』していた。
アタシが動けるのがバレたわけじゃなく、目の前の光景――魔物達の行動に、だろう。
魔物全員が、時間停止能力の『対策』を行なっていたからだ。
例えばスライムは一瞬にして何十体にも分裂していたし、オオガラスは米粒ほどの高さにまで空へ昇っていたし、ツノウサギは穴を掘り恐らくは地中深くまで潜っていた。
これでは例え時間停止中に攻撃出来る能力でも、手の打ちようがない。
基本、時を何秒でも止められるなんて便利な蒐集品などまず無いから――
時間停止から約十秒後、世界は再び動き出し……
直後、バンクスはオオガラスの急降下突撃をくらい、一撃でのされていた。
「ぷるぷるっ(時間停止能力をこの世界で使うなんて逆にぼくらを馬鹿にしてるっ)」
「くーくー! (この手の攻撃は若から直接指南受けているわ!)」
「ぐぁー(グラヴィ様や坊ちゃんの足元にすら及ばない稚拙な道具……恥を知りなさい)」
何故か、魔物達の叫びが理解出来た。
そして、ようやく侵入者どもも、目の前の生き物のヤバさを理解しただろう。
侵入者どもが相手しているのはさながら魔王城の周りをうろつくレベル99のモンスター達。
対して、こいつらのレベルはいくらだ? せいぜい、高いやつで20ぐらいじゃないか?
そんな低レベルでこんな隠しダンジョンを攻略しようなんざ、千年早い。
……しかし、だからこその疑問。
何故、こうも易々と敵の侵入を許している?
ここの魔物達なら、そも敵の入島すら許さない排除システムを作れる筈なのに。
これでは、まるで―― シュン!
と、人が考え事をしてる最中だってのに、また新たな侵入者。
鳥居の上部を、翼の生えた人間が通り過ぎる。
敵も学習したのか、今度は『空を飛べる蒐集品』で魔物達を回避するつもりらしい。
が、こんな悪足掻き、すぐに空を飛べる魔物に追い付かれ、叩き落されるだろう……そう、頭では分かっていたのに、
ゴッ!!
……気付けば、アタシは石を拾い、飛行体を『打ち落とし』ていた。
身体が勝手に動いたのだ。
そうするのが当然と、本能が。
――直後、バババッと注目を浴びるアタシ。
侵入者らは、魔物らの後ろに堂々と立っていたアタシの存在に気付いてなかったらしい。
この界隈ではアタシの悪名はそこそこ広がっていた自覚はあるが……それが霞むほどに、島の魔物の存在感が、奴らにとっては圧倒的だった。
しかし、こうも注目されては流石に誤魔化しが効かないようで……どういうわけか、奴らの士気がドワッと上がる。
恐らく、アタシをパーク潜入に成功した組織の人間だと勘違いし『俺らもワンチャン』と勝手な希望を持ったのだろう。
まさか、普段アタシが女子高生してて今修学旅行中などとは夢にも思うまい。
――――ドンッッッッ!!
そんな騒がしい侵入者どもを黙らせるように、スライムが――自らの形を【大砲】に変化させさっき受けた弾丸を一つに溶かし固めた砲丸で――吹っ飛ばして、
『クイックイッ』
今度はその形を【矢印】に変え、アタシの背後を指し示した。
『そっちに行け』……と。
アタシはそれを『アタシに向けた指示』だとすぐに理解し、来た道を戻るよう、走った。
直後――爆発音と地面が揺れるほど激しい衝撃が背後から。
ま、あと数分で静かになるだろうと、アタシは特に心配するでもなく走り続けた。




